生物資源とポスト石油時代の産業科学
−生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成をめざして−


「第6部報告」

平成12年7月17日

日本学術会議第6部


 この報告は、第17期日本学術会議第6部に設けられた対外報告作成検討委員会で原案を作成し第6部会で審議した結果を取りまとめ、対外報告として発表するものである。

日本学術会議第6部附置対外報告作成検討委員会

委員長 長堀 金造 (東京農業大学総合研究所客員教授)
幹事  上野 民夫 (京都大学大学院農学研究科教授)
委員  岡野  健 (財団法人 日本木材総合情報センター木のなんでも相談室室長)
 〃  木谷  収 (日本大学生物資源科学部教授)
 〃  兒玉  徹 (信州大学繊維学部附属農場教授)
 〃  土崎 常男 (財団法人 農民教育協会鯉淵学園教授)
 〃  冨田 正彦 (宇都宮大学農学部教授)
 〃  山崎 耕宇 (東京農業大学生物産業学部教授)
 〃  山下 興亜 (名古屋大学副総長)

日本学術会議第6部

 〃
部長  長堀 金造 (東京農業大学総合研究所客員教授)
副部長 山崎 耕宇 (東京農業大学生物産業学部教授)
幹事  島田 淳子 (昭和女子大学大学院生活機構研究科教授)
 〃  山下 興亜 (名古屋大学副総長)
 〃  朝日田康司 (東京農業大学生物資源開発研究所客員教授)
 〃  浅見 輝男 (茨城大学名誉教授)
 〃  上野 民夫 (京都大学大学院農学研究科教授)
 〃  大久保忠且 (那須大学都市経済学部教授)
 〃  岡野  健 (財団法人 日本木材総合情報センター木のなんでも相談室室長)
 〃  木谷  収 (日本大学生物資源科学部教授)
 〃  北本  豊 (鳥取大学農学部教授)
 〃  久馬 一剛 (滋賀県立大学環境科学部教授)
 〃  小泉 千秋 (東京水産大学名誉教授)
 〃  兒玉  徹 (信州大学繊維学部附属農場教授)
 〃  小橋 澄治 (京都造形芸術大学客員教授)
 〃  崎山 亮三 (東京大学名誉教授)
 〃  佐々木惠彦 (日本大学生物資源科学部長)
 〃  祖田  修 (京都大学大学院農学研究科教授)

会員 高倉  直 (長崎大学環境科学部長)
 〃 體 史夫 (東京水産大学学長)
 〃 橋  貢 (麻布大学名誉教授)
 〃 武田 元吉 (玉川大学農学部客員教授)
 〃 田渕 俊雄 (元東京大学農学部教授)
 〃 上崎 常男 (財団法人 農民教育協会鯉淵学園教授)
 〃 冨田 正彦 (宇都宮大学農学部教授)
 〃 中野 政詩 (神戸大学農学部生産環境情報学科教授)
 〃 松田藤四郎 (東京農業大学理事長)
 〃 三橋  淳 (東京農業大学応用生物科学部教授)
 〃 安本 教傳 (椙山女学園大学生活科学部教授)
 〃 渡邉 誠喜 (東京農業大学農学部教授)


対外報告の要旨

生物資源とポスト石油時代の産業科学
−生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成をめざして−

(1)作成の背景
 日本学術会議第6部は「地球環境を保全しつつ、人類社会を持続的に繁栄させるためには、有限の化石資源のみに依存しないポスト石油社会に移行する必要がある」との認識に立って、植物が恒久的に生産する生物資源の有効利用について検討を加えてきた。生物資源を原料とする産業活動によれば、環境負荷を回避しうる炭素資源循環型の物資の生産体系と二酸化炭素濃度の低減に寄与するエネルギー供給体系を究極的には達成できるはずである。本部会では、このような持続・循環型生産技術システムを構築するにあたって、関連する学術・産業領域における研究の推進と、そのための教育・研究組織について統合的に審議検討した。

(2)現状及び問題点
 大量廃棄物、酸性雨、地球温暖化などの環境諸問題と予測されている資源の枯渇問題は、化石資源の大量消費に依存する現在の物質生産・エネルギー供給体系に起因する。産業革命以前には、人類は物資とエネルギーの多くを生物資源に依存してきたが、産業革命以後の化石資源への過度の依存が、人類を含む生物の多様で永続的な存続を危うくさせるにいたっている。このような状況をかんがみると、資源・エネルギー消費の低減につながるライフスタイルヘの転換をめざすとともに、化石資源を温存しつつ、生物資源を活用する新しい物質生産・エネルギー供給体系へ移行することが、人類社会の持続的繁栄には必須の課題となる。この転換や移行を達成するための研究課題はきわめて多岐にわたるが、第17期において第6部は、まず生物資源を出発物質とする産業科学が化石資源を前提とする産業科学に代替しうる可能性を多面的に検討し、その達成に必要とされる研究課題とその実施方策につき提言するにいたった。

(3)提言等の内容
 生物資源の安定供給をめざして、第6部は恒常的な最重要課題として耕地・森林を含めた地球の生物圏の保全に取り組んできた。生物資源の安定供給が保証された段階では、生物資源がポスト石油時代の物質生産とエネルギー供給の一翼を担うことが必須となろう。このような時代の要請にこたえ、人類の持続的な繁栄と地球環境の保全を達成する上で、持続・循環型生産技術体系の構築をめざして、次のような研究課題の推進が不可欠であることを提言する。

1)生物資源の確保と安定供給のために、太陽エネルギーに依存する生物生産の効率化を目標に、植物・微生物による光合成機構をさらに精査し、二酸化炭素固定機能の増強を企てる。また、微生物による窒素固定機能とともに枯渇が危惧されるリン資源の微生物による回収についても研究を展開する。

2)生物資源を物質生産と一部はエネルギーとして高度利用するためのカスケード的利用システムを構築する。生物資源はきわめて多様であるので、循環型物質生産体系における未利用資源の工業原料化を検討する。

3)生物起源原料を有用物質に変換するために、微生物を利用した発酵技術や酵素反応技術をもちいるとともに、生物の生合成機能の精査と遺伝子改変技術を基盤とするメタボリックエンジニアリングを確立する。

4)新規有用天然生理活性物質を探索するとともに、生物資源を原料とする食品機能性成分、医薬など高い付加価値を有するファインケミカルを創製する。

5)生物素材が有する複合的特性に着目し、生分解性を有する高分子素材や耐久型生活必需品などの高機能複合素材を開発する。

6)持続・循環型産業体系の確立を指向した教育・研究システムを構築する。

〔註釈〕本報告における用語は以下のように定義する。
「カスケード的利用」:水が連続した滝を落ちるように、エネルギーを段階的に利用することを意味する。


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目次

1.はじめに

2.作成の背景

3.現状及び問題意識

4.改善策
 4−1.ポスト石油時代に適合する新しい科学技術の構築をめざして
 4−2.これまでの経過

5.研究課題の内容
 5−1.生物資源の確保と安定供給
  @二酸化炭素の生物資源化
  Aリン資源回収システムの確立
  B生物資源の地域多様性に応じた多様な利用形態の開発

 5−2.物質生産における生物資源の高度利用
  @未利用バイオマスの工業資源化・原料化
  A生物起源材料の徴生物による変換
  B生物起源材料の酵素などによる変換
  C生物起源原料に由来するファインケミカルの創製
  D高機能複合材料の開発

 5−3.生物資源のエネルギー利用
  @生物資源のアルコール燃料への変換
  Aバイオディーゼルヘの転換
  Bバイオマスエネルギーシステムの構築と展開

6.提言−持続・循環型産業体系の確立をめざして−
 6−1.生物生産を基盤とする教育システム
 6−2.生物生産を基盤とする研究システム

7.むすび

参考資料1

図1 産業形態とエネルギーの関係
図2 生物資源の有効利用によるポスト石油時代へ
図3 生物資源のカスケード的利用体系


生物資源とポスト石油時代の産業科学
−生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成をめざして−

.はじめに

 わが国の農学の基盤の確立と強化を図り、先見性と創造性の豊かな農学と生物生産技術を創出し、それらの推進への社会的コンセンサスを形成することは、わが国の発展のためばかりでなく、21世紀に危惧されている世界の人口・資源バランスの崩壊を回避し、地球環境問題を克服しうる総合的学術の形成をリードし、もって人類全体の健全な生存と福祉の向上に資する見地からも極めて重要である。

 21世紀を目前に控えて、改めて振り返ると、20世紀は、端的にいえば石油をエネルギー・原料とする工業化の時代であった。その恩恵は農業農村にも深く浸透し、機械化・化学化された農業は生産を大きく伸ばして、人口爆発とも称される急激な世界の人口増加を支えてきた。一方で、石油依存型工業文明のマイナス面も急伸して、今日の地球環境問題や地域環境問題を顕在化させている。しかし、20世紀を繁栄の時代に導いた石油の資源量にはかげりが見えはじめ、人類文明を持続的に支えるのはやはり太陽エネルギーでしかないことが再認識されつつある。その技術形態には、直接発電とともに植物光合成の新展開が重要になろう。石油は合成化学工業の出発物質として現代の物質文明を支えてもいるが、光合成による有機物生成量は世界の化学工業の総生産量よりはるかに大きく、石油に代わって糖や蛋白質を出発物質とする新たな合成化学工業が成立・展開しうる可能性を秘めているからである。すなわち、21世紀には、ポスト石油時代を見据えて、生物生産に係わる農林水産業が持続型科学技術文明の主要な基盤となってゆくべき必然性が展望される。換言すれば、農業を工業化した20世紀から、いわば工業を農業化する21世紀への、文明のパラダイム転換が問われていることになる。

 とはいえ、現在の農林水産業は、なお20世紀以前の古い構造や属性を引きずっている面も多く、21世紀にそのような役割を担い得るためには様々な面での脱皮が必要である。このような認識の下に、1999年には国土保全や自然環境保全など農業の多面的機能の十分な発揮や、農業の持つ自然循環機能の維持増進による農業の持続的な発展を折り込んだ新農業基本法が制定され、21世紀に向けての農林水産業の新しい展開が進められつつある。しかし、今後農林水産業をこのような方向へと一層発展させ、上記の役割を担いうるようにするためには、新たな研究開発が不可欠である。すなわち、文明の持続性を担保しうる物質循環の技術体系、人間福祉のための生物生産と自然生態系との調和のあり方、そのための社会のモラルのあり方、それらを地域環境条件のもとで追究するフィールド科学の精緻な構築と展開、などクリアせねばならない課題は山積している。それらに向けての研究を担う農学は、今や人類文明史的意義を帯びてきていると自覚せねばならない。

 そのような20世紀末にあって、農学は21世紀にどうあるべきか。その社会的合意の形成と農学研究の新展開と農学教育の高度化の、方向と内容を見定めることは今日焦眉の急務となっている。そしてこの課題の達成には、幅広く層の厚いわが国の農学研究者の豊かな英知を結集するとともに、諸外国の農学研究者とも連帯して、人類の明日を担う、真にサスティナブルな科学技術文明の創出に向けて力を尽さねばならない。

 以上の認識のもとに、日本学術会議第6部は、その恒常的な最重要課題として取り組んできた耕地・森林を含めた地球の生物圏の保全と生物資源の安定供給に関する研究の推進を、生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成をめざすものと、そのコンセプトを一層明確にすることとした。そして、生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成を完遂するに要する研究課題はきわめて多岐にわたるが、第17期日本学術会議第6部は、まず生物資源を出発物質とする産業科学が石油化学を代替しうる可能性を見据えて、必要な研究の項目とその実施方策を提示するものである。

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.作成の背景

 第16期第6部は、その対外報告書「21世紀へ向けての新しい農学の展開」の中で、環境・人口・食料・資源に関する地球規模の人類的課題の解決に向けて、生物生産の現状に考察を加えて、生物資源の保全管理と新しい生物生産技術の振興の必要性を指摘した。すなわち農学領域にいて生命科学とバイオテクノロジーの研究を積極的に展開することにより、生物生産の基盤整備、生物資源の安定供給と生物資源変換の高度化を達成しようとするものである。

 これらの研究課題は日本学術会議が第14期から特別委員会を設置して取り組んできた地球環境問題の検討成果と平成2年4月に勧告した「地球圏−生物圏国際共同研究(IGPB)の推進」による提案を第6部の基本活動方針に反映して提示したものであった。

 第17期の第6部では、これらの研究課題の具現化に向けてさらなる検討を加えた。その結果、「地球環境を保全しつつ、人類社会を持続的に繁栄させるためには、太陽エネルギーの固定によって生産される生物資源に依存するポスト石油社会に移行する必要がある」との認識に到達した。ポスト石油時代において持続・循環型社会を形成するには、まずは二酸化炭素の固定によって循環的に生産される生物資源をカスケード的に利用する物質生産(と一部エネルギー供給)体系を構築する必要がある(図3 参照)。

 生物資源を有効に利用するには多岐にわたる関連する学術産業領域における研究課題の推進、生物資源の管理と利用のシステム化と教育・研究組織の体系化が求められるが、ここではその基本的研究課題の推進と具体化に向けての方策を提示する。

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.現状及び問題意識

 産業革命以降、人類が築いてきた化石資源を主体とする動力エネルギーの獲得と物質生産のための体系は、経済効率を最優先とする大量生産とその結果である大量投棄を伴う物質文明を築き上げた。

 けれども化石燃料の大量消費が酸性雨、オゾン層の破壊、地球温暖化、ゴミ処理問題、生物種の減少など、いわゆる環境破壊にとどまらず、人類の生存をも脅かす種々の問題を提示していることは「環境と開発に関するリオ宣言」、地球温暖化防止京都議定書などの指摘するところである。しかも、現代農業における生産性の向上と効率化もエネルギーの大量投入によって達成されている状況を考えるとき、生物資源の生産性自体においてもエネルギー効率を向上させるとともに未利用生物資源の新たなる活用法が徹底的に探索されるべき時に来ていることを示す。

 すなわち、持続的に地球環境を維持することを目的とする環境調和・循環型の物質生産・利用体系を構築する必要があり、それにはまずは資源・エネルギーを大切に利用する新ライフスタイルに適合する「生物資源をカスケード的に利用する循環型物質生産体系を構築する」ことが今日の学術に課された緊急の課題である。

 以上ような認識のもとに、第6部は、循環型未利用資源であるバイオマスの膨大な化学エネルギーを有効に利用することを主体とする新しい物質生産技術体系を構築し、21世紀以降の物質生産の基盤を確立するための研究に着手することを提案する。

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.改善策

4−1.ポスト石油時代に適合する新しい科学技術の構築をめざして

 現在人類が直面している地球温暖化問題は、エネルギー化が容易で効率的な石炭、石油、天然ガスなどの化石資源を大量に消費して生じた二酸化炭素などの増加によるものであるが、見方を変えれば、それは人類が自然界の炭素循環における酸化還元反応の収支バランスに配慮を怠ったことに伴う当然の帰結でもある。

 産業革命に始まる近代文明はエネルギー消費の増大とともに発展してきたといっても過言ではない。工業生産のための原料とエネルギーはその大半が鉱物資源と化石資源であり、人類はそれらを大量に消費して大量に生産する物質文明を謳歌している。しかし、物質文明の繁栄は二酸化炭素を増やすに止まらなかった。生分解されない大量の石油化学製品は廃棄物処理を困難にするとともに内分泌撹乱作用の疑いが問題となっているいわゆる環境ホルモンなどの新たな問題を生み出した。フロンなどによるオゾン層の破壊は処理できない核廃棄物とともに人類の生存をも脅かそうとしている。

 さらに、物質文明の基盤をなしてきた化石資源も、その可採年数が現実味を持って取りざたされるようになった。いまや化石資源の消費を抑え、新しいライフスタイルを創りだすために、生物生産を基盤とする文明を構築しなければならない。

 化石資源に代わる生物生産物には物資とエネルギーの2つの側面がある。前者には、本報告書の研究課題に示すように、今後の研究の進展によって質的にも化石資源に代替しうる可能性は十分あろうが、現状では個々について具体的に論じるのは容易ではない。他方、生物由来のエネルギーに関しても、その代替の具体的な技術は今後の研究の進展に待たねばならないが、化石資源に代替しうる可能性を示す信頼できるデータが最近発表されているので、その一部を〔参考資料1〕として紹介する。

 なお、石油に対する過剰依存に基づく二酸化炭素の増加から、一部バイオ燃料に対する依存に期待が寄せられている。けれども、生物資源は本来食料(Food)、飼料(Feed)、肥料(Fertilizer)、繊維(Fiber)、燃料(Fuel)、工業原料(Feedstock)、薬品等(Fine chemicals製品)のいわゆる7Fとして広い用途を有していることを考慮すれば、燃料としてのみの直接利用は、生物資源のカスケード的利用の最終段階でエネルギーとして活用されるように効率的な利用システムを構築すべきである。

4−2.これまでの経過

 エネルギーの収支と二酸化炭素の循環ならびに固定から考えると、農業は太陽エネルギーを化学エネルギーに変換して蓄積するので、現存する産業形態としてはエネルギー蓄積型および二酸化炭素固定型の還元型産業形態として例外的な存在である(図1 参照)。また、二酸化炭素を固定する還元反応は光合成にとどまらず、独立栄養微生物も広く行っていることに注目すべきである。このことは化石資源の酸化を基盤とした20世紀の産業活動を、太陽エネルギーによる二酸化炭素の還元固定によって再生産される生物資源を基盤とする持続・循環産業活動に転換する必然性を示している(図2 参照)。

 第16期までの第6部の活動は、生物資源と食糧の安定供給を確保するために、生産基盤の確保・効率化と質的・量的向上に関連する学術領域に主眼が置かれてきた。けれども、これまで述べてきたように、地球環境の保全・環境負荷の回避と人類の持続的繁栄のためには、生物資源の安定供給が確保された社会においてその有効利用による持続・循環型物質生産体系の構築に向けての検討を開始する必要があるとの認識を育んでいた。

 そこで、第17期における第6部の活動の主題は、関連研連を主軸にポスト石油時代における物質生産の在り方について集中的な検討を加えることになった。そして生物生産に依拠する未来技術を模索する動きは第6部の関連学協会で次第に中心的な課題となり、各研連が開催したシンポジウムで討議されるに至った。このような背景から第17期第6部は継続的に検討を加えて、本研究課題の重要性にかんがみ、科学研究費の時限付き細目として「生物資源の変換と展開」を提案し、本細目は平成12年度から発足する結果となった。これらの成果は、平成12年2月26日に開催された第6部主催のシンポジウム「生物資源の変換と展開」に総括されて、第6部でのさらなる討議を経てこの対外報告“生物資源とポスト石油時代の産業科学−生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成をめざして−”を提出し、「生物資源の有効利用を主体とするポスト石油時代に対応できる新しい科学技術の構築」に向けて長期的に取り組むことを確認するに至った。

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.研究課題の内容

 以下に生物資源の確保と供給、生物資源の循環・カスケード的高度利用システムを構築するための研究課題について具体的に説明する。

5−1.生物資源の確保と安定供給

 生物資源の安定供給は従来第6部が主眼としてきた研究課題であるが、今回の提案課題を推進する上で特に関連が深い基本的課題を整理すれば以下のようになる。

@二酸化炭素の生物資源化
 二酸化炭素と窒素の固定の基本をなす光合成ならびに化学合成については、これまでの永い研究の歴史を辿ることが出来るが、その解明は今なお機構的には不明な点も多く、植物と独立栄養微生物による固定の効率化をはじめ、生物生産の向上に寄与する研究が展開されるべきである。

Aリン資源回収システムの確立
 リンは植物3大栄養素の一つであるが、最初に枯渇が危惧されている鉱物資源である。太古
からの鳥類による活動の結果によって集積したリン鉱石の供給は有限であり、環境からの回収
とともに環境における富栄養化を回避するためにも、その循環的利用のための研究を推進す
る必要がある。

B生物資源の地域多様性に応じた多様な利用形態の開発
 生物は生息地域の環境条件に適応して極めて多様な個体群からなり、生産される生物資源も多様である。このことは地域特異的な生物資源の活用を図るための地域特色的な学術・産業体系の構築も必要なことを示している。

5−2.物質生産における生物資源の高度利用

 生物資源は種類、性状が多様であるため、利用範囲も極めて広い。前述のように食料、工業原料、薬品などいわゆる7Fにわたる広い用途がある。したがって生物資源を高度に利用して物質生産を達成するには、「カスケード的に最も効率よく利用する」ための生産管理システムを構築する必要がある。燃料としてのエネルギー利用は、カスケード的利用での最終段階すなわち燃焼により二酸化炭素と水に分解してしまう段階で行うべきである。そして物質生産の最終処理で生成する残渣の無機物については、自然へ還元循環する技術を確立しなければならない
(図3 参照)。

@未利用バイオマスの工業資源化・原料化
 多様な成分からなる生物資源は、化石資源に較べて取扱いが容易でなく、その工業資源化は運搬・利用・回収・変換におけるコストが高いことから、20世紀の産業構造の中にあっては石油に由来する工業原料に席を譲る結果となった。しかし、今後、環境負荷をできる限り小さくする前提で化学工業製品の生産を考えるとき、未利用生物資源を糖類その他の利用しやすい生物起源工業原料に変換し、それらを積極的に工業生産に活用するための研究体系が構築されなければならない。

A生物起源材料の微生物による変換
 自然界で生物は、D-グルコースに代表される糖類を出発物質にして、実に多様な化合物を生産している。中でも微生物は生命の誕生以来生物が獲得してきた無限の生合成機能を多様な種の中で保存しており、そこに微生物の変換能力は無限であるといわれる所以がある。これは糖類を出発物質とする物質生産プロセスの構築に大きな合理性が存在することを示唆している。現時点でも、微生物の物質変換能力を最大限に利用して有用物質を生産しようとする試みは、発酵醸造学、微生物生産学、生物工学、農産物利用学において積極的に展開され、すでに抗生物質をはじめとする医薬品工業やアミノ酸・核酸発酵工業では独自の産業分野を確立している。したがってさらなる今後の研究によって、微生物の生合成機能と化学反応機能を利用することを通じて、糖類をはじめとする生物資源の主要構成成分を用いて様々な物質生産を達成できると確信する。このことは、糖類を出発原料とする微生物による油脂生産法の最近の成功に見られるように、生物起源材料の微生物を利用した変換が、新しい物質生産において無限の可能性を提供する技術を秘めていることを示している。

B生物起源材料の酵素などによる変換
 従来の化学合成では有機溶媒中での加温反応を主体としたが、今後は省資源と環境負荷の低減のために水溶液中での合成反応が次第に主体をなすものと想定される。酵素は一般には水溶液中での反応を選択的に加速する生体触媒で、今日の酵素化学の進歩から熱エネルギーの供給を伴わずに水溶液中での反応によって常温で選択的に反応を促進させて物質を工業的に生産することが可能となった。また、遺伝子改変技術の進歩に伴って、酵素の機能増強と大量生産が可能となっている。このことから近い将来において、応用酵素化学や遺伝子改変技術を基盤とするメタボリックエンジニアリングによって、生物資源の高度利用による物質生産のための新しいシステムが多方面において実用化されるものと期待される。

C生物起源原料に由来するファインケミカルの創製
 化石資源に依存する現代文明以前から、人類は食品・医薬をはじめ生活物資の多くを生物資源に求めてきた。化石資源への過大な依存が今日の地球規模の環境破壊を惹起していることを考えるとき、再び天然を指向する科学技術の展開に期待が寄せられる。この新しい天然への指向は近代科学以前のものとは次元を異にし、今世紀に蓄積された膨大な科学技術的知見に基づき、その端緒はまず新規有用天然生理活性物質の探索に始まるが、新しい有用ファインケミカルの創製へと展開するものである。なお、このような試行は、先に述べた地域特異的な生物資源の活用を図る地域特色的な学術・産業体系の構築と地域環境の保全にも繋がる。

D高機能複合材料の開発
 自然界の現象の多くは今日の科学によっても解明されていない。このことは系・成分の単純化と一般化を指向してきた現在の科学体系自体に欠陥が内在することを意味する。自然は多用な成分から構成されており、それらの成分が互いに多様に連携して自然の複雑なシステムを構築していることを考えるとき、生物資源の高度利用には複雑系の解析が出発点にあることを認識させる。木材一つを例にとっても、材の構造形成、その強靭な物性、カスケード的な分解利用の可能性がその成分の複合的相互作用の結果にあると認識すべきである。したがって、耐久型生活必需品と生分解性高分子素材の開発には、生物資源が有するトータルな物性の緻密な観察と解析・統合が重要と考える。

5−3.生物資源のエネルギー利用

 あと四十年ほどで枯渇するといわれるようになってきた石油に代わるものとして、生物資源(バイオマス)をエネルギー源としても利用しようとの考えがある(4−1.参照)。地球における生物資源の総量、年間生産量については[参考資料1]に記載した。

 バイオマスエネルギーは「CO2ニュートラル」であると言われる。これが近年、地球温暖化の対策の一つとしてバイオマスがとりあげられる主な理由であろう。「CO2ニュートラル」には前提があって、バイオマスが持続的に生産・変換・利用され、エネルギー利用の結果出てくる二酸化炭素が、再び植物に吸収されなければならない。すなわち、植物の生産が持続可能であるように、バイオマスが更新可能な状態に耕地や森林を維持するとともに、植物の一部、たとえば残渣や灰を土壌に還元して地力を維持しなければならない。生産と利用のバランスがとれるからこそ「CO2ニュートラル」な技術として重要なのである。

 バイオマスはその種類、性状が多様であり、前述のいわゆる7Fとしての広い用途がある。バイオマスには、その生産技術、生産物の加工、変換によって質を高める技術、貯蔵、輸送、各種ハンドリング、廃棄物処理の利用技術がそろって初めて有効かつ、継続的に利用できる。したがって、バイオマスはカスケード的利用において原則として物質生産に利用したあとで、最終的な廃棄物を燃料としてのエネルギー利用に供することが望まれる(図3)。このようにして、エネルギー利用にあたっては食料・飼料・用材としての生産・消費との競合を避けることが必要である。以下にエネルギー変換技術、とくに燃料変換における研究課題について述べる。

@生物資源のアルコール燃料への変換
 バイオマスのエネルギー利用には、熱利用、動力利用、電力利用があるが、いずれの場合も、バイオマスを変換した燃料が元になる。すでに、生物資源から発酵生産によりエタノールを得て、これとガソリンとの混合燃料は内燃機関に利用されている。しかし、エタノール発酵の原料が一部の生物起源材料に限られている現状を考えると、今後は生物資源をより効率的にエタノールに変換するために、生物資源の発酵原料への効率的資化に対するさらなる研究の蓄積が必要である。

 メタノールは、現在では主として天然ガス由来の一酸化炭素と水素を用いて、化学合成法で作られているが、バイオマスを熱分解してえられる一酸化炭素と水素でメタノールを合成することも可能である。なお、嫌気的C1発酵技術による二酸化炭素の還元固定によるメタンの生成は、今後メタン発酵をはじめとするC1発酵技術が生物残渣および二酸化炭素から燃料だけでなく、物質生産原料の供給に大きな可能性を秘めていることを示唆している。

Aバイオディーゼルヘの転換
 ディーゼル油代替燃料として植物油をメタノールあるいはエタノールでエステル化したものはバイオディーゼル燃料と呼ばれ、既にヨーロッパの数ケ国で菜種油のメチルエステルが実用に供されている。米国でも現在大豆油の、メチルエステルが用いられようとしている。バイオディーゼル燃料は、炭素循環による二酸化炭素の収支がバランスし、「CO2ニュートラル」な燃料として、米国では1990年の環境法の制定以来研究に着手し、実用化が図られてきた。排気ガス中のSOxが少なく、毒性が低い特性がある。5−2.Aで述べた糖類を出発原料とする微生物による油脂生産法は日本が先端を行く発酵技術である。本法よる油脂生産は農地における植物油の生産に較べて時間、場所ともに格段に効率が高く、発酵技術に秀でるわが国では今後特
に発展が期待される研究課題である。

Bバイオマスエネルギーシステムの構築と展開
 バイオマスをエネルギー利用するには、多様な要素技術を組み合わせたシステムが要求される。しかも、システムのエネルギー効率をできる限り大きく、コストを最小にすることが実用化の前提となる。例えば、バイオマス発電技術の中核と現在考えられている発生炉ガスを組み込んだ複合サイクル発電のさらなる効率向上、カーボンクレディットとからんで今後進展が期待されるエネルギー・物質プランテーション、未来のバイオマス燃料電池発電システムなどについて研究を展開する必要がある。

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.提言−持続・循環型産業体系の確立をめざして−

 産業革命にはじまる化石資源の消費は、高度の文明社会を招来した反面、環境に地球の包容力の限界を越える負荷を強いる結果をもたらし、人類の自然との共生を危機に曝している。このような現状は産業革命以後のこの2世紀間の資源大量消費型の文明の進展にすべての原因を辿ることができる。まさに、この2世紀間は人類が自然との共生の重要性を省りみず、人類の長い歴史において人類が自然との共生を忘れた異常な時代であったといえよう。

 このような状況分析から、人類の持続的繁栄には現在の価値判断の基準を自然との共生に適応できるライフスタイルにシフトさせるとともに、生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成をめざして、物質生産体系を再構築する必然性が生じる。新しい自然共生社会に展開される人類活動と物質生産を支える産業技術は産業革命以前のものとは異なる新しい学術の成果を反映するものであらねばならない。このような理念は以下の主題の遂行によって実現に近づくと確信する。

6−1.生物生産を基盤とする教育システム

 第17期の教育・環境特別委員会の声明には、『「新しい価値観」体系に支えられた希望に満ちた社会を実現するため、脱「物質・エネルギー指向」の新ライフスタイルヘの転換を図り、その推進力となる新産業“新ライフスタイル産業”を創出しなければならない。』とある。

 この目標を具現化するに当たっては、太陽エネルギーを最大限に利用することによって生物資源に依存する循環型物質生産利用体系を構築する必要がある。生物資源の生産は自然条件によって左右されるところが大きく、安定生産の確保のための科学技術の向上と資源を大切に利用する観点に立脚した教育体系の構築が必須となる。農学が主体となる生物生産はまさにフィールドを対象とする複雑系の科学である。この点を考慮すれば、生物生産を基盤とする新しい循環型物質生産体系を構築するには、俯瞰的な視点に立つ新しい教育システムの誕生と育成を必要とする。当面はこの教育のための教科書、例えば「物質生産における生物資源の高度利用」などに関する新しい入門書の作成を急ぐ必要がある。

6−2.生物生産を基盤とする研究システム

 これまで生物生産の研究では資源の確保と安定供給が主体をなし、生物資源の変換研究に関しては一部の素材を除いては研究・開発の対象とされず廃棄物として投棄されていた。これは生物資源が多成分から構成され、取り扱いが容易でない、石油に比べて利用コストが高い、変換効率が低い、生物資源が自然界で容易に分解を受けるなどの理由による。けれども、「CO2ニュートラル」な循環型産業技術を構築するには、生物資源の効率的・完全利用を達成できるカスケード的利用システムの構築を目標とすべきである。このことから、今後の研究は従来とは次元の異なる広範囲の生物資源を対象として、その持続的生産基盤の保全・監視システムおよび変換研究に対して国家的・世界的投資がなされるべきである。したがって、新しい持続・循環型社会の構築をめざして、国公立だけでなく民間の研究機関においても長期的展望に立って、研究プロジェクトの抜本的見直しと改革を断行するとともにそれに伴う研究体制の再構築が企てられねばならない。

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.むすび

 ポスト石油時代における人類の持続的繁栄を求めて、ここに提案した持続・循環型社会の基盤となる産業科学体系の構築には、新しい価値判断に基づくライフスタイルとともにそれを先導する教育・研究システムの抜本的改革を必要とする。すでに地球規模の温暖化をはじめとする環境破壊が深化しているにもかかわらず、依然として有限の化石資源に依存する20世紀型文明が継続されている現状を省みるとき、生物生産を基盤とする次の産業体系の構築をめざして現在は国家的あるいは世界的な規模での集中的な研究展開がされるべき時期にあるといえよう。国際的に導入が検討されている炭素税も、カーボンクレディットのための財源としてだけでなく次世代のための人類の持続的繁栄を願って生物生産を基盤とする持続・循環型社会の形成をめざす生物資源とポスト石油時代の産業科学の発展に投入されるべきであろう。

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[参考資料1]

 いわゆるバイオマスエネルギーは、生物体を構成する有機物の酸化により生じるものであるが、直接燃焼するほかに熱分解、部分酸化などによるガス化、微生物を利用した醗酵によるエタノール、メタンヘの変換などを経てエネルギー化されるものもある。

 現在地球上のバイオマスは、乾量で約1.8〜2×1012tある。これは現在推定されている石油の可採埋蔵量約1×1012バーレルおよび石炭の可採埋蔵量約1×1012tの合計量を上回る膨大な量である。さらに毎年約その10%に相当する2×1011tが光合成によって生産されている。生産の主たる場は森林であり、森林におけるバイオマス量は概ね一定に保たれているので、生産されるバイオマスの等量が生分解されているという事実は注目に値する。すなわち、森林の生産性を損なうことなく持続的にバイオマスを取り出すことができれば可処分資源になるからである。これは森林に限らず草地でも海洋でもいえることである。毎年生産されるバイオマス2×1011tの炭素は約8×1010tで、エネルギーでは300×1019Jに相当する。これは現在の全世界の化石燃料由来の年間総エネルギー消費量30×1019Jの10倍に相当する(出典1による)。

 地球上の全バイオマス生産量(=分解量)は上記の値が概ね定説とされるが、利用可能なバイオマスエネルギーの賦存量については、研究者間で前提条件の違いによって推定にややばらつきが見られる。しかし平均的に見れば、2100年頃における将来的な値としては20〜30×1019J/y程度と目される。

 したがって、この値から見る限り、エネルギーとしての変換の手間や使い勝手の良さを別にすれば、バイオマスは量的にはほぼ現水準の化石エネルギーに取って代わることが出来ると期待されるが、2020〜2025年の近未来予測では、7〜10×1019J/y程度にとどまっていて、全エネルギーの30%位をまかなうのが限界かと思われる。しかも、このポテンシャルを確保するには、生産の場の維持管理が不可欠であることを忘れてはならない。

 因みに、出典2によれば、現状における全世界の主として廃棄物系バイオマス資源量から算出されたエネルギー量は、エネルギー回収が理想的に行われるという仮定にたてば、林産系エネルギー量は2.3×1019J/y、農業系エネルギー量は3.3×1019J/y、畜産系エネルギー量は3.5×1019J/yで合計9.l×1019J/yと推定され、この側面だけから見てもバイオマス変換に関する生物工学的研究の重要性が痛感される。

出典1:Biomass Handbook(Ed. O.kiatani and C.W.Hall), publ. Gorden & Breach Science Publ.,N.Y., pp821-823,(1989).
出典2:新エネルギー開発機構(NEDO):“新エネルギー海外情報”(2000年2月号.115−167ページ)


図1 産業形態とエネルギーの関係


図2 生物資源の有効利用によるポスト石油時代へ


図3 生物資源のカスケード的利用体系

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