材料の21世紀へのストラテジー金属系材料の視点から見た提言

「物質創製工学研究連絡委員会金属材料専門委員会報告」

平成12年6月26目

日本学術会議
物質創製工学研究連絡委員会
金属材料専門委員会


 この報告は、第17期日本学術会議物質創製工学研究連絡委員会金属材料専門委員会金属材料将来展望小委員会での審議結果を金属材料専門委員会で取りまとめ公表するものである。

[金属材料専門委員会]
 委員長  佐久間健人(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授)

 幹 事  東  健司(大阪府立大学 工学部 教授) 

 委 員  浅井 滋生(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
      大中 逸雄(大阪大学 大学院工学研究科 教授)
      岡田 益男(東北大学 大学院工学研究科 教授)
      北田 正弘(東京芸術大学 大学院美術研究科 教授)
      中江 秀雄(早稲田大学理工学部教授)


[金属材料将来展望小委員会]
 委員長  大中 逸雄(大阪大学 大学院工学研究科 教授)

 幹 事  岡田 益男(東北大学 大学院工学研究科 教授)

 委 員  佐久間健人(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授)
      浅井 滋生(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
      井村  亮((株)日立製作所 中央研究所ストレージ研究部長)
      加藤 理生((株)住友金属工業 東京本社 技術部 専任部長)
      北田 正弘(東京芸術大学 大学院美術研究科 教授)
      佐野 利男(通商産業省工業技術院 機械技術研究所 生産システム部長)
      武下 拓夫((株)三菱マテリアル 総合研究所 フェロー)
      竹田 博光(元(株)東芝 研究開発センター 研究主幹
            現東芝リサーチコンサルティング(株)シニアフェロー)
      中江 秀雄(早稲田大学 理工学部 教授)
      花田 修治(東北大学 金属材料研究所 教授)
      東  健司(大阪府立大学工学部 教授)
      村田 朋美(元(株)新日本製鐵 顧問、現 北九州大学 教授)
      和田  仁(科学技術庁 金属材料技術研究所 総合研究官)


要  旨

1.作成の背景
 国家産業技術戦略や新科学技術基本計画の策定、国立研究所の独立行政法人化が進行している。また、材料に関する科学技術、教育も曲がり角にきており、その将来展望が求められている。

2.内容
(1)未来社会と材料
 材料はフロー型材料とストック型材料に大別される。携帯電話等のフロー型材料に関しては、主に民間での活力を生かし、環境に配慮して国際競争力を高める支援を国として施策すべきである。ストック型材料については、単に市場経済に委ねるのではなく、国家的な長期的・戦略的施策が必要である。共通して重要なことは資源(エネルギーおよび環境負荷を含む)や材料を有効に利用する循環型社会の構築を目指した長期的戦略を明確にし関係者が共有することである。

(2)挑戦すべき課題
 社会に必要な材料技術として、環境と調和した循環型経済社会の構築、エネルギー安定供給、地球環境保全および経済成長の実現、高度情報化社会の実現、安心して質の高い生活を送れる社会の実現などに必要な材料技術がある。本報告ではこれらの具体例を述べている。

 さらに、これらを支える学術・研究としての着眼点としての「極・超・省・信頼」の各文字をキーワードとした方向性、および各種材料に関する重要な研究開発課題を述べている。

(3)人材育成
 我が国には材料研究・教育に関わる人材は多いが、上記課題を実現する人材は十分ではない。特に、広い視野を持ち幅広い専門知識を統合化して資源生産性向上を推進する構想力と判断力を持った人材は極めて少ない。また、その育成は、現在のシステムでは容易ではなく、教育や社会の変革が必要である。さらに、システムまで開発できる材料技術者の養成および材料利用者の材料知識と利用技術(材料リテラシー)の向上が必要である。

(4)戦略と提言
 資源・エネルギーの乏しい日本として、長期資源戦略の確立、産学官および一般市民の分担と有機的連携・ネットワーク、研究技術開発の基盤的整備等を進め、国際的視野で循環型社会の構築を推進すべきである。このため、特に以下を提言する:

・国として、材料戦略および資源生産性向上(省エネルギー、エコマテリアルや新市場開発を含む)のための中核的機関を設置して、大学、学協会、国公立研究機関等とのネットワークを構築し資源生産性向上に関連した科学技術を省庁を超えて総合的に推進すること

・国および大学として、材料技術に関する幅広い専門知識と視野を持った人材育成を推進すること。また、このための大学教育改革、人材流動化、新しい材料工学教育、教育環境の整備、社会人への材料リテラシー教育等を推進すること

・総合科学技術会議における材料政策チャンネルを確立すること


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目次

1.まえがき

2.未来社会と材料
  2.1産業のグローバル変化とその対応
  2.2資本生産性から資源生産性へのシフト
  2.3「資源生産性」と長期戦略の位置づけ
  2.4材料の生産側問題と利用側問題
  2.5産官学連携と起業育成の課題など

3.挑戦すべき課題
  3.1社会に必要な材料技術
  3.1.1環境と調和した循環型経済社会の構築
  3.1.2エネルギー安定供給、地球環境保全および経済成長(3E)の実現
  3.1.3経済社会の新生の基盤となる高度情報化社会の実現
  3.1.4安全・安心で質の高い生活を送ることができる社会の形成
  3.2学術・研究
  3.2.1金属・材料系科学技術推進の為の着眼点と方向性
  3.2.2戦略的に研究開発を行うべき金属・材料系科学技術課題
  3.2.3戦略的課題を具現するための方策
  3.3人材育成
  3.3.1求められる人材とその育成・教育
  3.3.2従来の大学における材料教育
  3.3.3問題点
  3.3.4今後の対応と方向

4.戦 略
  4.1資源生産性コンセプトの確立
  4.2国の研究開発基盤の再構築
  4.3採るべき方向
  4.4提言

5.あとがき

添付資料1 協力者名簿
添付資料2 構造材料関連の重要研究課題と達成目標
添付資料3 機能材料関連の重要研究課題と達成目標
添付資料4 大学教育方法のパラダイムシフト
添付資料5 関連学協会へ送付したアンケート


.まえがき

 科学技術は、20世紀において飛躍的な進歩を遂げ、人類の生活に大きな変革をもたらすこととなった。科学技術の進歩が、日常生活の便利さ、快適さをもたらし人間生活を豊かにしていることは論を待たない事実である。しかし一方では、科学技術には負の側面があり、これを悪用するかあるいは無知のまま誤用すれば、人類を破滅に導きかねないとの危惧もある。21世紀を迎えるにあたって、我々は科学技術の有効利用を通じて人類の幸福な未来、あるべき姿は何かを真剣に考えていかねばならない。科学技術と産業に関して言えば、限られたエネルギー資源の有効利用、従来の石油、石炭などに代わる新しいエネルギー資源の確保、エネルギー多消費などによる環境破壊を防止し、持続可能な産業社会をいかにして構築していくかが問われている。

 このような状況の下では、既存の産業あるいは新規産業に利用される素材あるいは材料の利用に関しても抜本的な変革が求められる可能性がある。資源小国である我国としては、金属をはじめとする材料あるいは素材資源の確保あるいは備蓄と産業基盤材料の有効利用に関する長期的な国家戦略が不可欠である。特に、今後は資源生産性の概念が重要である。資源生産性の向上は単にライフサイクル・アセスメント(LCA)や資源節約ではなく、量に変わって質を市場価値とする市場改革であり、新市場を開拓するものである。また、米国等に対抗し得るフロンティア産業技術創成に繋がる極めて重要なものである。

 このような観点に立って、日本学術会議物質創製工学研究連絡委員会金属材料専門委員会においては、金属材料将来展望小委員会を設け、産官学の英知を集め金属材料などの材料国家戦略について時間をかけて討議してきた。その成果としてまとめられたものが本報告書である。この小委員会では、社会における材料の役割と資源素材としての重要性を討議し、挑戦すべき課題について議論するとともに、国家戦略として推進すべき「材料戦略や資源生産性推進のための中核的機関」の設立、人材育成などに関する提言をまとめた。本提言が、今後の政策に反映されることを期待したい。

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.未来社会と材料

 資源・環境問題が顕在化して社会の価値観が変りつつある。経済的な発展がもたらしたこれらの課題は私達に、豊かさとは何か、人間社会の幸福とは何か、という基本的な疑問を投げかけている。現在、私達の社会を動かしている市場経済は貨幣価値のあるもののみを対象としており、従って社会の持続性を前提とする価値創造の場ではない。21世紀にかけても持続可能な社会を構築するために、産業は社会および生態系と共生し生物循環、資源循環を可能にする産業エコロジーを確立しなくてはならない。

 さて材料は家電、自動車などの耐久消費財や、橋梁、高速道路、ドーム球場、集合住宅などの耐久財による利便性、効率性、快適性、安全性、そして資産性を構築し、経済的な豊かさを社会に提供してきた。一方、その製造過程、使用過程、再資源化、廃棄過程においては多量のエネルギーと鉱物資源を消費し、環境に負荷を与えるという二律背反の性格を有している。したがって材料問題をどう扱うかということは資源・環境問題の根幹に関わる問題であり、社会の価値観、国の将来計画のみならず、地球社会の存続に繋がる根深さを持っている。多様な材料の中でも、金属系材料は使われる量の多さ、社会、産業インフラなど社会の骨格を形成する重要な役割、デバイスなど情報化社会構築での重要な役割、家電や自動車など多様な応用と、再資源化が容易であることなど、将来の資源循環型社会を描く上で中枢的な位置を占めている。したがって、金属材料に関する戦略は、市場経済に依存した短期的判断に任せず、長期的な国家戦略を明確にしておくことが国家的な立場上極めて重要である。

 本章では材料と市場経済、産業、社会との関わりを概括し、未来社会における価値創造の基軸としての「資源生産性」という考え方と、国の「長期資源戦略」の必要性について述べ材料の果たす役割を明らかにしたい。

2.1産業のグローバル化とその対応

 市場経済のグローバル化が進み、組み立て加工産業、情報産業を中心に海外シフトが進む中で、国内市場においても海外企業との国際的な連携が始まり、その潮流は製造業のみならず金融、保険、投資分野にまで及ぼうとしている。また日本経済が長期にわたって停滞している間に、地球規模の資源・環境問題が国際的に重要なテーマになり、持続可能な発展に向けて量から質への革新が競争の厳しいグローバル市場で急速に進んでいる。そして最近の情報技術の進歩と普及は、先進諸国では労働集約型の産業から知識集約型産業へのシフトを早め、正確で迅速な情報収集と判断が新たな産業を創り始めた。

 こうした変化を受けて、携帯電話、パソコン、自動車などのフロー型耐久消費財を製造する産業は、市場の変化にすばやく対応し成長している。それに比較し、鉄鋼などの基礎素材、化学プラントなどの産業インフラ、高速道路、橋梁、建設などの社会インフラに関わっている重厚長大型の産業は、国内経済の停滞、発展途上国の不況、投資回収にかかる長い時間、製品の低付加価値と規模の経済への依存体質などのため対応の立ち遅れがあり、抜本的な構造改革、経営改革を余儀なくされている。

 以上の状況を踏まえ、国家的な立場での施策と材料の関り合いを端的に述べる。

(1)短期的には日本産業の経済基盤を見直し、技術基盤として材料の新機能開発やそのシステム化、デバイス、家電製品、自動車など耐久消費財の国際市場競争力を高めるのに必要な支援システムを整備し、安定した経済成長を目指すことが重要であり、特に環境問題に関しては規制の緩和(場合によっては強化)、補助手段や税制優遇措置など、関連する社会システムを見直し、産業が国際市場の変化にタイミング良く対応出来、かつ生み出した工業製品が国際的に評価される仕組みを具体化することが急務である。

(2)長期的には持続可能な社会構築に貢献できるよう、資源利用において国レベルで長期戦略を明確にすると共に、材料利用に関連した社会システムの思い切った改革を進め、新市場(ベンチャー起業)の創生を促し、優れた産業技術を育成することである。言い換えれば、エネルギー創出、資源循環、情報・コミュニケーション技術、医療技術、産業・社会インフラの安全と長期信頼性向上など未来を支える広い分野において材料の新機能開発と利用システムの設計が重要である。

 例えば本四連絡橋の100年設計においては、約2キロメートルの世界最長スパンを可能にした超高張力鋼線の開発と防食技術、湿度センサーとワイヤーストランド全域に亘る乾燥空気循環システムが寿命設計のコア技術であった。このような材料開発から出発した技術開発が結果的に資源確保とその利用を効率化し、環境負荷の低い製品で国際市場競争力を確保する戦略につながる。その意味で影響力の大きい金属系材料の長期戦略と、基盤整備は日本にとって喫緊の課題である。

 上述の(1)は市場経済(内部経済)によって動く領域であり、基本的に民間企業主導の対応とならざるを得ないが、税制や金融など、市場経済に関連したシステムをグローバル標準という視点から徹底的に見直し、産業の国際競争力を支援する必要が有る。しかし(2)の領域は今日の貨幣価値が明確でない(外部経済)ため、市場経済の仕組みが役立たない。したがって国の政策が極めて重要な役割を果たすことになる。産業の基盤を形成する材料産業技術戦略においては(1)における今日的支援を進めつつ(2)の長期的な戦略を検討しなくてはならない。

2.2資本生産性から資源生産性へのシフト

 資源・環境問題の源流は資本(労働とも言える)生産性を向上させることが正であり、全てであるとし、そのための技術開発を徹底して進め、規模の市場経済を生み出したことに端を発している。結果的に大量の資源(鉱物、エネルギー資源)を必要とし、市場を拡大することによって利潤を生む仕組みが資源・環境問題を誘発した。それは、利潤を生む現生産・消費システムに限界がみえ、「量から質へのシフト」が始まったことを意味する。したがって技術開発の基本的な拠り所を資本生産性から、資源生産性の向上(資源の効率的な使い方とそれによる新しい市場の創出)にシフトさせ、その変化を支援する社会の仕組みを社会的に整備していくことが求められる。それが持続可能な社会を構築する必要条件だからである。

 自動車の軽量化や、液晶使用による情報機器の省エネなど、利潤を上げられる範囲ではあるが、資源生産性向上の兆しは現われ始めている。21世紀が「資源・環境問題」を中心に動く世紀であるとする理由の一つがここにある[1]。本文では鉱物資源と再生不可能なエネルギー資源を対象として資源生産性を述べている。これは、再生可能な生物資源、情報資源、そして人的資源についても適用できる考え方である。

 資源に恵まれない日本は、手段として科学技術創造立国を目指すしかないといわれているが、それだけでは資源保有国の方策と大差が無い。将来、資源が逼迫してくるという認識は冷戦後の米国にもあるのである。日本が頼みとする資源の多くが発展途上国に有ることを考えると、何を基軸に、またどのようなネットワークで科学技術の開発を進めるのかという日本独自の着眼点を持たなくてはならない。

2.3「資源生産性」と長期戦略の位置づけ

 「資源生産性」には(A)市場創出に繋がる「効率的な使い方に関する要素」と、(B)市場安定化に繋がる「安定供給に関する要素」があり、特に後者については静的蓄積と循環を利用した動的蓄積がある。いずれにせよ(1)長期的な資源政策と、そのリスクマネジメント、とくに(2)資源問題の上流側(探査、採取、精練、還元などは付加価値が低く市場原理が適切に働かない領域)に関する政策、(3)再資源化技術開発および資源循環システムの整備、(4)資源選択、材料設計、生産、加工、評価、製品機能設計、利用(使用)システム、解体、廃棄(再資源化)という材料のライフサイクルに関する効率的で包括的なシステム技術開発と、そのマネジメント、(5)関連データベースの構築と整備、(6)知的財産化戦略、(7)人材の育成と異分野交流場の提供など多様な構成要素がある。その意味で「資源生産性」は、最近の新聞論調に見られるような、単に資源を無駄にしないようにという発想ではなく、多くの分野に関わる包含性と、時間・空間軸における広域性を持ち、国の長期戦略や今日的政策の中核を成す考え方である。

 「資源生産性」として特に重要な要素は、上述したように材料のライフサイクルを、製品の市場価値、社会的な意味との関わりから把握し、総合的な判断を下すことであり、その任に堪える人材育成である。長期戦略実施に当たっては、現在独立行政法人化が検討されている大学や国立研究所の力を結集し、国のミッション型研究として推進するのが最も適切である。

 日本の産業構造は最終製品に向かって縦系列に構成されてきたため、材料技術の実態も、材料の使い方についての情報もそこから外に開示されることは少なかった。資源生産性の考え方は、これらのデータや情報をデジタル化し、製品のライフサイクル効率を高める方向に利用することでもある。ここに情報技術(IT)による材料の社会的な意味と役割を明確にする機会が訪れようとしている。

2.4材料の生産側問題と利用側問題

 材料製造過程での資源・環境問題は生産部門で直接把握し対応できる生産側問題として扱えるが、製品を含めたライフサイクルの問題を把握するためには、材料の市場での流れに沿って顧客や、最終的な顧客である社会の協力を得る必要がある。これは材料の利用側問題ということができる。資源生産性を考える上で、このような材料の両面性を整理することが極めて大切になってくる。幸い、利用側について日本では過去40年に亘り、産業資材の動きが産業連関表として量的に記録されており、データベースという意味では先進諸国の中では例外的に優位に立っている。

(1)材料の使用側の問題
 社会インフラ、産業インフラなどのストック型製品に使われる構造材料と、日常生活を潤している耐久消費財などのフロー型製品に使われる機能材料(一部構造材料も含まれる)に分けて考察することにより製品に組み込まれた材料課題が見えるようになる。例えば材料(資源)のフローをみると、時間的に停滞するのは製品として使用される期間、つまり製品の寿命であることに気付く。ここで製品の生涯エネルギーを解析してみると、パソコン、自動車、建造物の何れもこの期間の消費が(製品によるが)全体の7−9割、材料の生産、製造過程の消費が1−2割を占め、組み立て過程の消費は比較的少ない事が判明する[2]。詳細は省くがストック型の構造物では初期投資を23割増やすことによって寿命を2倍以上に伸ばし、生涯消費エネルギーと生涯コストを大幅に削減出来る。課題はそれを可能にする材料、設計、メンテナンスシステムであり、それらに応分の対価を払うことである。

 さて実際の製品寿命の多くは相対的な経済価値で決められ、製品の機能そのもの劣化ではない。ちなみに最近の乗用車の平均寿命は9.6年であり、車検制度の影響が類推される。では材料の付加価値は製品として何処に生きたのであろうか。ここに資源生産性と製品の経済性との相克があり、市場における価値が何によって決まるか、材料関係者が価値創造に何処まで関わっているのかが問われる。

(2)材料の生産側の問題
 生産者側の問題としては、資源から基礎素材を生産する過程と、それを基に製品からの要求に応えようとする材料設計・生産・加工という過程がある。前者については省エネ・省資源プロセス技術、環境負荷低減技術、再資源化技術の開発が研究のフロンティアである。後者では、解析機器とデバイス技術の急速な進歩によってよりミクロな世界から物性を発現させる仕組みに集中している感があるがミクロ物性を製品の機能としていかに再現し周辺のシステムに馴染ませるか、構造体や製品の生涯性能、機能にどのように生かせるか、分野を超してLCA的に考え適切な選択をしているのか、資源再生は可能か、社会的な責任を果たしているかなど、材料研究者にとって多様な領域にフロンティアが広がってきた。

 製品開発においては多様な技術群が階層を成している。しかし、材料という階層が価値創造の底辺にあるようでは資源生産性を論じることが難しい。問題は何処に資源問題、材料問題があるか明確にし、共有することである。材料開発に絞っても電子、原子、ミクロ、マクロという階層構造が存在しているが、研究者、技術者は自分の得意な階層で安住しがちである。人間の叡智はその階層を繋ぐことにあるといったのは物理学者ファインマンであるが、材料に関わる研究者、技術者がそれらの階層壁を超して製品の縦系列に入り込み、価値創造に関われるか、あるいは材料循環の横系列の何処まで責任を持って関われるかが問われている。それが、付加価値創造の原点だからである。

2.5産官学連携と起業育成の課題など

 日本の産官学連携は、組織の立場が個人の立場に優先し様々な制約を生んできた。これからは目標達成の考え方を共有し、損得を客観的に確認して相互に連携のメリットを享受できるように見直さなくてはならない。また、異分野交流においては相互の文化的な要素を重視しなくてはならない。特に、材料は複合化されて使用されることが多く、金属材料のみで議論を括ってはならない。セラミックスや有機系材料と目標と戦略を共有し、協調と競争の中で連携を組まねばならない。ベンチャーが生まれる場もそのような出合いからである。

 予算という手段と、国という旗振りがあっても、戦後の産官学連携が必ずしも有機的に働かなかったのは何故かという歴史的な反芻と、新世紀にかける技術革新の強い志と判断力が無くては資源生産性を高める連携を生み出す事は難しい。多様性と自由と責任を骨格とする米国と対等に戦うには、日本でも組織の和のみならず、個人の自由でしかし責任ある活躍を奨励する風土を作り出していかねばならない。

 材料分野は、技術階層の下位にあるという認識があって、価値創造に参画したい若者にとって夢が描きにくいという印象を与えてきた。これは、我々材料関係者が反省しなくてはならない点である。本章で述べてきたように分野、技術、制度、慣習の壁を越した連携と協調が、材料の社会的な価値を高め、持続性にある社会構築に貢献できる機会を生むのである。従来存在していた様々な社会的な拘束や習慣の紐が緩んだ時、新しい技術、文化、文明が生まれることは歴史が教える処である。

参考文献:
[1]「資源の未来」−21世紀の日本の資源に関する調査報告、科学技術庁 資源調査会編、1999、大蔵省印刷局。
[2]「工業製品のライフサイクル価値」、EAJ、74,日本工学アカデミー、1998

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.挑戦すべき課題

3.1社会に必要な材料技術

 わが国の産業を取り巻く国際環境はますます厳しさを増すとともに、産業自体も大きな転換期を迎えている。すなわち、国際環境については先進工業国との先端技術分野における競争力の低下、後進工業国の激しい追い上げによる既存型産業の衰退あるいは後退という国際競争力の問題、また内部の問題としては企業の構造改革や産業廃棄物をはじめとする環境、エネルギー問題などがある。また、産業およびその製品による地球環境への影響も大きな問題である。

 これらによって、産業界は再構築に迫られ、直接的には企業倒産・雇用不安等が生じ、安心できる生活、豊かな生活、高度な知的・文化的社会などにかげりが生じている。一方、資源の乏しいわが国は引き続き科学技術によって立国しなければならない。科学技術立国の基本はこれを支える材料にあり、材料およびこれを利用した高度なデバイスの発展なしには、わが国の将来はあり得ない。材料に関連する産業技術は多岐にわたるが、ここでは、特に重要な地球環境、エネルギー、高度知的情報化、安全で安心できる社会を実現するための課題あるいは問題点、技術限界とその打破について述べ、21世紀のわが国を持続的に発展させるためのストラテジーを考える。これらについては技術面での取り組み以前に、経済的に成り立つことおよび社会的に受容されることが必須で、税制、補助金、法規制等の対策もあわせて取られる必要がある。以下に主に金属系材料の視点から見た重要材料技術について述べる。

3.1.1環境と調和した循環型経済社会の構築

 地球環境問題は、大量生産/大量消費(使い捨て)とグローバル化(汚染の拡散)の両面で考える必要があるが、全ての工業製品や食品ゴミ等が関連するきわめて社会システム的および政治的な問題である。CO2問題は、放っておくと地球の温暖化が避けられないというところにまで来ている。また多くの資源について可採限界が見えてきており、一方では埋め立て場所も限界に近づいている。すなわち人類の活動が宇宙船地球号の収容力の限度にまで達しており、誰かが何かをしたら、従来なら無関係で済んだところにまで影響が出るような時代になってきているということである。これらのことを考えると、環境と調和した循環型経済社会の構築は、持続的発展を維持するためには必須のものになってきている。

 循環型社会の構築にあたっては、これまで行われてきたリサイクルのみに頼るのではなく、リデュース(省資源化、長寿命化、リペアによる廃棄物の発生抑制)、リユース(再使用)、リサイクル(再資源化)の3Rが必要とされている。これらの実行には一般市民の意識改革も必要であるが、実際の推進については製造業のスタート点である素材産業に大きな期待がかけられる。

 循環型社会の構築のためにとりわけ重要なのが、リサイクルを考慮した産業システムの構築と廃棄物極小化社会の実現である。LCA的評価とともに、トータルコストを算定するLCC(Life Cycle Cost)的観点も重要である。

(1)循環型産業システムの構築:
 それぞれの産業において取り組まれているが、個別の産業だけで取り組むのでは限界があり、異業種間で共同研究をして産業間リンクを構築する可能性を追求する必要がある。副生物、廃棄物等について発生量や安全性データについての情報を交換し、業種を超えて全体としての有効活用をはかっていく必要がある。地域的な交流から全国的なネットワークが構築されれば、持続型資源循環が推進されるはずである。

(2)リサイクル:
 製品設計の段階から産業システムとしてリユース、リサイクルヘの配慮が求められるようになる(インバースマニュファクチャリング)。これまでのような素材の複合化による機能の発現の追求だけでなく、多数の合金元素を用いず、基本成分だけで強度や耐食性を実現することもリサイクルの容易化の観点から重要になり、単純組成の材料の方向に行く可能性もある。その場合には接合技術、接合材料の開発が必要になろう。また、分離が容易な表面処理技術等のニーズも出てこよう。再資源化のための回収、分別技術が重要になってくるが、精錬において高い技術を有する素材産業の果たすべき役割は大きい。一方では不純物が混ざっても使いこなせるような材料技術も重要になる。

 また、有害物質の排除は必須であり、CdやPbなどを使わない代替技術の開発も求められる。またリサイクルプロセスにおける有害物質の発生抑制も必須であり、排ガスのダイオキシン対策等も必要になってくる。

(3)廃棄物極小化社会の実現:
 副生物、廃棄物の100%資源化を目指す必要があり、特に金属精錬工程で発生する金属精錬スラグの有効利用と新規需要開拓が重要である。また、汚泥、ダストの固化等による減容技術も必要である。

(4)省資源化、長寿命化、回収システム
 省資源化:従来から取り組まれてきたところであるが、なるべく少ない合金元素でより高い強度を得ること等の技術開発への要請がさらに高まることになる。

 長寿命化:耐食性の向上、表面処理技術の他、防食技術、さらには寿命診断技術等も重要な課題である。また長寿命化のための補修技術も重要であるが、補修が容易な素材への切り替えという方向も出てこよう。

 回収システム:リユースのためには、素材自体の長寿命化以外にも、解体分離が容易な構造設計、また回収部品の品質保証技術等も必要になってくる。

(5)CO2固定化技術:
 CO2削減と対になる技術として、CO2固定化技術がある。植林等による固定化は既に行われているところであるが、ずっと固定能が高いものとして、海水を鉄鋼スラグで富栄養化して藻類によるCO2固定というのも注目される技術である。また、液化して深海に固定するという技術や、ガスを直接深海水中に溶解させるという技術も注目される。

(6)有害物質:
CdやPbなどを使わない代替技術の開発が必要になってくる。Pbを使わないハンダや快削鋼の開発が求められる。ダイオキシン、ポリ塩化ビフェニール(PCB)等の有害物質の分解処理技術も必要である。また、有害性のデータベースの充実も必要である。

3.1.2エネルギー安定供給の実現

 課題としては、エネルギー資源の有効活用、代替エネルギー、プロセス技術の開発等があげられる。

(1)エネルギー資源の有効活用:
 発生段階と消費段階の両面でエネルギー効率の改善を考える必要がある。発生段階の効率改善では、超々臨界圧発電、コジェネレーションや、燃料電池等の高効率分散型発電システムの開発が必要である。これらに関しては、材料開発がキーとなっているものも多い。また、消費段階の効率改善では、トランス、モーターのエネルギーロスを減らす超低鉄損電磁鋼板の性能高度化等があげられる。また、超高強度鋼板の採用による自動車の軽量化なども広い意味でのエネルギー効率の改善に寄与する。

(2)代替エネルギー:
 メタノール利用技術、石炭液化技術、深海のメタン回収技術等代替エネルギーについていろいろ検討されているが、経済的に成り立つものでなければならない。また、CO2削減の観点ではLNG等への燃料転換もあるが、原子力発電の拡大も重要な課題であり、信頼性のある、長寿命原子炉用材料の開発が重要である。その他にも、新エネルギーとして太陽光発電や風力発電が広まりつつあるが、特に太陽電池用半導体の高効率化および低コスト化が求められている。

(3)水素エネルギー:
 製造〜貯蔵〜利用技術の開発のみならず、経済性の成立する供給システムの構築が必要であり、国家プロジェクトとして取り組まれている。水素エネルギーが自動車用に使われるようになると社会的な広がりが大きい。水素エンジン型、燃料電池型、ハイブリッド型、等いろいろな開発が行われているが、水素貯蔵合金、燃料電池等では材料開発が重要な位置を占めている。

(4)プロセス技術:
 鉄鋼業をはじめとする素材産業は、製造工程において大量のエネルギーを消費しており、一層の省エネにつとめねばならない。これまで利用が進んでいない中低温排熱の回収は重要な課題である。また、熱エネルギーのカスケード利用も重要な課題であり、製鉄所の中低温排熱を都市の民生用に使うようなことも検討すべきであろう。

 例えば熱延工程における無酸化加熱や酸洗省略等の革新的省プロセスが確立できれば、高効率生産プロセスとして競争力があり、かつ地球に優しいものとなる。また、地球に優しいという点では、設備の長寿命化も大事な技術であり、そのための設備診断技術なども大事になってくる。

3.1.3経済社会の新生の基盤となる高度情報化社会の実現

 80年代後半からその兆候が見られはじめた高度情報社会は、好むと好まざるとに拘わらず21世紀には全世界がその中に埋まり、一般生活から東西・南北の勢力均衡まで支配する事になる。基本となる情報伝達量の大きさを表す接頭語は現在のM(メガ=106)からG(ギガ=109)あるいはT(テラ=1012)へと移行する。これらの量を扱えるデバイスはn(ナノ=10-9)スケールとなり、時間単位もp(ピコ=10-12)あるいはf(フェムト=10-15)となり、すべてが超・極の世界になる。

 これら超・極の世界は材料の開発無くして実現することは不可能であるが、従来技術の延長では解決できない領域に来ており、新たな発想とステップアップ技術の開発が必須である。

(1)通信装置:
 無線・有線共に高速・大容量通信の要求に応えるために素子の高性能化が図られねばならない。超高周波帯域でも十分に利得の取れる半導体に替る酸化物変調素子の開発を初め、端末の小型化に伴う受動部品の小形高性能化、低コスト化が進められる事で新たなメディア文化が開花し、高度情報社会の一層の進化が起る。

(2)信号処理装置:
 情報の伝達に動画像が多用される事が予想されるが、高速大容量の信号を処理できねばならない。対応するCPU(中央演算装置)の技術開発項目は回路の配線幅および材料である。この開発項目の主眼には単にクロックの高速化だけでなく、省エネルギの思想も強く反映されるべきである(注1)。

 (注1)我が国におけるパソコンの個人普及率(15才以上を対象)が60%を超えるとすると、パソコンが消費するエネルギは(オフィスでの使用も含める)年間50億kwh程度となり、10%の効率化を達成すれば5億kwh(石油換算約15万トン)の省エネルギが図られる。

(3)記憶装置:
 記憶方式は多様化するが、共通して言える事は大容量化と高速信号入出力である。光学系では青あるいは紫外のような短波長の発光・受光素子と光学材料、磁気系では高性能なヘッド材料と媒体の開発がキーとなる。半導体メモリは微細化に伴い各セルの容量が取れなくなるため、新たな誘電体材料を開発せねばならない。

(4)画像表示装置:
 大画面および高精細がターゲットとなり、更にフラット化と省エネルギ化が必須項目となる。ブラウン管(CRT)、プラズマディスプレイ(PDP)、電界放出型ディスプレイ(FED)のような自発光型のディスプレイでは高効率の蛍光体が必要であり、FEDではエミッターの性能向上も重要な開発要素である。液晶ディスプレイ(LCD)のような非発光型のディスプレイでは低抵抗の透明導電膜が望まれる。

3.1.4安全・安心で質の高い生活を送ることができる社会の形成

 少子・高齢化が顕著となる21世紀の我が国においては、医療・介護への関わりが日常の生活の中でも大きな比重を占める事になる。この際の負担軽減をハードウェアでカバーすることは重要なことである。

 安全・安心で質の高い生活を実現するためには、快適な都市空間の構築や安全・安心かつ長寿命な住宅の実現を含めた震災・火災等に強い環境の実現が必須である。また、交通網の快適化、利便化も重要である。

(1)医療・介護
 診断装置:高速・高精度化には発生器および検出器の性能向上が必須であり、新たな圧電材料(超音波発振子)、シンチレーター材料(X線検出器)の探索とその成形技術の確立が望まれる。

 治療装置:非切開あるいは微小切開による外科手術が病気の態様によっては可能になってきている。高性能な圧電材料およびマイクロマシン用材料の開発でさらに大きな進展が期待できる。

 生体材料:高齢化とともに近未来人の運動不足は深刻なものとなり、骨材のインプラントによる補填・補強は多用されることが予想される。現用のものでは信頼性・耐久性に問題があり、その解決が必要である。

(2)快適な都市空間の構築
 建材等において、既にいくつかの景観材料が開発されているが、道路用の通水性コンクリートや植物の育つコンクリート等、快適な都市空間を形成する、生活に優しい素材の開発が要請されよう。

(3)安全・快適な長寿命住宅の実現
 安全な生活空間の確保の例としては、次世代型住宅モデルの展開があげられる。住宅の寿命は、構造材の寿命がくるよりも、家族構成が変化していく中で間取りが合わなくなって立て替えになる場合が多い。長期にわたって使っていくためには家屋内の間取りを任意に変えられるようなリフォーマブル住宅が必要である。この考え方を進めた集合住宅がS/I(Skelton/Infill)住宅であり、スケルトンは耐久性のあるものにし、インフィルだけそっくり取り替えられる構造にして、100年以上の寿命を目指すものである。所有権をどうするか等、法制面で解決すべき点があるが、技術面でも実際にやってみて問題点を洗い出すための実証試験が必要である。

 一方、環境負荷対策としては、例えば雨水を集めてトイレ洗浄用の中水に利用するなどの手法の適用が求められる。

(4)防災体制の強化
 災害時に家の中が一番安全というのが望ましく、そのためには防災街・住宅作りが重要なコンセプトである。まず第一は、不燃性・耐震災住宅で、上記のS/I住宅はこれに該当し、都市再開発に採用されると延焼防止の防火壁にもなる。またスチールハウスもこれに該当し、その急速な展開が望まれる。

 また、S/I住宅でなくとも一般住宅にも既に鉄鋼材料が多く使われ、長寿命、リフォーマブルを売り物にしているが、これらの材料には当然耐火性、耐震性が要求される。耐火性については、火災の際にも一定時間内は耐えられるような耐火鋼が開発されている。また、耐震性に対しては衝撃吸収能を確保するために、低降伏比の高靱性鋼材や降伏比が一定の範囲内に入る鋼材が開発されている。さらに、低降伏点鋼材を使用した衝撃吸収部材も開発されている。

 また、ライフラインとしての貯水槽等も、災害時を想定すると鋼構造のものの方が優れていよう。

 生活空間施策としては、安全な生活空間の確保とともに、防災体制の強化も必要である。その一つとして、海域を利用した浮体式防災基地の全国展開が考えられる。すでにメガフロートの実証試験が実施され空港としての利用可能性の検証が行われつつあるが、さらに災害発生時の救済基地として使うことも考えられる。そのためには外洋へ曳航可能なタイプの開発が必要になる。その他にもいろいろな利用の可能性が考えられ、実証試験が待たれるところである。メガフロートの実現の要素技術としては、海水中での接合技術の開発、メンテナンスフリーな防食技術ないし耐食鋼材の開発が必要である。

(5)交通網の充実
 快適に生活する上で交通の利便性は絶対必要であるが、第2東海道新幹線用にリニアモーターカーが実験されており、採用が決定すると磁気特性、軽量化等、材料面での開発課題は多い。

 わが国では高速道路網の建設が不十分で、特に都市部の交通渋滞がひどいため、自動車専用道路の建設が緊急課題となっている。既存道路を利用して立体的に建設する検討が進んでおり、省スペースおよびロングスパン床板を実現するため高強度鋼材が要求されており、ヤング率が高い鋼材が開発できると優れた剛性が実現されるといわれている。

3.2学術・研究

3.2.1金属系材料に関する科学技術推進の方向性

 我が国の資源・エネルギーの乏しさは、我が国が科学技術によって新たな未来社会を構築しなければならないことを示唆している。この科学技術立国の具現化のためには、科学技術の基盤と位置付けられる材料系科学技術を強力に推進する必要がある。特に、新たな産業の創出に繋がる新材料開発はシーズ研究として必須であり、これからの基礎研究、応用研究特に、探索型研究であるベンチャー的研究が果たす役割は重大である。

 新しい時代に向けて科学技術が果たすべき役割は、新しい時代に相応しい経済社会基盤および生活社会基盤の構築に寄与しなければならない。具体的に要請されている課題としては、エネルギー資源の不足と新エネルギー、地球規模の公害防止と環境保全、資源集約と廃棄物の共生循環(リサイクル)、安全・安心である社会生活、豊かで潤いをもたらす為の情報の蓄積・選択・利用と、情報量の高密度化とものづくり、人類の活動圏の拡大、人間の文化の深化など数多い。

 これらの要請を具現化するための技術課題、材料関連課題、材料機能・技術、達成目標を添付資料2、3にまとめて示す。なお、これらは金属系材料を主にしてまとめたものであり、有機系材料などその他の材料に関しても多くの重要課題があることは言うまでもない。

 これらの要請に答えるために、科学技術が目指す方向性は、研究・技術の質的な向上である。新材料・新現象発見、既存材料の高機能化、環境保全を前提とした材料・技術開発、軽薄短小より「極超省信」化を目指した材料・科学技術研究(「極」とは理論値に限り無く近づける技術:極真空、極純度、極微粒子など、「超」とは理論上の限界はないが、現在の性能を大幅に超えたもの:超高温、超高速、超強度、超弾性、超塑性など、「省」は省資源、省エネルギーに関する技術で簡素化、小型化、代替化、自然化、リサイクル化の技術を含む、「信」とは信頼性・安全性であり、物理的信頼性と共に、安全、健康、平和を含む)、既存の材料機能の複合化・システム化、材料の標準化などの方向性を持ち対象となるベンチャー的材料開発を推進することが必要である。

3.2.2戦略的に研究開発を行うべき金属系材料に関する科学技術課題

 現代社会を支える基盤としての金属系材料は限られた資源とエネルギーを有効利用しながら、効率的な生産技術により生産されることが求められている。さらにリサイクル性の向上など環境負荷軽減も必須である。

(1)構造材料:(合金系、金属間化合物、セラミックス)
    →高強度、長寿命、超耐熱、広耐環境、超塑性、超弾性等

 構造材料には強度、靱性、加工性などが求められるが、一般的に強度が増加すると靱性は低下し、加工性も低下する。高強度化、高靱性化を同時に実現する方策として、組織の超微細化があり、超塑性が付加できるなど、今後の挑戦が期待される。また構造材料は長時間様々な使用条件に晒されると、経年変化が生じ、最終的には破壊、破損に至る。画期的な長寿命強度材料が開発されることが期待される。

 超高温から極低温までの温度環境、海水や地下熱水等の腐食環境、中性子などの放射線環境等の様々な苛酷な環境下での使用条件に耐えうる次世代構造材料の開発が不可欠である。

(2)電子材料:磁性材料(ハード、ソフト、記録材料等)
        光関連材料(光ファイバー、センサ、光学素子等)
        半導体、導電材料・超電導材料(金属、酸化物)
        誘電体(圧電体、強誘電体メモリ、センサ等)
                       →高機能化、高密度化等

 技術革新が急速な情報・通信技術を支える電子機能材料の開発は今後の我が国の国際競争力を左右する。半導体、磁性体において素子を微細化し、より高密度に集積化した高密度記録材料が求められている。また不揮発メモリ素子として強誘電体薄膜も重要である。

 大容量、高速情報伝達用光学関連素子もさらなる高機能化が要求されている超電導は、エネルギーの効率的利用等に関して、革命的な変化をもたらす可能性があり、世界各国が開発研究を強力に推進しており、より高温で超電導を発生する新しい合金や酸化物などの探索と応用展開などを推進させる必要がある。

(3)生体材料:(金属系、セラミックス、高分子)
 生体材料の要請水準からすると、高齢化社会を迎えて、本分野の研究・開発は極めて遅れているのが現状である。今後、生体との親和性、安全性、耐久性をを兼ね備えた金属、セラミックス、高分子などの生体材料の開発を推進する必要がある。

(4)エネルギー材料:(熱電、電池(水素吸蔵合金、電極材料、太陽電池等)
                                 →高効率、高容量)

 エネルギー変換材料は環境重視の世紀には増々重要度が増加するであろう。二次電池の小型化、高容量化のための正極と負極用材料の開発、燃料電池を低温でも作動させるための固体電解質の開発、高変換効率の太陽電池やベルチェ素子の開発など強力に推進する必要がある。

(5)新機能材料探索:(ナノスコピックスケール構造制御、カーボン材料(フラーレン、ナノチューブ、ダイヤモンド、活性化炭素など)→新機能)
 長期的な新機能材料の探索プログラムを設定する必要がある。この種の研究は研究者個々の発想を基礎にするが、組織的に且つ持続的に遂行する必要がある。その為には、例えばナノスコピックスケール構造制御により、新材料機能を探索するプログラムがある。また、フラーレン、ナノチューブ、ナノファイバーなどは元素添加等によって種々の特異な構造と構造に対応した特異な物性と機能を発現する。系統的な研究は着手されたばかりであり、今後、種々の材料を創製し、その物性を調査し、新しい機能材料としての可能性を検討する。

(6)材料システム化:(インテリジェント材料→アダプティブ材料へ)
 インテリジェント材料は知的機能の一部を材料の一部に付加するものであり、外的条件の変化に自ら対応する機能を有する材料。センサー機能、アクチュエーター機能、知的機能をシステム化して、その応用範囲は広く、今後の展開が期待される。人間社会や自然を害する場合などに環境負荷を低減するよう自らのデバイスを制御したり、環境調和を考慮したアダプティブ材料も期待される。

(7)資源循環型材料使用技術の研究:(資源生産性、エネルギー効率、環境負荷、ニーズ対応等の視点から)

 材料に対する社会的ニーズが極めて多様化し、広い視野に立った総合的なニーズが求められている。特に、材料ニーズに対応し使用するに際し、資源生産性、エネルギー効率、環境負荷、資源循環などを考慮した資源循環型材料使用技術の研究が必要である。

(8)新材料・既存材料の標準化:(超伝導体、カーボン材料、金属間化合物など)

 新物質や新材料が合成や発見された場合に、それらの特性評価について、研究者や研究場所により、その結果を大きな差異を生じる場合が少なくない。そこで、それらの特性を評価する方法の標準化が必要となる。また、既存材料では、用途が広範囲であったり、実用例が少ない場合に、材料の信頼性の確保のために、標準化が必要である。

(9)材料環境負荷アセスメントシステム機関の設立:(エコマテリアル概念の具現化)
 エコマテリアルには、材料の特性を保持しながら、環境負荷を低減する環境調和材料と環境浄化のための材料がある。それらの概念を具体的に定着させるためには、材料や製品のライフサイクル全体を通じての環境負荷を評価できる環境ライフサイクル評価方法を確立する必要がある。

3.2.3戦略的課題を具現化するための方策

 全科学技術の基盤である材料科学技術で革新的な成果を創出する為には、材料理論、プロセス理論・技術、極限環境の簡易利用、加工技術、構造制御技術、解析評価技術等の材料開発の要素技術をいっそう高度化しなくてはならない。特に、最近の計算科学の急速な発展を積極的に導入し、より効率的な材料開発研究を推進する必要がある。

(1)計算科学の充実
 急速な発展を示す計算科学による材料研究は新材料開発において指針を与える可能性があり、省資源、省力に繋がる効率的な研究を推進する為にも今後、戦略的に増強すべき領域である。特に、

 (a)第1原理、分子動力学、モンテカルロ計算などの粒子系の計算、
 (b)熱力学的、動力学的、流体の動力学的アプローチなど熱、流体などの関連現象のシュミュレーション、
 (c)有限要素法、マイクロメカニックス、破壊などの連続体の材料学計算など、
 (d)原子レベルの動きを可視化し、マクロレベル例えば組織等の発達と物性の関係等の解析などの材料設計の総合的研究

等の分野において一層の発展が期待される。

(2)極限環境の応用(超高圧、無重力、超強磁場、超高真空、超高温、超急冷等)
 物質は極限的な条件下で特異な物性、機能を初めて発現させる可能性があり、各種の極限環境を利用した新材料探索研究展開が期待される。磁場、真空、圧力、温度、重力等の超常化した環境場において、

 (a)原子、分子レベルの量子状態に起因する物性を顕在化させ、材料レベルで新機能として発現させる
 (b)極限場を反応場として材料作製に適用し、通常と異なる物性や、新機能を発現させる

ことなど、今後極限環境を積極的に活用できるよう整備する必要がある。

(3)新機能プロセス:(気相・液相・固相状態からの新作製技術、薄膜作製技術、微細化技術)
 最適化された材料の組成、組織、純度などを具現化するためにはプロセス技術の高度化と総合化が重要である。材料作製には、気相、液相、固相等種々の物質状態間の変化や化学反応等がプロセスとして利用されている。超急冷凝固によってアモルファス合金が発見されたように、新プロセスが新物質探索に繋がる可能性がある。特に、超高真空下における分子線エピタキシャル法(MBE法)、有機金属反応法(MOCVD法)、イオンクラスタービーム法、励起ビーム法などによる原子流や分子流の制御方法の発展が際立っている。これらのプロセス技術によって化合物半導体、高品質単結晶などが作製されており、今後は種々のプロセスを複合化することにより、新物質が創出される可能性が期待できる。

(4)サブナノ加工・融合技術の推進:(走査型トンネル顕微鏡による原子レベルでの加工、複合技術)
 半導体、磁性体において、素子を微細化し、より高密度に集積化するためには、100nm以下レベルの制御が可能な電子腺、イオン線、X線リソグラフ技術など超微細加工技術が重要である。例えば、単一電子トンネル効果デバイス、量子井戸構造によるレーザー発振、超格子構造による巨大磁気抵抗ヘッドデバイス、原子マニュピュレーションによるスーパーアトムの実現などナノ構造と量子効果による新機能を有するデバイスや物質の開発が期待される。

(5)解析・分析技術の高度化:原子・分子レベルでの観察・分析
 材料における原子1個1個の実像を観察できる透過型電子顕微鏡や走査型トンネル顕微鏡の解像度の向上は驚嘆すべきものがあるが、新しい材料科学技術の発展にはこれらの観察あるいは分析技術の一層の高分解能化を進める必要がある。電子プローブによる分析技術には、オージェ電子分光法(AES)、X線または紫外光電子分光法(ESCA)、反射高速電子線回折(RHEED)等があり、1原子層以下の分析が可能になっている。イオンプローブによる分析技術は二次イオン質量分析法(SIMS)、粒子線励起X線放射分光法(PIXE)、弾性反跳粒子検出法(ERDA)、ラザフォード後方散乱法(RBS)等があり、ppbレベルの超感度分析や原子配列情報を与える。今後は電子、光、イオン等の励起プローブを高分解能化し、原子、分子レベルの原子構造及び電子構造を多面的に解析する技術開発が期待される。

(6)材料の標準化の為のデータベースの確立:
 新物質や新材料が合成や発見された場合に、それらの特性評価について、研究者や研究場所により、その結果に大きな差異が生じる場合が少なくない。そこで、それらの特性を評価する方法の標準化が必要となる。また、既存材料であるが、用途が広範囲であったり、実用例が少ない場合に、材料の信頼性の確保のために、標準化が必要である。

(7)資源生産性向上のための科学技術の確立
 資源生産性を向上させるには、資源生産性の概念の具現化、評価方法、材料設計手法、シミュレーション技術、エコマテリアル開発、新たな材料サプライチェーンの概念化、全国家的ネットワーク構築手法、自然科学と社会科学の融合化手法、等多くの新たなフロンティアが存在する。

3.3 人材育成

3.3.1求められる人材とその育成・教育

 前述のように、材料に関する科学技術は、今後の日本経済のみならず、国際的な循環型社会を構築するためにも極めて重要であり、まずこれを担う人材の育成が必要である。特に、材料問題を製品のライフサイクルを通し、分野を超えて包括的に捉え、総合的判断を下せる人材の育成を急がねばならない。

 また、フロー型の機能材料では、ICやセンサー、マイクロマシンなど単に既存の材料を組み合わせるのではなく、ミクロからマクロまでの融合化、あるいは材料とシステムの融合化が進んでいる。ストック型の構造材料でもこのような傾向が見られる。従って、これらに対応できる人材が必要である。

 さらに、科学技術の細分化により、材料知識のない利用者、市民が増えている。特に、資源生産性の向上と循環型社会の構築のためには材料専門家と材料利用者のみならず市民との対話、政策立案者、その他種々の専門家との連携が必要であり、非専門家に事実を分かりやすく説明できる人材が求められている。

 以上のようなことから、今後、以下のような多様な人材の育成・教育が望まれる:

(1)物性からプロセス、リサイクルや法律的知識等、幅広い専門的知識を持ち、これらの知識を統合化して社会の要求を解決するための構想力や判断力を持った人材
(2)複雑な問題に対して課題を設定し、創造的に解決する能力を持った人材
(3)材料のみならず、システムまで開発できる人材
(4)材料物性、プロセス、利用など複数分野の専門知識と応用力を持った人材
(5)材料利用者や社会に対して材料に関する情報を分かりやすく説明できる人材

 これらの人材には、専門的知識・能力以外に、自分が関係する科学技術の社会・自然に及ぼす影響を予測し、責任を持って、自律的に行動できる倫理的能力と自立性が要求される。また、価値観さえ変わりつつある社会では、人間の福祉・幸福とは一体何なのかについて考える能力も問われる。さらに、応用力のある幅広い知識を獲得することは容易でなく、生涯に渡る自己学習能力と他の専門家と協調して活躍できるチーム活動能力が必須である。また、材料系以外の学生や社会人への教育も重要である。

 なお、材料系のみならず、最近の高等教育修了者には、自分の頭で論理的・批判的に考える能力や日本語能力、英語力、コミュニケーション能力などが不足しているとの意見が多く、これらの訓練も大学等に要求されている。

3.3.2従来の大学における材料教育

 高等教育では世界で最も優れているとされている米国では、材料に関する教育は、Department of Materials Science and EngineeringあるいはDepartment of Metallurgy and Materials Science等(これらを<材料科学技術科(MSE))>と呼ぶことにする)の他に、物理系や化学系、機械系、電子系の学科等でも行われている。しかし、材料技術者教育は材料科学技術科(MSE)が主となって育成している。この材料科学技術科(MSE)は、50年近い昔に開始されたMaterials Scienceのエンジニアリング版である。すなわち、約30年前に、材料毎ではなく、原理、あるいは現象、あるいは研究手段中心の捕らえ方、学際性と他分野への侵略、未来への焦点という3つの特徴を持った材料科学科が大学院に設立され(飯井政博、日本金属学会報、11(1972),470,M.C.Flemings and R.W.Cahn,Acta mater.48(2000),371)、その後、伝統的冶金学科等を巻き込み、学部教育をも行うようになったものである。このような学科の教員は、当初は冶金学、物理学、化学工学、高分子、セラミックスなどの専門家であり、学生も物理、冶金、化学など種々の学部学科の修了者であった。さらに、約40年前には、Materials Research Laboratoryが大学に設置され(1985年には14の大学に設置)、学際的研究・教育を推進してきている。

 材料科学技術科(MSE)では、特定の材料ではなく、全ての材料に共通する、構造(structure)、プロセス(processing)、特性(properties)、性能(performance)の4要素を主として教育している。performanceには、材料の利用や経済性が含まれているが、実態としては必ずしも十分な教育にはなっていない印象がある(なお、英国の材料教育は米国と似ており、ドイツ等では、一般により細分化された教育がなされている。しかし、米国的な方向に向かっているようだ)。

 このような米国の教育により、どの程度優れた材料技術者が育成されたかは不明であるが、少なくともMITなどの一流大学の学生は日本の学生より幅広い知識を持っているという意見の人は少なくない。ただし、このような米国の制度も最近はある種の行き詰まりを示しているように思われる。これは、@Materials Scienceがある程度確立し、また、冷戦構造の消失による戦略的研究の減少等により前述の3つの特徴が失われつつあること、A米国の教育と言えども、本当に役に立つ幅広い知識を従来の講義・演習という教育方法で学生が獲得するのは容易ではない、ことなどによる。このため、全材料の総合的教育をあきらめ、金属工学的教育・研究に専念する大学、バイオあるいは医用材料を積極的に研究・教育する大学、材料系学科に在籍のまま電子工学を学べるなど柔軟な制度とする大学など多様化の方向にあるようだ。さらに、遠隔地教育による社会人の材料に関する教育も盛んになりつつある。ただし、高分子材料に関する教育・研究は米国あるいは欧州でもかなり独立性を保っており、他の材料教育との融合化は進んでいない。また、資源生産性向上を目指した人材育成に関する取り組みもまだほとんどなされていない。

 一方、日本でも、形の上ではこのような米国の動きに十年以上の遅れで追随している。すなわち、冶金系の学科は、金属材料、金属工学へ、さらに材料工学科あるいはマテリアル科学科等に変更した大学が多い。そして、カリキュラムとしては金属材料のみならず、セラミック材料、有機材料、バイオ材料なども取り扱うようになりつつある。しかし、依然として教員は冶金あるいは金属関係の専門家が多く、新規分野の教育の充実には今後も一層の充実が必要である。また、大学院学生について言えば、博士課程後期学生数は多いとは言えず、しかも多くの学生が同一系統の学部学科卒業者である。なお、米国では材料科学技術科(MSE)の修了者数は、学士1100、修士600、博士450名程度で、博士数は日本に比較して約3倍と多く(日本では約150名)、しかも制度的にポストドクトラルフェローなどのポストが多く準備されている。

 また、多くの大学の材料系学科では、優秀な学生を集めるのに苦慮しており、材料教育が一般に認識されるための教員の努力が不足している。一方、卒業生の就職先は、1970年代までは鉄鋼・金属産業が多かったが、最近は、電気・電子産業関係や自動車・重工業・機械関係の方が多く、分野が広がっている。

 なお、化学系学科でも最近は材料教育を行っているが有機材料に特化しており、種々の材料の性質、加工、利用について教育している学科は極めて少ない。

3.3.3問題点

以上のような、日本の教育には以下のような問題点がある:

(1) 教員から学生への一方的で定性的講義が多く、演習が少ない。このため、応用力のある基礎知識が少ない他、定量的取り扱いや応用力に弱い学生が多い。例えば熱力学や状態図をも十分に理解していない、弾塑性論の単位を取っていても梁等の材料力学的計算ができないといった材料系学生が少なくない。

(2) 種々の材料に関する講義はあるが、単なる講義が多い。このため、本当の材料を知らない材料系卒業生が多い。プロセスに関しても同様である。

(3) 学生は学部卒論、修士課程と同一研究室に所属することが多く、同一課題での研究主体の教育を受けるため、専門が狭い。また、これまでに学習してきた材料と異なる材料に関する研究に取り組む積極性が欠けている。

(4) 前述の人間の安全・福祉・幸福とは何かについて考える能力、自分の頭で論理的・批判的に考え自立して行動できる能力、科学技術の社会・自然に及ぼす影響を予測し、責任を感じる倫理能力、コミュニケーション能力、生涯に渡り自己学習する能力などに関する訓練が極めて少ない。また、課題設定能力や応用力、創造性、構想力などの訓練、実習や設計などの実技訓練も不足している。

(5) 金属系材料学科では金属系材料学科出身の教員、有機材料系学科では化学系学科出身の教員がほとんどを占め、幅広い材料教育が容易でない。

この他、材料系の学生に限ったことではないが、以下のような、指摘がある:

(1) 知的好奇心、抽象力、想像力が低下している。
   未知の概念や事柄に出会う「驚き」や、言葉により紡ぎだされた抽象的・象徴的な世界に触れる「喜び」を感じる力が弱く、抽象化能力や想像力が不足している。

(2) 自立していない。精神的に子供で、学習意欲が少ない。

(3) 読書習慣が不足している。

(4) 「なぜか」をじっくり考える能力、論理的思考力が不足している。また我慢ができず、すぐ諦める。

(5) 即戦力にならない。大学院修士卒でも、昔の学部卒と変わらない。

(6) リーダーシップ力が不足している。

 上記の内、材料系に特有の問題は、下記のような材料関係の事情による所が少なくない:

(1) 材料に関連する科学技術は非常に広い範囲に渡っているため、広い知識を与えようとして、知識の詰め込み教育になり勝ちである。

(2) 最終利用時の問題、環境・資源問題が想像・予想しにくく、物性のみ、あるいは加工のみといった狭い観点からの研究に陥り安く、研究のための研究が増大し勝ちである。このため、教育としても有効でない場合がある。

(3) 材料開発的研究には長期間かかり、地道な試料作製・試験が要求されることが多い。このため、学生が安価な労働力として利用される危険性があり、研究と教育の両立が容易でない。

(4) 材料が技術階層の下位にあるため、目立ちにくく、また意識されず、興味を引きにくいため優秀な人材が集まりにくい。

 なお、学生の流動性が少ない理由は日本全体の問題であり、学生に研究室を移動するインセンティブが少ないこと、博士後期学生が少なく修士あるいは学部学生まで研究要員として組み込まれていること、所属学科の変更が容易でない、等の理由によるものである。

 また、New Nikkei Materialsのアンケート調査(1991年11月25日号)によると、回答者の80%以上が新しい材料工学体系を望んでいる。そして、回答者の55%が高分子・金属・無機の垣根を取り除くこと、40%が機械工学、電子工学など周辺工学との融合、29%が原材料から廃棄物処理まで総合的に扱う工学が必要としている。しかし、これらに十分対応した材料工学系の学科は未だにほとんどない。要するに日本では少なくとも結果的には単なる名称変更ですましてきたというのが実態に近い。

 この原因としては以下が考えられる:

(1) 鉄鋼業等が健在で、材料工学の内容を米国ほど変化させる必要性を大学が感じていなかった。

(2) 最近は是正されつつあるが、教員人事に対して学科内あるいは学内の人材を優先する傾向があり、教員の大学間あるいは学科間移動が少なかった。

(3) 自分の専門を積極的に変える研究者が少ない。

(4) 米国のMaterials Research Laboratoryのような学際的研究・教育施設の設立がなかった。

 いずれにしても、現状のままでは、循環型社会の構築に必要な人材育成が困難であるばかりか、日本の国際競争力は大きく損なわれるであろう。

3.3.4今後の対応と方向

 以上のような問題点を克服し、社会が要求する人材、特に資源生産性を高め、循環型社会の構築に要求される人材を養成するには、大学、社会の意識改革、施設の整備、制度改革が必要である。

特に、前述の幅広い知識と人間力を持った人材をいかに養成するのか、また、本当に応用できる知識を持った創造的人材をいかにして養成するかが問題である。このためには、本当の知識は、具体的経験深い観察・思考、抽象的概念化、積極的体験(追体験)というサイクルを繰り返す必要があるということをまず認識する必要がある(経験的学習理論)。単に多くの講義を聞かせてもあまり意味がない。実物に触れ、実験や観察、演習等を組み合わせた、能動的学習が必要である。また、4年間の学部教育のみで幅広い教育を実施するのは時間的に非常に困難であり、大学院教育や継続教育が重要である。さらに、良い人材を集めるための、社会へのアピール、資源生産性向上と関連した社会教育などが望まれる。

 従って、以下のような対応が今後望まれる:

(1)教育内容を厳選し、複数分野の専門家により、複数の分野での着実な基礎知識、応用力、自己学習能力を身につけさせる。これができれば、その後の自己学習と他分野での経験で幅広い知識と能力を身に付けることができるはずである。

   上記の教育では、知識の詰め込み的教育(教員中心の教育)から、経験的学習理論に従った学生の能動的学習(学生中心の学習)に変更する。特に、チームで課題を解決する過程で学習するPBL(Project-Based Learning)の導入が望まれる(後述の「大学教育改革」参照)。

(2)一つの学科で、幅広い分野に対応することは容易ではない。学生が、種々の分野を渡り歩き、その分野の知識と応用力、創造性を学ぶことができるようなシステムが必要である。また、学部教育、大学院教育、企業内教育などを通しての計画的学習意識を持たせることも必要である。

(3)初等中等教育、大学低学年教育、一般社会人教育での資源生産性と材料に関する教育を支援し、社会における認識を深める。

(4)学生の就職に際して、社会が教育機関での教育成果を評価し、効果的な改革を援助する。

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.戦略

 21世紀のわが国は、科学技術を最も重要な手段として、環境に調和した、持続可能な資源循環型社会を作り上げて行かなければならない。その場合、資源に恵まれないわが国には、2章において述べた資源生産性という立場への技術シフトと長期的な資源戦略が求められる。あらゆる技術開発はこの資源戦略を踏まえたものでなければならない。金属系材料は比較的容易に再資源化が可能であるところから、長期的な資源戦略の確立がとくに重要である。一方、多くの国家において研究開発のレベルが向上した結果、21世紀における国際的な技術開発競争がさらに熾烈なものとなることは必至である。その備えとして、わが国は、1990年代に科学技術基本法および基本計画を制定し、「科学技術創造立国」のための環境を整備した。「科学技術創造立国」を実現するには、研究開発およびその基盤となる教育に、時代の進展に即した戦略をうち立てねばならない。このためには、現在進められている社会の構造改革に呼応する形で、研究開発に関する産・学・官の役割分担を再構築し、大学や国公立研究所等で行われる研究開発が産業の発展に効率的に結びつく体制をビルトインすることが求められる。材料分野においても、新たな産業技術を産み出すための国レベルの材料研究開発システムと人材育成への支援が必要である。

4.1 資源生産性コンセプトの確立

資源の効率的な使い方、生かし方を追求する資源生産性は、

(1)海外からの長期的な資源確保のリスク、

(2)付加価値が低く市場原理が適切に働かない資源問題の上流側(探査、採取、精錬、還元など)に関する政策、

(3)長期的な再資源化および資源循環計画、

(4)材料の生産、加工、評価、機能設計、利用(使用)システム、解体、廃棄(再資源化)の効率的で包括的な技術開発とマネジメント、

(5)関連データベースの構築、

(6)知的財産化戦略、

(7)人材の育成と異分野交流場の提供

など多様な要素により決まる。しかし資源生産性として特に重要な要素は、材料問題を製品のライフサイクルを通して分野を超えて包括的に捉え、総合的な判断を下すシステムの確立とその任に堪える人材育成である。このような資源生産性向上のコンセプトの実行に当たっては、独立行政法人化が予定されている国立研究所や大学の力を結集し、国のミッション型研究として推進することが適切である。

4.2 国の研究開発基盤の再構築

 研究開発を担う大学、付置研、国公立研究機関(ここでは独立行政法人としての研究所も国公立研究機関に含める)、企業の役割と関係を明確にし、結果的に産業の発展に対して合理的な投資が行われるようにすべきである。このために、大学と国公立研究機関で行われた研究開発を発展させ、産業に反映させるシステムを確立する。

(1)大学の役割
 科学技術力は国家の基礎体力であり、教育がこれを養成し、維持・発展させる。大学は基本的には教育機関であり、科学技術を担う人材育成が使命である。一方、研究開発における大学の基本的役割は、新たな学問領域の開拓と科学技術の裾野育成・形成にある。そこでは個別的・探索的課題が中心となり、相対的には、現状技術の単純な延長線上にない、革新的な技術の創製を目指した研究開発が多く行われる。大学院・付置研究所の役割も研究者の戦略的育成という視点から定義されるべきである。

 大学は人材育成とともに、時代を導く文化文明論を提示する役割を担う。科学技術に関する社会コンセンサスの形成、科学技術リスクの評価に主導的立場を発揮し、先見的な技術文明指針を提示して行くことが求められる。

(2)国公立研究機関の役割(独立行政法人を含む)
 国公立研究機関は、基本的には特定ミッションの実施機関である。従って、それぞれのミッションが要求する領域において、長期的・組織的に対応する必要がある課題を担当する。人的、物的集中投資が可能な場であるところから、とくに、産業界にとって投資リスクの大きい、大型、先進分野における研究開発が求められる。

(3)産・学・官の連携
 大学と国公立研究機関の役割に関する以上の定義に基づき、持続可能な資源循環型社会の実現というコンテクストの中で、産業発展のための条件設定、人材育成、科学技術の裾野形成、集中投資すべき重要領域の決定、産業界への技術移転等に関する研究開発の国家戦略が、産・学・官の合同協議によって策定されなければならない。

4.3 採るべき方向

 以上の議論から、以下の問題に関する戦略の確立が必要である。

(1)長期資源戦略の確立
 資源の効率的な使い方、生かし方を追求する資源生産性に基づき、資源確保、資源処理、再資源化および資源循環などに関する長期的戦略を確立する。これに基づいて材料の生産、加工、評価、機能設計、利用(使用)システム、解体、廃棄(再資源化)の効率的で包括的な技術開発を行うとともに、関連データベースの構築を図る。

 一方、わが国の産業構造の現状は、最終製品に関する縦系列構造となっているため、これまで材料技術や材料の使い方についての情報が、系列外に開示されることは少なかった。この状況を資源生産性の考え方に拠って変革し、情報技術(IT)を通してこれらのデータや情報をデジタル化し、製品のライフサイクル効率を高める方向に利用する。

 以上の長期資源戦略を実現して行くために、製品のライフサイクルを通して材料問題を検討し、総合的な判断を下すシステムの確立を図る必要がある。

(2)教育:人材材育成システムの確立
@大学教育において研究者、技術者を合目的的に育成し、国公立研究機関あるいは産業界に提供して行くシステムを確立する必要がある。すなわち、学部教育と大学院や付置研究所における教育を、長期資源戦略を含む科学技術創造立国の基本戦略に整合させる必要がある。科学技術のトレンド追求と技術継承のバランスなども重要な問題である。

Aその前提として、大学の教員を、その役割を定義した上で育成するシステムが必要である。これは、大学の活性化および(国全体で見たときの)効率的人材活用という視点からも重要で、産・官に開かれた形、すなわち、競争原理の導入と人事交流を実現しなければならない。

(3)研究開発:産・学・官連携システムの確立
@大学院・付置研究所では、時代を担う優れたレベルの研究者、技術者を育てるとともに、概ね、新たな産業創出に結びつく研究に力点を置いた個別的・探索的研究を実施する。これに必要な人材は広く産・学・官から求める。

A国公立研究機関においては、国家の産業発展にとって重要と思われる重要課題に関して長期的・組織的研究を実施する。また、大学において萌芽した新技術を戦略的に発展させる研究を実施する場となる。さらに、国公立研究機関の重要な役割は、産・学へのインターフェースとなることである。重要科学技術に関する産・学・官を巻き込んだ国家規模での取り組みには国公立研究機関が中心的役割を果たすべきである。

Bこのような研究開発システムが確立されるためには、研究支援の体制を強化するとともに、技術移転制度の他に、人材の流動性を増すための人事、給与、年金制度など基本的な問題に関する制度整備が必要である。

(4)政策チャンネルの確立
@総合科学技術会議
 研究現場と政府の科学技術施策立案部局の間にチャンネルを確立することが必要である。今回の行革により、内閣府の総合科学技術会議が最高レベルの施策決定機関となるが、この下部組織として物質材料系の専門委員会を設置するべきである。材料の研究は全ての科学技術の基盤であり、真に革新的な技術は新しい材料の存在なくして成立し得ないことから、総合科学技術会議所掌における基本構成分野となるべきである。

A関連省庁
 施策を実際に担当する文部科学省等関係省庁の関係部署との連絡・協議チャンネルを確保することが重要である。また、施策準備段階への研究現場意志の反映という観点からは、科学技術施策調査検討専門部署である科学政策研究所(現在、科学技術庁にある)ともその機能をさらに充実させた上で、大学、国公立研究機関との人事交流などを考慮するべきである。

(5)学会の再構築
 学会の使命は、学問の発展と産業の発展に対する先導的貢献および生涯学習への寄与であるが、これまでは多くの金属関係の学協会活動では学問の発展への寄与が重要視され勝ちで、学問発表の場としての機能に偏っている面がある。今後は、産業創出への貢献を重視し、開かれた学会として産業界を重視した活動を展開すべきである。その際、大学、国公立研究機関は、人材的サポート、学問的レベルの維持向上、客観性・中立性の保証のための役割を積極的に果たすべきである。

 このような(科学技術創造立国に整合する)学会の再構築には、学会活動の企画段階における産業界の主導的参加が重要である。また、学会活動に企業活動(exposition、研修など)を積極的に取り込み、研究成果を社会に還元して行く窓口の役割を果たすべきである。

 なお、産業界の人材が上記のような活動に参加するためには、生涯教育とも絡めて個人が自由に活動できるという社会的コンセンサスが必要である。

4.4提言

以上の戦略を達成するために、以下を提言する。

1)国として、材料戦略および資源生産性向上のための中核的機関を設置して、大学、学協会、国公立研究機関等との幅広いネットワークを構築し、関連科学技術を省庁を超えて総合的に推進すること

 省エネルギーやエコマテリアルの開発を含む資源生産性の向上は、資源小国の日本にとって不可欠である。また、情報、バイオ関連技術等と異なり、資源生産性に関しては現在でも日本は米国をはるかに凌駕しており、資源と環境の重要性が顕著になる10,20年後には極めて大きな武器となるはずである。また、資源生産性向上に取り組む過程で、新たな科学技術のフロンティア、新たな市場、新たな価値観が創出されるはずである。

 資源生産性に関連した従来の研究・調査として鉄鋼材料のライフサイクルアセスメント(LCA)データ作成などがあるが、これだけでは実際の製品に適用し、資源生産性を向上することはできない。使用する最適な材料・加工法は製品毎に異なるからである。従って、基礎データベースの構築だけでも、個々の製品の使用状況と寿命、廃棄、商品を構成している部品・材料の製造工程、材料資源等膨大な調査・研究が必要であり、その手法さえまだ確立していない。さらに、重要なことは、資源・環境の実態を把握するだけではなく、それを市場経済の発展につなぐ仕組みである。

 資源生産性向上を推進するのは、従来の国立研究機関などだけで対応できるものではなく、大学、学協会、国公立研究機関、民間企業、一般市民などの間で広範な連携が必要である。また、利用者の意識や税制、法的規制等もからむため、技術者や科学者だけ、あるいは経済学者や法律家だけでは、その長期的戦略さえ立てられないし、ましてその推進・普及はできない。ただし、資源から製品まで見通せる物質材料分野の人材が主導的役割を果たすべき課題であるとは言えよう。

 さらに、資源生産性に関するデータには信頼性が必要である。誤ったデータの利用は大きな被害をもたらすことがある。従来のライフサイクルアセスメント・データに対してもその信頼性は必ずしも保証されておらず、そのまま使用するのは危険である。

 このような状況に対応して行くためには、国家的な立場と規模から資源生産性を扱うシステムが必要である。また、そのシステムが実効を挙げるためには以下のような機能を実現する中核的機関とネットワークが必要と考える:

@資源生産性データベースの構築
 個々の建造物や商品等に使用されている材料の資源採取から循環、廃棄にいたるまでのライフサイクルにおける、エネルギー消費、コストなどの現状を正確に把握し、データベースを構築する。また、その評価方法の開発と知識ベース化、マテリアルフロー・ストックなどの基礎情報の整備等を含む。単に材料として整理するのではなく、その加工方法、保全方法等個別情報も必要で、この手法自体の研究が急がれる。

A環境プロファイルデータベースの構築
 原料、製造方法、処理条件等の相違による環境への影響や廃棄処理などによる物質の安定性変化など、材料の環境プロファイルの実データ取得および評価方法の開発と知識データベース化を行う。

B資源生産性向上のための長期的資源戦略(資源確保を含む)の構築と推進、評価
 資源小国として、また世界の一国として、資源生産性の向上、資源循環社会の構築を市場経済を支えながら実現する戦略を、正確な情報を基に構築し、推進、評価する。このために以下の業務を行う:

a.資源確保戦略の構築:
 資源確保の手段として、長期的な再資源化、資源循環、資源輸出国との連携、静的資源備蓄のみならず循環過程での動的資源備蓄も対象とする。なお、付加価値が低く市場原理が適切に働かない資源問題の上流側(探査、採取、精練、還元など)に関する政策も重要である。

b.資源生産性向上戦略の構築:
 材料の生産、加工、評価、機能設計、利用(使用)システム、解体、廃棄(再資源化)の全てで資源生産性を向上させるための技術、利用、材料選択方法、普及等の戦略的なガイドラインの提示、ガイドライン策定のための資源・材料確保、代替材料開発、プロセス・イノベーション課題の抽出と先導的・総合的なプロジェクト研究の提案、新市場創出の仕組みとその支援戦略など。

c.戦略実現の推進と評価:
 戦略を推進させると共に、研究・開発の評価方法の開発と評価を行う。現在、膨大な科学技術資金が消費されつつあるが、その客観的評価が極めて不十分で、資金が浪費されている可能性が大きい。材料関連の客観的評価を推進する必要がある。

C材料利用および上記関連情報の社会への提供と普及啓蒙
 資源生産性を向上させる材料の選択や開発において考慮すべき背景に対する情報や評価を、材料のユーザーや材料開発者、材料技術者が容易に行えるための環境を提供する。また、ユーザーの材料選択における自由度を飛躍的に拡大するために、従来の材料の特性や属性の間にあった材料領域毎の垣根を取り払い、最適の材料を最適の用途に結びつけるユーザー・インターフェースを確立する。このために、構造用金属、軽量金属、無機材料、複合材料、プラスチックなどにわたる材料データの統合利用システムを構築する。さらに、製品の概念設計、詳細設計の段階におけるユーザーへの材料情報の受け渡しを円滑にする情報技術の開発を促進する。その際、たたら製鉄や文化財などの過去の技術も新しい視点からの再評価が可能となるようにデータ蓄積を進める。

a.材料データベース統合利用システムの構築
 諸所に異なる観点から構築、管理されている材料ファクトデータベース、非ファクトデータベース構築の支援、それらの統合的利用を可能とするための共通プラットフォームなどのシステムの整備、およびそれに必要なソフトウエアなどの技術基盤を確立する。

b.材料−製品設計インターフェースの構築
 材料情報データと製品設計者の情報の円滑な受け渡しのため、ユーザーが必要とする概念設計や、詳細設計段階での材料選択を支援するインターフェースを構築する。

c.材料適用ケーススタディ
 循環型指向材料など短期的なコスト要請面から実用化開発リスクの大きい素材に関して、製品として適用したケースの検証実験を行い、設計に必要な情報を提供する。

d.その他、材料リテラシー教育、新市場創出支援、ベンチャービジネス支援
 材料の選択と利用においてユーザーが必要とする基礎知識を提供・教育し、材料リテラシーの向上を推進する。また、ソフトウエア・ベンチャービジネス支援、特殊材料ベンチャービジネス支援、材料保守・点検ベンチャービジネス支援などの企業化支援を行う。

2)材料技術に関する人材育成を推進すること
 循環型社会を構築するため幅広い専門知識と広い視野、創造性、科学技術倫理感を持った人材、特に材料問題を製品のライフサイクルを通し、分野を超え包括的に捉え、総合的判断を下せる人材の育成を推進する必要がある。このため、国、大学、社会でも以下を推進すべきである。

(1)大学教育改革
(a)教育方法のパラダイム・シフトを推進する。
・知識を教授するという教育から、広い視野と構想力を持った専門家を育成するという方向に変更する。
・PBLなど経験的学習理論を取り入れた能動的学習法をより採用する。
・個人学習のみならず、グループによる協調学習を取り入れる。
・材料が使用されている実態に接し、また材料の面白さを分からせる教育法を工夫する。
・全て教えなければならないという考えを捨てる。
・グローバルに通用する技術倫理教育を行う。

(b)人材流動化の促進
 幅広い材料の分野をカバーするには、教員、研究者、学生の流動化が不可欠である。このためには、評価方法、研究資金、奨学金等の工夫による流動化促進の仕組み、海外の人が参加できるインフラや予算制度等の整備が必要である。また、研究者が、年齢、経験、専門分野、研究開発のフェーズ等に関して、産・学・官の最も適切な場において研究活動が実施できるように、産・学・官の人事交流をスムースに実現する人材活用システムを確立する必要がある。

(c)新しい材料工学教育の推進
 資源循環、資源生産性という新しい観点から材料教育を見直す必要がある。このための新たな教育体系の構築が望まれる。また、教育法に関する研究が望まれる。

(2)教育環境の整備
 科学技術基本法により膨大な国費が研究開発に注ぎ込まれた。しかし、この膨大な資金のほとんどは研究設備の購入と維持等に使用され、教育環境の整備は遅々として進んでいない。多くの大学の教育用施設としては講義室と学生実験室程度しかなく、しかも老朽化しており、国際的水準以下である。現状の大学等での上記のような教育改革、特に、PBLや実物に触れる教育、統合的材料工学教育を実施することは極めて困難である。早急に教育施設を整備すべきである。
 また、教育は結局のところ少人数教育でなければならないが、定員削減でますます教育を支援するスタッフが減っている。TA制度も待遇が悪く、また規制が多いため、米国のような効果を上げていない。この制度の改善やボランティアの活用、企業との教育における連携などのための費用が必要である。

 さらに、循環型社会を構築する幅広い専門と視野の人材養成には、博士後期学生数の増加も必要であり、博士後期学生数を増やすための経済的援助を増やすため、研究費に人件費を含めるなどの対応が必要である。また、民間企業等との交流も必要である。

(3)社会人への材料リテラシー教育
 環境、資源の問題は材料に深く関わっている。環境、資源問題と共に、材料に関する教育も含ませるべきである。このために大学や企業からの協力も必要である。

a.初等・中等教育での材料教育支援
 初等・中等教育時に材料の重要性を理解させることが必要である。

b.大学一般教育での材料教育の充実
 大学でも材料系以外の学生に、一般教育として材料の重要性を資源循環や資源生産性と関連付けて教育すべきである。

c.一般社会人および継続教育
 一般社会人あるいは材料のユーザーでさえ、材料の基礎知識が不足している。特に中小企業、ベンチャー企業では材料まで手が回らないことが多い。これらに対して、学協会、大学、前述の推進機構等での対応が必要である。

3)総合科学技術会議における材料政策チャンネルを確立すること
 研究現場と政府の科学技術施策立案部局の間にチャンネルを確立することが必要である。このため総合科学技術会議の下部組織として物質材料系の専門委員会を設置すべきである。材料の研究は全ての科学技術の基盤であり、真に革新的な技術は新しい材料の存在なくして成立し得ないことから、総合科学技術会議所掌における基本構成分野となるべきである。

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.あとがき

 以上、材料の科学技術と人材育成に関連した将来課題とその戦略についてまとめ、以下の提言を行った:

・国として、材料戦略および資源生産性向上(省エネルギー、エコマテリアルや新市場開発を含む)のための中核的機関を設置して、大学、学協会、国公立研究機関等とのネットワークを構築し、資源生産性に関連した科学技術を省庁を超えて総合的に推進すること

・国および大学として、材料技術に関する幅広い専門知識と視野を持った人材育成を推進すること。また、このための大学教育改革、人材流動化、新しい材料工学教育、教育環境の整備、社会人への材料リテラシー教育等を推進すること

・総合科学技術会議における材料政策チャンネルを確立すること

 従来と異なる新しい視点は、省エネルギー、エコマテリアルや新市場開発あるいは新しい価値観の創出などを含む広い意味での資源生産性の向上である。今後、循環型社会を構築して行く上で、資源生産性の向上が不可欠であるが、資本生産性の向上とは相反する場合が多く、国家的にかつ長期的・戦略的に取り扱わねばならない。小資源国家の日本として、国家的戦略が立てられることを強く望むものである。

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添付資料1 協力者名簿

本報告書の原案は、下記の協力者のご協力を得て作成されたものである。


意見陳述者

相 澤 龍 彦(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)
足 立 裕 彦(京都大学 大学院工学研究科 材料工学科 教授)
岡 田 雅 年(科学技術庁金属材料技術研究所 所長)
久保田 正 明(通商産業省 工業技術院物質工学工業技術研究所 所長)
高 須 秀 視(ローム株式会社半導体研究開発本部 取締役本部長)
中 島 泰 夫(武蔵工業大学 エネルギー基礎工学科 教授)
山 口 正 治(京都大学 大学院工学研究科 材料工学専攻 教授)

アンケート回答学協会
  (社)日本金属学会
  (社)資源素材学会
  (社)低温工学協会
  (社)日本鉄鋼協会


添付資料2 構造材料関連の重要研究課題と達成目標

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添付資料3 機能材料関連の重要研究課題と達成目標

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添付資料4 大学教育方法のパラダイム・シフト

(1)専門家の育成
 大学教育を単なる知識教育から、専門家を育成するという方向に変更すべきである。何をもって生涯の職業とするのかという意識を学生に喚起させ、単に卒業すれば良いという考え方から脱却させ、専門家意識を持ち、自立した学生を卒業させる必要がある。

(2)経験的学習理論を取り入れた教育法の採用
 統一化された学問体系を講義で伝授するのは一見効率的に見えるが、卓上の学習のみで本等の知識にできる人材は少ない。演習のみならず、具体的体験や実物に触れさせる教育を増やす。例えば、超合金の化学組成、性質を単に教えても、学生には実体の認識ができない。タービン翼の使用状況、機能、実物、組織等を自分で調べさせ、その後で高温強度の発現機構などを説明すれば興味が湧き、理解も容易になる。あるいは古い自動車を分解させ、使用されている材料、製造法を調べさせることで、材料と加工法を学習させる方法もある。

 また、応用力、想像力、問題設定力、解析力などを養成するには、まねでも良いから、それらの能力を発揮する機会を学生に与えることが必要条件である。

(3)グループによる協調学習の重視
 学生同士で学び合うことは極めて効果的である。

(4)PBL(Project-Based Learning)の導入
 PBLは、学生をグループ分けして、できれば実社会で役に立つ課題を与え(場合によっては学生に設定させ)、グループで解決策を出させ、実証させる過程で、種々学習させる方法である。教員には知識を伝えるより、学生が知識を獲得するのを手伝うコーチ的役割が要求される。また、単なるチームワークのみならず、チームで学んだ内容を個人でも全て学ぶよう指導・評価する。この方法で、コミュニケーション能力、自己学習能力、種々の学問の応用および統合化能力等前述の現在大学等であまり訓練されていない多くの能力を養成できる。また、これはOJTの教育的方法とも言え、企業活動にもなじみ易い。

 PBLの一例として、例えば、超軽量化マウンテンバイク・フレームのプロトタイプ開発がある。この場合、まず、既存自転車を分解・調査させ、使用されている材料、加工方法を調べると共に、機械力学、材料力学などを学ばせ、設計、試作(炭素繊維プリプレグを使用すれば学生でもフレームを製作可能である。場合によってはボール紙製でも可)、評価させることなどが考えられる。

(5)材料の面白さを分からせる教育法の工夫
 現状のほとんどのカリキュラムは基礎科学を講義した後で技術的問題に取り組ませている。従って、学生は何のために学ぶのか分からず、学習意欲もわかないし、基礎科学も身に着きにくい。大学入学直後でも、高校程度の知識で十分社会に役立つ技術的課題は与えられるはずである。また、材料以外の分野の学生とも交流させ、材料系の学生にも活躍のチャンスがあるという自信をつけさせる工夫が望まれる。

(6)全て教えなければならないという考えの放棄
 全て大学で教育できるわけはないし、教える必要もない。それより、最小限必要なことを確実に身につけさせることと、自己学習能力をつけることが重要である。現在および将来は少なくとも学部講義程度の知識は大学でなくてもインターネット等で容易に入手できる。問題は、非常に多くの情報から本当に必要な知識を自分でいかに探し出し、身に付けるかである。現在、講義で2単位の講義科目を履修し、単位を得るのに必要とされている「60時間のその他の学習」を無視している大学が多いが、これは貴重な自己学習時間を活かしておらず、大きな問題である。

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添付資料5 関連学協会へ送付したアンケート

金属系各学協会御中
関連団体御中

第17期学術会議 第5部 物質創製工学研究連絡委員会
金属材料専門委員会
委員長 佐久間健人
金属材料将来展望小委員会
主査 大中逸雄、副主査 岡田益男

第17期学術会議では,従来の領域別研究連絡委員会<以下省略して領域研連>(推薦研連)の他に課題別研連(非推薦研連)が設置されました。そして,領域研連は,研連に登録する学協会との連絡調整を計り,学協会相互および日本学術会議との連携を強化する役割を,課題別研連は,研究分野ごとに研究連絡の実を挙げることを主目的とすることになりました。

 課題別研連の一つである物質創製工学研究連絡委員会の金属材料専門委員会(以下「本委員会」と呼ぶ)では,その活動の一つとして,金属材料関係の今後10年程度における重要課題の予測,分析を行い,必要に応じてその対応をとることにいたしました。しかし,下記の委員(注1)だけで,金属材料関係すべてを網羅することは困難であり,学術会議の主旨から言っても,各関連学協会に共通する課題を取り扱いたいと考えています。

 つきましては,まず,各学協会におかれまして,それぞれの分野・立場で地球的課題あるいは国際および他分野との競争上重要と考えられる課題(パラダイムシフトを含む),すなわち:

 1.研究上の課題
 2.その実施上の課題
 3.人材育成上の課題
  初等中等教育から高等教育,生涯教育まで含めて結構です.
 4.その他

について,まとめて頂ければ真に幸いです。また,学術会議,第5部,物質創製工学研連および金属材料専門委員会それぞれに対するご要望があればお知らせ下さい。

なお,期限としては,平成11年5月末までに下記にご提出頂きますようお願い申し上げます。書式は特に定めません。

 〒565−0871 吹田市山田丘2−1 大阪大学大学院工学研究科
        知能・機能創成工学専攻 大中逸雄
        Tel.06−6879−7473 Fax.06−6879−7474
        e-mail ohnaka@ams.eng.osaka-u.ac.jp

ご質問は大中あるいは岡田益男(Tel.022−217−7334 Fax.022−245−5543
 e-mail okadamas@material.tohoku.ac.jp)にお願いいたします。

以上   1998.11.11

注1:専門委員会委員 佐久間健人(委員長,東大),浅井滋生(名大),大中逸雄(阪大),岡田益男(東北大),北田正弘(芸大),中江秀雄(早大),東 健司(大阪府大)

小委員会委員 上記専門委員,井村亮(日立製作所),加藤理生(住友金属工業),佐野利男(機械技研),武下拓夫(三菱マテリアル),竹田博光(東芝),村田朋美(新日鐵),花田修治(東北大金研),和田 仁(科技庁金材研)

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