「新たなる研究体制の確立に向けて」

第3常置委員会報告

平成12年6月26日

日本学術会議 第3常置委員会


 この報告は、第17期日本学術会議第3常置委員会で審議した結果をとりまとめ発表するものである。

「第3常置委員会」

委員長 岩崎 俊一(日本学術会議第5部会員、東北工業大学長)

幹 事 北野 弘久(日本学術会議第2部会員、日本大学法学部教授)
    合志 陽一(日本学術会議第4部会員、国立環境研究所副所長)

委 員 中西  進(日本学術会議第1部会員、大阪女子大学長)
    宮家  準(日本学術会議第1部会員、國學院大学文学部教授)
    三谷太一郎(日本学術会議第2部会員、成蹊大学法学部教授)
    小林太三郎(日本学術会議第3部会員、埼玉女子短期大学長)
    花輪 俊哉(日本学術会議第3部会員、中央大学商学部教授)
    矢原 一郎(日本学術会議第4部会員、財団法人東京都臨床医学総合研究所副所長)
    川久保達之(日本学術会議第5部会員、桐蔭横浜大学工学部教授)
    上野 民夫(日本学術会議第6部会員、京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻教授)
    小泉 千秋(日本学術会議第6部会員、東京水産大学名誉教授)
    齋藤 和雄(日本学術会議第7部会員、北海道健診センタークリニック院長)
    藤田 恒夫(日本学術会議第7部会員、日本歯科大学新潟歯学部第二解剖教授)


第3常置委員会対外報告の要旨

1 作成の背景

 第3常置委員会は、平成11年4月、学術研究の創造性を高めるためには、研究を創造、展開及び統合モデル研究の三つの段階に分類することがより適切であるという対外報告を行った(付記T)。このような新たな理念に沿って研究を推進するためには、研究者の意識改革と同時にそれにふさわしい研究体制と研究環境を整備することが重要である。そこで最近の科学技術政策の影響を慎重に検討し、とくに研究の現場からみた改善の方策について提言を行うこととした。

2 現状及び問題点

(1)研究費の充実
  研究費総額(科学研究費補助金、科学技術振興調整費、出資型研究費)はこの10年間に4倍強の伸びとなった。これはとくに大型プロジェクト研究の推進に極めて有効である。しかし
  ○研究者の自主的研究を支える定額的研究費(校費等)はほとんど変わっていない
  ○研究費配分の弾力性に改善の余地がある(オーバーヘッドなど)
  ○研究計画審査体制の充実と透明化が必要
 などの検討課題がある。

(2)研究環境の整備
  前記の研究費増額を研究の創造性の向上に向けて機能させるには、ソフト、ハードの両面での均衡のとれた研究環境の整備が必要である。そのために
  ○社会のニーズを重視するプロジェクト研究と個人の創造を生む自主的研究の適正な比率の決定
  ○学術研究の成果の発信の強化策
  ○大学院教員組織の抜本的充実
 などの検討課題がある。

(3)研究者の育成
  学術研究の多くの分野においては、大学院生を含む若手研究者が果たす役割が極めて大きい。そのために
  ○優秀な人材を確保するための給付型奨学金制度の完全な実施
  ○価値ある研究分野・課題を選択できる判断力の養成
  ○広い視野を持たせるオールラウンドな教育の充実
  ○大学院と実社会との交流の強化
  ○創造的研究を目指す者を視野においた多様な大学入試の実施
 などの検討課題がある。

3 研究に関する研究(Research on Research)の提言

 最近の科学技術政策は研究費総額の面では十分に評価できるが、それを実行する研究体制に関しては前述したような多くの課題を残している。 

 したがってこれらの諸課題を早急に検討するために「研究に関する研究」を実行することが必要である。重点課題は @トップダウン型研究と自主的研究の適正比率 A研究費の正確な算定 B人材確保の抜本策 C国際化を前提とした研究の推進などである。

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目次

はじめに

T.研究費の充実
 T−1.定額的研究費の確保
 T−2.研究費配分の弾力化

U.研究環境の整備
 U−1.創造モデル研究の尊重
 U−2.研究成果発信への適切な支援
 U−3.大学院重点化政策の改善点

V.研究者の育成
 V−1.優秀な人材の確保
 V−2.研究分野・研究課題と判断力の養成
 V−3.人間教育の必要性
 V−4.実社会との交流
 V−5.社会人の受け入れ
 V−6.大学入試の改革

W.まとめ−研究に関する研究の提案

付記T 研究分類に関する補遺
付記U 学術雑誌の動向

表1 学術研究政策の変遷
図1 科学研究費補助金の推移
表2 科学技術振興調整費
表3 出資型研究プロジェクト予算
表4 教官当積算校費単価推移
表5 国立環境研究所人当研究費単価の推移
表6 私立大学における個人研究費の推移(東北工業大学)
図2a 東京大学理学系研究科教員数
図2b 大学院在学者数(東京大学理学系研究科)
第3常置委員会ヒヤリング一覧


新たなる研究体制の確立に向けて

日本学術会議第17期 第3常置委員会

はじめに

 最近の日本において、科学技術政策の変革は著しい。たとえば欧米諸国からのいわゆる基礎研究ただ乗り批判に対して、科学技術創造立国論が提唱され、更にそれは科学技術基本法の制定及び科学技術基本計画の策定へと推移してきた。これらは科学技術政策の充実・強化を目指したものであり、日本学術会議もこの変革を積極的にすすめてきた(表1)。

 これに関連して、本委員会はとくに研究のあり方について検討を行い、その結果、研究を一次元的に基礎・応用・開発に分類するのではなく、互いに双方向の循環を繰り返しながら発展する創造モデル研究、展開モデル研究、統合モデル研究からなるものとする発想の転換が必要であるとの結論に達した。先に出された本委員会報告「新たなる研究理念を求めて」(第17期第3常置委員会報告、平成11年4月12日)においても述べられているとおりである(付記T研究分類に関する補遺)。

 しかし、このような研究理念を実現するには、それぞれにふさわしい研究体制の確立が必要である。すなわち @創造モデルの研究では、「鋭い問題意識を持つ研究者の育成と支援体制の強化」 A展開モデル研究では、「明確な目標に向かって集中的に研究を進める研究グループの組織化とそれを可能にする研究環境の整備」さらに統合モデル研究では「異なる領域にまたがる学術間相互作用、研究成果の社会への還元、社会的視野に立っての学術の在り方の見直しなどを推進する体制の強化」が特に求められるであろう。

 そこで以上の視点から最近の科学技術政策の影響を慎重に検討し、学術研究の一層の発展、充実のために適切な提言を行う必要がある。以下にT研究費の充実、U研究環境の整備、V研究者の育成についての検討結果と提言を述べる。

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T.研究費の充実

T−1.定額的研究費の確保

 現在行われている科学研究費補助金(図1)、科学技術振興調整費(表2)、出資型研究費(表3)の大幅な増額は評価すべきである。また複数の研究費供給源が期待できるようになったことは研究の多様性と速応性を確保する上で有効である。

 しかし一方、国立大学における教官当積算校費(表4)、公立研究機関における人当研究費(表5)、私立大学における個人研究費(表6)など各研究者に配分されている定額的研究費は、全体として大きな増額がない。その結果、増大する光熱水費、図書費、維持管理費などの経常的諸経費をこの定額的研究費でまかなわざるを得ず、研究自体に充てる余裕がなくなっているのが現状である。これらの審査によらない一定額の研究費(教官当積算校費、人当研究費、個人研究費など)を確保することは研究の基本であり、特に若手の研究者にとって、このような研究費は創造モデル研究を育てる上で効果が大きい。また、定額の研究費は研究者の流動性を高めるためにも必要である。このような研究費がない場合、職場の移動、研究分野の変更によって2〜3年の空白期間が生ずるおそれがあり、それが流動性をさまたげる要因となるからである。

 加えて研究費が細分化・多様化し、申請・報告などの作業が研究者の負担となりつつある。研究費の申請においては留学生や外国人研究者の語学上のハンディも無視できない。そのため、未知の新分野を拓く、萌芽的創造的研究の実施はむしろ困難となっている。

 このため教官当積算校費等、審査によらない定額的研究費の意義を正しく評価し、確保・充実する必要がある。しかしながら、定額の研究費に安住して研究の停滞をまねかないよう成果の評価は十分に行うべきであろう。

T−2.研究費配分の弾力化

 学術研究は多様であり、必要な研究費のあり方もまた多様である。したがって研究費の配分にあたり、研究の性格を十分配慮する必要がある。すでに本委員会が提言した創造モデル研究、展開モデル研究、統合モデル研究によっても研究費の額や使途が異なり、また研究対象によっても大きく異なる。実験装置試作費および設備費が大部分のケース、消耗品費が大きいケース、また人件費が重要なケース、調査費・旅費が必要なケースなどがあり、その経費は研究者自身の判断を尊重しつつ、それぞれに適切な配分が必要となる。

 また、T−1で述べたように、経常的な一定額の研究費のうち、直接研究費として使える額は非常に少なくなっている。光熱水費、図書費、建物の維持管理費などは経常的経費(いわゆるオーバーヘッド)として全てのプロジェクト研究費に加えて申請できるようにし、校費等の定額研究費の圧迫を避けなければならない。

 なお、研究の採否の決定は、主体と方法及び責任を明確にする必要がある。現在、審査の体制は科研費については充実しつつあるが、他は必ずしも十分ではない。さらに審査自体の評価も検討すべきである。

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U.研究環境の整備

U−1.創造モデル研究の尊重

 近年学術の社会的効用はますます重視され、社会からのニーズと効率を重視するプロジェクト研究は今後さらに重要となるであろう。ただこれらはトップダウン研究の形を取ることが多く、それに過度に集中すると学術研究に歪みをもたらす。これが結果として将来の新しい研究、とりわけ個人の創造モデル研究を抑圧してしまう危険性がある。創造モデル研究に多い、いわゆるボトムアップ型の研究とのバランスが配慮されなければならない。

U−2.研究成果発信への適切な支援

 研究者の得た成果は、昨今電子化された手段により発信される例が増加しつつある。その迅速性、広域性を考えると電子化された手段は将来十分考慮されなければならない。

 しかし現状ではなお所属機関、学会の機関誌によって情報を発信することが多く、引きつづきこれらの機関誌は研究成果の公開と知的公共財としての機能を保っている。ところが、多くの学会が財政上の問題で機関誌の刊行に困難をきたしている。このため機関誌発行には科研費などによる格段の助成が必要である。なお機関誌が所属研究者の成果の発信を主目的とすることは当然ながら、一般研究者に対しても門戸を閉じることなく、すぐれた研究には、進んで発信の場を提供すべきであろう。さらに国外でも広く受け入れられるように欧文による発信に、いっそう留意すべきである。そしてまた、機関、学会にとらわれない学術雑誌を公的機関等が刊行して、国内外の優れた研究を発信していくことこそ、学術振興のもっとも強力で適正な方法であることを忘れるべきではない。(付記U 学術雑誌の動向)

U−3.大学院重点化政策の改善点

 大学院重点化は講座編成などにおける自由度を増し、研究の高度化に有効であった。院生定員の増大、校費の増額など実質的効果も生んだ。しかし、新しい専攻・講座をつくるに際し、助手・技官を教授・助教授に振替えることが多く、全体としての人的資源をほとんど固定したままの重点化であったため、結果として研究支援体制を弱体化した。

 また大学院進学志望者の全体数の増大を図る施策(適切な進路指導、給付型の奨学金などによる経済的支援など)はあい変わらず不十分である。そのため特定大学へ大学院生が集中し一部の大学や研究科、専攻では定員割れとなるなど格差が顕在化する問題も起こっている。

 さらに教官数、設備、面積などはほとんど変化していないため、重点化によって院生当たりの経費、面積、設備、教官数はむしろ悪化している(図2a・図2b)。こうした院生の立場からの改善も考える必要がある(面積に関しては第4常置委員会報告)。

 現在の大学院重点化が国立大学の理科系に重点が置かれ、理科系でも統合的教育の面では不十分な点が多い上に文科系および公立・私立大学には有効な施策が十分に及んではいない点も改善すべきである。

 一方、大学院修了者に対する就職、待遇などの社会的受け入れ体制が不備である。そのため大学院生の研究の意欲だけでなく大学院進学の意欲さえ失わせている。

 そもそも大学院重点化は社会的受け入れ体制の充実と切り離しては考えられない。高度専門職、研究・教育者、文化への貢献者として社会が大学院修了者を受け入れ、適切に遇することが必要である。また外国人の受け入れも修了の基準を見直すなど国際的水準に達する十分な開放性が望ましい。

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V.研究者の育成

 学術研究の多くの分野において、大学院生を中心とする若手研究者の果たす役割は大きい。しかし現在の若手研究者の研究環境は優秀な人材を確保するのに十分とは言い難い。

V−1.優秀な人材の確保

 大学院進学に際しては、生活上の展望を持つことができる条件を事前に提示する必要がある。優秀な人材を確保するためには全ての大学院生を実質的に給付型奨学生とすべきであろう。生活を支えるに足る額を給付型奨学金あるいはリサーチアシスタント、ティーチングアシスタントの給与として出すことを大学側があらかじめ提示し、そのうえで、大学院進学の意志を決定させることが望ましい。このような情報を進学後に提示するのでは、志望者は給付がなくても勉学可能な一部の学生のみに限られてしまい、多くの優秀な人材を逃すことになる。

V−2.研究分野・研究課題と判断力の養成

 大学院生の大部分は研究について経験が浅い。このため分野・課題の選択に際し指導者と大学院生はモチベーションと見通しについて十分に意見交換をする必要がある。分野・課題の選択は、研究者にとって最も重要なことで、指導者との意見交換を通じて判断力を養うことは教育の一環である。流行の研究への冷静な判断、現在の評価と将来の評価のズレの認識なども研究者として必要なことである。

V−3.人間教育の必要性

 現在、多くの若手研究者は大学院生として特定の研究室に所属し、OJT(On the Job Training)方式で研究補助者の役も担いつつ育成されている。しかしこの方式だけでは視野が狭く、知識・技術に偏りをもたらす危険性が多い。また独立して新しい研究テーマを見出し新しい分野を開拓するのに障害となる。従って大学院生を中心とする若手研究者を未完成の研究パートナーとして位置づけ、研究者としての人間的側面すなわち社会性、倫理性をも含めたオールラウンドな教育を行う必要がある。たとえば視野を拡げるために、大学院進学に際して研究室や指導者を変ることも推奨されることの一つである。

V−4.実社会との交流

 多くの研究分野は実社会と密接な関係を持つ。また先端科学の研究では高価な実験装置を必要とするものが多い。いずれも大学内だけで研究を完結するのは不適切であり、困難である。このため大学院生を中心とする若手研究者が必要に応じて国の内外、機関を問わず長期に滞在して研究を行える体制を整備する必要がある。所属以外の機関で研究を行うことを認め、滞在に要する経費と研究費を支給する制度が望ましい。

V−5.社会人の受け入れ

 在職者退職者を問わず社会人を広く大学院へ受け入れることは、学術の社会的使命に照らして重要な意味をもつ。生涯教育を含め必要とする大学院教育を制約なく受けられるように、大学院、企業などがそれぞれ制度を弾力化し充実することが望ましい。たとえば有給休職制度などが考えられる社会人の受け入れは若手研究者にもよい刺激となるであろう。

V−6.大学入試の改革


 若手研究者の養成は大学院入試、さらに大学入試にまで遡って考えなければならない。研究者として望ましい資質は考察力とブレークスルーの意欲及び広い視野である。しかし現在の大学入試は、狭い範囲での選択と最適化の能力判定に偏っているため、研究を志す者を選ぶのに適しているとは言い難く、またその意欲を増すものでもない。若手研究者養成の第一ステップとして、多様な大学入試のあり方を検討する必要がある。

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W.まとめ−研究に関する研究の提案

 以上述べてきたように学術研究に関する最近の諸施策は多くのプラスの影響をもたらしている。しかし同時に無視できないマイナスの影響も出ている。すなわち多くの施策は現行の諸制度を大幅に変えることなく設備・備品・消耗品費を増額しているが、建物・人件費・定員はほとんど変化していない。また各省庁の所管に従って様々の研究費が計上されることに加え学術研究上の必要性とは異なる行政上の制約を受けることも多く、効率的研究の推進に必ずしも有効ではない。

 一方現在の諸施策の問題点に対し、部分的修正を望む声は多いが科学技術政策の今後のあるべき姿に対して包括的かつ具体的な提案は乏しい。ここに「研究のあり方に関する研究」(Research on Research, R on R)の重要性と緊急性が存在する。とりわけ次の点に留意したR on Rを早急に行い、科学技術政策の推進に有効なデータと情報を整備すべきである。

1.トップダウン型研究とボトムアップ型研究および自主的研究の適正比率

 大型プロジェクトに多いトップダウン型の研究、研究者の提案に基づき審査を経て行われるボトムアップ型の研究、それらの基盤となる創造モデル研究に多い自主的研究はそれぞれ異なる役割があり、適切なバランスが必要である。国の施策としての大型プロジェクト研究の選定に当たっては、社会の現実的要請に応えるとともに将来の発展の基盤となる創造モデル研究を育成できるものでなければならない。トップダウン型研究、ボトムアップ型研究および自主的研究の適正比率を検討する必要がある。

 また、プロジェクト研究の課題・分野の選定(What)方式とその研究管理・成果の評価(How)は車の両輪であり共に適切な方式を策定実施する必要がある。

2.研究費の正確な策定

 研究費総額の拡充が必要であることは言を要しないが、その適切な配分も重要である。そのために研究費の算定は形式的ではなく現実的でなければならない。分野・課題により必要な経費に大きな差がある。とくに従来不十分であったフィールドワークの経費、人件費など全てを含めた正確で現実的な算定が必要である。これは研究費の効率的で合理的な運用のためにも有効である。

3.大型研究受け入れ体制の整備

 大型研究を受け入れると、それによる間接的経費が増えて周囲の研究者を圧迫することが多い。これを緩和解消させるためには、間接経費、共通経費は必ず補填し、オーバーヘッド制度として定着させることが重要である。本来これらは研究費とは別に手当されるべき性質のものである。

4.人材確保の抜本策

 研究費と共に高いレベルの人材確保が重要である。若年人口の減少により将来この問題は一層深刻となる。このため研究者の流動性を高める制度の整備、技術専門職の充実(待遇を改善し数を確保すること)、リサーチアシスタント、ティーチングアシスタント制度の拡大強化および大学院生を給付型奨学生とすることなどを検討すべきである。

5.インフラストラクチャーの充実

 研究の推進には十分なインフラストラクチャーが不可欠である。たとえばクリーンルーム、低温実験室、各種工作施設および実験動物飼育施設などが不十分では近代的な研究の推進は困難である。さらに環境に配慮し、安全を確保しなければならない。当該機関内部で充実するのが望ましいが、これが困難な場合は外部委託に見合う経費確保のための制度を作る必要がある。

6.国際化を前提とした研究推進

 日本は将来世界の知的資源を有効に活用する途をとると思われる。国際的水準の研究を推進するとともに、世界の研究者が日本で研究に参加することを希望するような研究環境を作る必要がある。

7.大学院教育のあり方

 10年先、20年先の学術文化を担い、科学技術によって社会に貢献する多様な人材を育成するためのビジョンを人文・社会・理工の各分野における博士課程・修士課程の役割および能力の判定において確立し、あわせて大学院修了者の社会的受け入れ体制における待遇の改善と必要数の確保を検討する必要がある。

 なお、以上の「研究のあり方に関する研究」においては全研究の10%程度を試行例として、特に1,2,3,4,5に関し、制約なく実施し、その効果を評価し、結果を有効利用するのがのぞましい。

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付記T 研究分類に関する補遺

1.新旧両分類間の対応

  両者は分類の動機が異なるので正確な対応はできないが、近似的には次表のように考えられる。

表



◇ 旧分類は主に自然科学を対象とし、人文・社会科学は除いて考えた。なお旧分類は、昭和28年以降、総務庁が行っている統計調査での定義  に基づいた。
◇ 統合モデル研究は開発試験(旧)より遥かに大きい意味を持つが、その内容に一部重複する部分があると考えた。
◇ 表の全体をみて、旧分類には統合モデル研究への配慮が極めて少ない。それが科学技術におけるさまざまな問題を生む根本原因と考えられる。

2.旧分類(表の左欄)における問題点

◇ 分類が形式的で且つ研究者にとり他律的である。
◇ 人文・社会科学分野にはほとんど用いられない。
◇ 研究の単線思考(基礎→応用→開発)を生み、研究手法が類型化、硬直化し易い。
◇ 研究の細分化、固定化を生む。戦略研究(第16期)はこれを打破するために提唱された。

3.新モデル研究による分類の特徴

◇ 研究者が自ら該当するモデル研究を判断する。
◇ 人文・社会科学分野にも容易に適用できる。
◇ 研究は一次、二次、三次モデルのいずれの段階からも始まり得る。双方向の循環により、自ずから研究全体を見とおした戦略的思考を生むことになる。
◇ 一次モデル研究は、二次、三次モデル研究をとおしてはじめて社会に融合、定着できる。
◇ 各モデル研究は相互循環しながら発展するので、国の文化形成に対してそれぞれ同等な価値を持つ。

《参考:“新たなる研究理念を求めて”より》

三つのモデル研究とそのキーワード

創造モデル研究[一次モデル]:仮設の提唱と実証
      斬新,主体(主観)的,知る・
      見つける、本質的に無競争

展開モデル研究[二次モデル]:標準化,普及(学習)
      精密,客観的,構想する・造る
      競争的

総合モデル研究[三次モデル]:実社会との融合
      社会性,人間性,倫理的,協調的


図1. 研究モデルとその循環

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付記U 学術雑誌の動向

 学術雑誌の発行は個々の研究者に論文発表の場を提供するだけでなく、その場を一種のフォーラムにして研究者同士が相互に鍛え合い、育て合いながら質の高い研究情報の発信源を形作り、その分野の研究レベルを目に見える形で高める役割を担っている。その意味で各学協会がそれぞれの学術誌を刊行し、その声価を高める努力をすることは、我が国の学術推進活動の重要なポイントの一つであると云える。ところが、ほとんどの学協会は近年経費その他の点で、学術誌、特に欧文学術誌の刊行に困難を感じている。その原因として、学術分野が細分化され、数多くの専門誌が次々と生まれ、購読者が分散されてしまったこと、学術誌刊行のための大きな財源の一つが図書館などによる機関購読料であるが、出版費の増加による購読料の値上がりのため、大学の総合図書館や学科図書室などの予約購読数が減少しつつあること、また特に若い人たちの中に、すぐれた研究成果が出たとき、それを頒布率のよい外国の学術誌に投稿する傾向があり、我が国の欧文学術誌の評価は米国のトップ誌に比べると一歩譲らざるを得ないことなどが考えられる。

 一方、学術誌出版はもう一つの大きな問題として電子化の波を迎えつつある。電子化出版は究極的には電子投稿、メールによる迅速な閲読、紙を伴わないオンライン版の出版という形を取るもので、それは出版革命ともいうべき大きな変革であり、そこには技術的にもシステム的にも先の見えない多くの難問が横たわっている。課金の問題はその一つである。しかしそのノウハウに関して、欧米は我が国よりかなり先行しており、物理学関係では、ヨーロッパでは10P(英国物理学会)とドイツ物理学会が共同で紙版をもたないオンラインジャーナルであるNew Journal of Physicsを1998年12月に刊行したし、米国では、Physical Review Dが1998年度から電子化出版を第一義とする方向へ踏み出している。遅ればせながら、我が国でも1998年度から文部省学術情報センターと科学技術振興事業団が連携施策として、国の内外へ向けての科学技術情報発信の電子化に関する事業を開始し、そのパイロット事業として物理学関連学術誌4誌が取り上げられた。これに呼応して学会側も出版母体の組織強化を目指し、応用物理学会と日本物理学界が提携し、本年4月1日をもって、従来からあった応用物理学欧文誌刊行会を発展的に改組して「物理系学術誌刊行協会(The Institute of Pure and Applied Physics、略称IPAP)を設立した。差し当たってはJapanese Journal of Applied PhysicsとJournal of the Physical Society of Japanをネットワーク上で発信し、欧米の学術誌ともリンクできる電子化ジャーナルとして出版するのが目的であるが、これを他の物理系2誌、Progress of Theoretical Physics、Optical Reviewにも拡げ、さらに将来は、アメリカ、ヨーロッパにならぶアジア太平洋地域での物理系科学技術情報の発信媒介拠点として、世界3極の一つを担うことを目指している。

 以上は物理学関連の学術誌の例であるが、出版経費と電子化の問題は今後、欧文誌、和文誌を問わず多くの学術誌にとって共通の問題となろう。それは、紙に印刷された論文を熟読含味しながら読むよりは、結果や結論を性急に求める情報化社会の風潮と無縁ではない。この流れの中にあって、学術的文化の伝承を担う学会誌を今後どういう形でつなげていくかは緊急に取り組むべき課題である。これまでともすれば、研究論文の発表は研究者個人の名誉達成の手段と受け取られがちであった。しかし、世界的に評価される学術情報の発信は国の知的活力であり、現代における国力の指標の一つでもある。欧文学術誌は今やそれぞれの学協会に属する会員のためだけのものとしては成り立たず、世界の一流誌に伍して国際的に読まれる学術誌にならなければ生き残れない。それには一学会の力では難しく、複数の学協会が共同して共通の経営戦略の下に出版事業に努力しなければならない時代になりつつある。欧文誌出版事業が抱えている難局を乗り切るために重要なことは、第一に各学協会が自助努力によって学術誌の質の向上を図ることであるが、同時に国からも、欧文学術誌出版事業に対する特別公益性を認めた税制措置の適用や電子化出版のためのインフラストラクチャーの構築の支援を受けることが必要であると思われる。

 ここに述べたことは、あくまで物理学関連学会あるいはそれと似た状況にある多くの学会の学術誌に関することであって、場合によっては海外の学会もしくは出版社と提携して既に実を挙げている分野、あるいはまた、学術情報の発信が論文誌ではなく図書によって行われる分野もある。例えば政治学の分野では、外国の研究者にとって日本の政治の仕組について説き明かした英文図書への要望が強い。しかし、いずれの形を取るにせよ、世界へ向けての学術情報の活発な発信なしには、対等な意味での国際化とは云い難い。そこで、各学会がそれぞれの事情に則した方法で、世界に評価される学術情報の発信をするような体制作りに取り組むことを期待したい。

 この付記Uは日本学術会議「応用物理学研究連絡委員会」「工学共通基盤研究連絡委員会・物理工学専門委員会」および「物理学研究連絡委員会」における審議経過報告「世界へ向けての研究情報の発信と英文学術誌の電子化出版」からの一部抜粋に手を加えたものである。


表1 学術研究政策の変遷



図1 科学研究費補助金の推移



表2 科学技術振興調整費



表3 出資型研究プロジェクト予算



表4 教官当積算校費単価推移



表5 国立環境研究所人当研究費単価の推移



表6 私立大学における個人研究費の推移(東北工業大学)



図2a 東京大学理学系研究科教員数


図2b 東京大学理学系研究科大学院在学者数



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