21世紀における体力科学の将来展望

「体力科学研究連絡委員会報告」

平成12年5月29日

日本学術会議第7部
体力科学研究連絡委員会


 この報告は、第17期日本学術会議第7部体力科学研究連絡委員会で審議した結果を取りまとめて発表するものである。

体力科学研究連絡委員会

委員長 高石昌弘(大妻女子大学人間生活科学研究所教授、国立公衆衛生院顧問)
幹事  栗原 敏(東京慈恵医科大学医学部教授)
幹事  下光輝一(東京医科大学教授)
委員  跡見順子(東京大学大学院総合文化研究科教授)
    宇佐美暢久(住友生命保険相互会社本社診療所長)
    加賀谷熈彦(埼玉大学教育学部教授)
    河野一郎(筑波大学体育科学系教授)
    田中正敏(福島県立医科大学医学部教授)
    渡會公冶(東京大学大学院総合文化研究科助教授)


対外報告書要旨

1.報告書名称
「21世紀における体力科学の将来展望」

2.報告書内容
(1)作成の背景
 ・社会情勢の変化と少子高齢社会の到来
 ・体力の課題の重要性と体力科学の現状
 ・学際領域としての体力科学とその将来

(2)現状および問題点
 ・関連領域との関係と体力科学の独自性
  (基礎科学から臨床医学さらに社会医学まで包括する広範な関連領域と体力科学の
  独自性の課題)
 ・情報システムの視点からみた課題
  (国際化が進む中で体力科学が直面する情報システム構築の必要性)
 ・指導者養成の視点からみた課題
  (多くの省庁等が関与する指導者養成システムの整合性と体系的システム構築の
  必要性)

(3)改善策、提言等
・関連領域との連携を基盤とした体力科学の独自性の確立
 (体力科学の本来的使命の再確認と21世紀における健康と体力の向上を目途とした
 新しい体力科学の独自性の確立)
・体力科学領域における情報システムの体系化
 (体力科学の独自性を確立して21世紀への発展を推進するために必要な研究面・
指導面を総合した情報システム確立の必要性)
・体力科学領域における人材養成の体系化
 (各種の指導者養成コース内容の再検討と総合的体系化の推進)
・21世紀における体力科学への提言
 (研究テーマの方向づけ、研究推進のサポート、情報発信および社会的還元の実現
 など体力科学に関する統合システムの構築の必要性)


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第17期体力科学研究連絡委員会報告書

 「21世紀における体力科学の将来展望」

目次

1.体力科学の現状と課題


2.関連領域との関係と体力科学の独自性

3.情報システムの視点からみた課題と将来展望

4.指導者養成の視点からみた課題と将来展望

5.21世紀における体力科学への提言


.体力科学の現状と課題

 21世紀には、わが国では前人未到の少子高齢化という人口構成上の問題が現実化し、単に保健医療福祉の分野のみならず国の政治、経済、社会などのあらゆる分野に大きな影響を与えることが予想されている。このような時代には、人々は老いてなお健康であること、即ち単なる寿命の延長ではなく活動的余命を延長させ、健康寿命を保つことがよりいっそう重要となってくるであろう。超高齢社会における生涯を通じたQOL(Quality of life)の向上が求められているのである。そのような中で、健康・体力を扱う学術研究領域としての体力科学は極めて重要な研究分野と考えられる。

 しかるに、わが国の体力科学研究の現状はどうであろうか。現在、体力科学に関連する学会は、日本体力医学会(会員数5,200人)、日本体育学会(6,600人)、日本臨床スポーツ医学会(2,600人)、日本運動生理学会(2,000人)などがあり、それぞれが活発な学会活動を行っている。特に、体力科学研究連絡委員会の主な母体となっている日本体力医学会は、戦後まもなく発足して以来、運動生理学、スポーツ整形外科学、体育学などを中心に学会活動を繰り広げてきた。当初、研究対象は、スポーツ選手や疾病や障害を有する患者であり、国民の大多数を占める一般健康人、半健康人などが研究対象となることは比較的少なかったといっても過言ではないであろう。近年になり、健康増進、生活習慣(病)やリスクファクターなどのキーワードの登場や、これらに関わる個人や集団を研究対象とする健康と疾病予防に関わる研究がようやく盛んになりつつあるが、いまだ時代のニーズに応えているとはいえない。翻って世界に目を転じてみると、例えば米国において日本体力医学会と同様の位置を占めるアメリカスポーツ医学会(American College of Sports Medicine=ACSM:会員数15,000人)を例にとると、従来から存在する臨床スポーツ医学的研究や運動生理学的研究の他に、健康科学的、疫学的、心理行動科学的な研究方法を用いた体力科学の研究の比重が、年々増加しつつある。しかし、わが国では、このような研究方法を用いた研究は、質、量ともに極めて立ち遅れているのが現状である。

 例えば、生活習慣病予防のために、運動習慣を持ち、身体活動度を上げることが推奨されているが、どの程度運動を行えばよいのか、どの程度身体活動度を高めればよいのかについては、日本人を対象とした実証的な研究は未だ不十分である。また、一方では、過度の運動によるスポーツ障害も引き起こされており、適切な体力や運動の処方を科学に基づいて示していくことが必要と思われる。

 近年目覚しい進展を示した生命科学は、発生の機構、ガンなどの病因の解明に寄与しているが、身体活動を通じて正常な身体を維持していくというもっとも重要な生命の適応機構についてはほとんど研究がなされていない。即ち、病気の原因を探求する遺伝子医学などの研究は進んでいるが、なぜ適度な運動で身体の健康状態が改善されるのか、といった基本的な問題に対しては分子レベルでの研究がほとんどなされていない。これまで蓄積してきた運動の効果に関する研究を分子・細胞レベルでの研究へとさらに発展させ、人間の適応機構を解明することは、21世紀の体力科学の基礎的研究として重要である。

このように考えてみると、体力科学の課題には次のような内容を挙げることができる。
(1)独自の研究分野としての体力科学を広く認知してもらうこと

(2)体力科学に関する情報システムの体系化を図ること

(3)体力科学に関する指導者養成の体系化を図ること

(4)関連学会が共同で体力・身体活動に関する測定・評価法の標準化、健康増進・疾病予防に関する様々な勧告や指針の作成、行政などによる国民や地域住民の健康づくり施策のエビデンスを提供すること(研究成果の社会への還元)

(5)科学研究費など研究費の取得についての改善と、日本学術会議において研究連絡委員会として万全の活動ができるよう取組みを強めること

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.関連領域との関係と体力科学の独自性

 近年の科学技術の発達は個々の身体的な重労働を減らし、種々の交通機関は遠距離の移動を可能にし、衛生環境の整備は感染症を減らすなど、われわれの生活を快適なものへと変えてきた。これらの大きな社会の変化に応じて疾病構造も大きく変化した。死因の上位を占めるガンや心疾患・脳血管疾患の基盤としての動脈硬化など、いわゆる成人病が、成人・高齢者のみならず、若年者にもそのリスク因子が見られるようになり、より本質的な意味を持つ生活習慣病という名称で問題視されるようになった。そして、長期にわたる食生活の乱れや運動不足などの結果生じてきた疾病に対し、体力チェックや定期的な運動の効用が注目されるようになってきている。ADL(Activity of Daily Living)の回復を図るまでの従来の医学の目標から、より高いQOLの世界に対応するため、体力医学は従来の医学の範疇を超えた他分野の知識を必要とする。

 即ち体力科学の研究領域は、
 (1)基礎科学としての生命科学からの体力研究
 (2)臨床スポーツ医学としての体力研究
 (3)社会医学としての体力研究

という方向性から極めて広範な関連領域に拡がっているのである。体力研究に関わる基礎科学としての生理学、生化学、分子生物学、免疫学、運動生理学、栄養学、体育学・スポーツ科学等、臨床スポーツ医学に関わる整形外科学、内科学、老年医学等、社会医学に関わる公衆衛生学、予防医学、環境保健学等、人間の健康や健康を阻害する病態、運動から派生する新たな基礎・応用科学の分野とも深く関係する。また、人体の様々な機能、特に運動や栄養と関連した生理機能のメカニズムの解明に加え、それらの処方及び国民への普及、予防医学の立場からの具体的対策の提案にいたるまでの、まさに基礎から応用まで、身体を介した人間活動のすべての領域の研究を包括する分野であるといえる。

 体力を向上させるということは、罹ってしまった病気を治療したり、単に疾病の予防や害になる危険性のあることをしないという消極的な対応ではなく、積極的に当事者本人の身体の活動性を高め、生活の質を向上させてゆくという、意志を伴う行動が必要とされるという点で、他の関連科学とは異なっている。また、子供から老人、一般人からスポーツ選手あるいは障害者も含めたすべての人、一人一人の人間に対し、極めて基本的な人間生活の質的向上を追求することを意図している点でも、他の臨床研究、基礎研究とは異なる特異的な研究領域であろう。

 現代社会で表面化している様々な問題、学級(学校)の崩壊・中高年の失業問題・高齢化社会に対して、人間個人が本来有している能力ヘの働きかけ、個人の心身への有効な対策を講じるためにも、そして個人の生活の質の向上から社会の質の向上へ向けて、体力医学の役割は大きいと思われる。積極的に高齢化に伴う心身の機能低下の速度を抑えるような働きの重要性、その可能性や科学的メカニズムの追求などに関する研究は体力医学独自のものであり、積極的に働きかけ、適応能を高めるという視点は、現在、そして21世紀にわたって人々の福利厚生を進め、ひいては幸福をもたらす上でも重要なことである。

 WHO(世界保健機関)憲章の前文には「健康とは疾病、虚弱でないというだけでなく、身体的にも精神的にも、そして社会的にも健全な状態にあることをいう・・・」と謳われてきたが、1998年のWHO執行理事会において、健康の確保における「生きている意味、生きがい」を考えた”spiritual”という表現の重要性や、健康と疾患は別個のものでなく「連続したもの」である点から”dynamic”という語を加え、健康の定義の一部修正作業がなされた。総会の審議は未だ行われていないが今後の方向を考える上で重要な情報である。

 20世紀は生命科学に飛躍的な進展がみられたが、その一方で、研究領域の専門化が進み、人間社会の様々な歪みが生まれた時代とも考えられる。この点を踏まえて、21世紀は分子・細胞レベルでの基礎科学から、人間を包括的に捉えた研究及びその個人への応用、社会における施策の提言にわたるまで、人間が動くこと、動く機能を維持・向上することの本質的理解を通じて、全人的な身体機能の向上をめざす体力科学領域が極めて重要になるものと考えられる。即ち、

(1)運動や体力の持つ生命科学的重要性を遺伝子や細胞などの生命に共通の基盤から明らかにすること、つまり運動や体力が、単に競技力の向上や疾病予防に重要であるだけでなく、人間的な活動の根源となる生命力を活性化させる刺激であることを、生命科学の原理から明らかにして行くこと

(2)また、それを広く、普及・啓発して行くこと

(3)上記のことを施策として実行できる体制を作ること

が21世紀に志向するべき体力科学の基本的方向であると思われる。

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.体力科学の情報システムの視点からみた課題と将来展望
 情報化の推進は国際的な方向性であり、わが国の施策としても重要である。国家規模での高度情報化社会推進プロジェクトも発足しており、スポーツ関連も1つのフィールドとして位置付けられている。スポーツにおける情報のカテゴリーは、@イベント関連情報、Aスポーツ科学情報、Bスポーツ政策情報、Cスポーツ施設などその他の情報と大別され、いずれのカテゴリーも直接的にあるいは間接的に体力科学との関連がある。

 スポーツイベント関連情報の主体は競技大会などの成績やスケジュール関連のものが量的に多いが、スポーツ現場で得られる画像・映像情報、システム情報などは貴重な情報を体力科学に提供してくれる。特に画像・映像情報は、ディジタル技術の進歩とともに質・量ともに進歩が著しく、バイオメカニクスの研究には欠かせないものである。インターネットを介して送ることのできる動画のレベルは、まさに日進月歩であり、科学的な裏づけを持ったリモートコーチングも可能となる。大会運営システムに使われるセンサーの発達も著しく、そのデータ処理はリアルタイムで貴重な数値情報を体力科学に提供してくれる。

 スポーツ科学情報は、研究による成果と技術進歩に伴う情報とに大別される。研究成果物に関する情報は比較的データベース化がしやすいことから、諸外国ではスポーツ科学データベースが整備されており、わが国でも利用できるものは多い。IT(Information Technology)という略語がすでに市民権を得ているが、このITに関わり学術的にも利用価値の高い情報があることはいうまでもない。しかし、IT情報には企業秘密に属するものもあり、公開されていない場合も少なくない。

 スポーツ政策情報は、必ずしも国レベルの政策のみを意味しない。もちろん、国レベルのスポーツ政策情報は、国民の健康、文化を考える上で極めて重要である。また、健康施策がどのような経済効果をもたらすかといった情報も必要である。体力科学がどのように社会貢献ができるかを経済効果の視点をもってアピールしていく時代であろう。地域のスポーツ政策についても、最近のスポーツ施策でしばしば取り上げられる統合型スポーツクラブや広域スポーツセンターを企画していく際の基礎情報の整備も必要である。このような視点から、わが国のスポーツに関する情報システムの課題を整理すると以下のような事項が挙げられよう。
 (1)スポーツ情報に関するインフラストラクチャーの未整備
 (2)スポーツ情報センターがない
 (3)体力科学関連情報を国外に発信できるシステムがない
 (4)レベルの高いIT技術の利用が進んでいない
 (5)スポーツ政策に必要な情報の研究が進んでいない

 スポーツ情報に関するインフラストラクチャーの未整備は、進歩が著しいインターネットをはじめとする高度情報化社会に体力科学を含めたスポーツ関連組織が十分に対応しきれていないことにある。もともと、インターネットは分散している情報を生かしながら予算面、マンパワーなどの面での無駄を省いて有効利用していくという目的で発展し始めたものである。スポーツ・体力科学に関してみれば、インターネットを利用した情報は、その便利さゆえに方向性が示されないまま、ただ広がっているのが現状である。わが国としてのストラテジーが見えない。情報が発生してくるポイントを整理し、わが国のスポーツ情報のインフラストラクチャーを整備していくことが当面の課題であろう。体力科学の研究者については日本学術会議関連組織が音頭をとって、希望者に限定したネットワークを作ることも可能であろう。メーリングリストができれば、共同研究などもこれまでとは違ったあり方が見えてくるかもしれない。

 スポーツ情報センターがないことも、わが国のスポーツ界の弱点である。前述のインフラストラクチャーの未整備もこのことが関連している。幸い、平成13年に開設予定の国立スポーツ科学センターにスポーツ情報部門が設置される。わが国のスポーツ情報分野が整備されるかどうかは、この部門がわが国のスポーツ情報センターとして機能するかどうかにかかっている。建設が順調に進んでいる状況であり、今後の展望は明るい。スポーツ科学情報の交流に関する国際間プロジェクトも可能となる。

 体力科学関連情報の発信システムについては工夫が必要であろう。自然科学系については、わが国から発表する論文も英語で書けば国外のデータベースにのり情報発信することが比較的容易である。しかし、わが国で発生する体力科学の情報には、日本語のものも、また、コンピューターグラフィックスのように文字になりにくいものもある。このような情報は学術的に優れたものであっても、現状では国外に発信されず広く知るところとはならない。英語で書かれた論文でなければ発信できない、という発想はやめて、英語というツールをうまく利用して日本語に基づくわが国のスポーツ文化・スポーツ科学情報を発信するシステムを持ってはじめて情報の相互交流が成り立つ。データベースをお金で買うばかりでなく、こちらからも情報面での貢献をしてgive and takeが成り立つシステムを持つ必要があろう。

 わが国のITのレベルが国際的に高いことはいうまでもないが、体力科学の領域でのさらなる有効活用は今後の課題である。スポーツ振興投票(スポーツくじ)の議論から、わが国のクラブ組織への体力科学のあり方についてようやく本格的な議論が始まっている。予算関連事項を含めたスポーツ政策情報は体力科学が社会に還元していく方向性を持つためにもさらなる整備が必要である。

 以上述べたような背景から体力科学のあり方を整理すると、その課題は情報化の流れが著しい現状を踏まえた情報の有効利用であり、新たなる情報の創出と効果的な発信が可能となるストラテジーとストラクチャーを持つことであろう。これができれば体力科学の社会貢献度はさらに高まっていくと考えられる。

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.指導者養成の視点からみた課題と将来展望

 前述のように高齢社会を迎え、健康の保持・増進とQOLの向上のために食事、運動、及び休養を含む生活習慣の改善が、社会的な関心を集めている。このような社会的背景を反映して、公共的な運動施設(スポーツセンターなど)の充実が図られ、それを利用する市民は、若年者から中高年者まで様々である。しかし、私的あるいは公的運動施設の利用者は必ずしも健常者とは限らない。高齢社会を迎えた現在、何らかの疾病を有している利用者の急増が予想される。このような社会環境を考慮すると、各運動施設には適切な運動指導ができる運動指導者や、医師が常駐することが望ましい。しかし、現実には限られた時間にしか運動指導者や医師がいないことが多く、それ以外は、運動経験者などが施設の管理を任されていることが多い。そこで、現在どのような運動指導者やスポーツ医(運動指導医)養成コースがあるのか実態を調べ、今後のあるべき姿を考察した。

 平成11年8月現在、本委員会が把握している運動指導者やスポーツ医養成コース(研修会)は別表のように12ある。これらは@省庁が関係しているもの、A地方自治体が関係しているもの、それにB日本医師会やC学会(日本体力医学会、日本整形外科学会)が関係しているものに分類することができる。多くの研修会は受講後に試験を行い、それに合格し登録すると資格や称号が与えられ、数年後には所定の手続きをすることにより、更新することができる。12の研修会を修了してから登録した人は平成11年現在でおよそ6,500人になっている。この中で特に登録者が多いのは、健康運動実践指導者(健康・体力づくり事業団)と、認定健康スポーツ医(日本医師会)である。後者は医師でないと受講できないが、両者とも受講時間が短いことや、受講料が適当であるので登録者が多いのではないかと推察する。

 各講習会の受講対象者は、それぞれの講習会で規定があるが、医師を対象としたもの以外は、別表のとおり相当広い層を対象として講習会が行われている。各講習会の講義内容は様々で、主な対象者により基礎的な事柄や、運動指導に重点が置かれているものから、医師を対象として臨床的な問題を詳しく取り上げているものまで多様である。これはそれぞれの講習会の主旨とも関係しており、運動指導を中心とした講習会では実際の運動指導に関係している事項が多く、基礎医学的な事柄には余り時間をかけていない。他方、医師を対象としたものは基礎医学から臨床医学にいたるまで幅広く取り上げられている。講習時間はスポーツプログラマー2種が650時間、アスレティックトレーナーが364時間と非常に長く、それに続いて健康運動指導士、スポーツプログラマーが150時間程度の講習を行っている。その他は十数時間から数十時間である。

 このようにそれぞれの講習会は目的に応じて特色があることはよく理解できる。しかし、全ての講習会に共通の部分があることも確かである。例えば、運動生理学や栄養学の基礎的事項、運動処方の原則と実際、運動許可条件、内科的及び外科的な障害への対応などである。これらの講習会にはある講師が兼任で講義をしていることも多い。これらの状況を考えると、講習会の間で連携をとり、共通の基準をつくり、現在、一部単位の互換はあるが、単位の互換性がさらに図られるなら、受講者にとってメリットがあるばかりでなく、運動指導に対するわが国共通の基準が出来るのではないかと考える。その共通単位を基礎として、さらに各講習会独自の特色を明らかにすれば良いのではないかと思われる。

 何にしろ、このように多数の講習会が、統一的基準なく称号や資格を出していることは、国民に十分理解されていない。また、我々自身も十分にその内容を理解していない点もある。今後、高齢社会を迎え、高齢者や中高年者が運動する機会が一層増え、それにつれ運動中の事故も増えることが予想される。それに十分対応できる運動指導者とスポーツ医(運動指導医)を早急に養成し、各運動施設に常駐させるべきであると考える。そのためには内容が優れた講習会を通して質の高い運動指導員やスポーツ医(運動指導医)を養成し、健康増進・疾病予防とQOLの向上に寄与するべきである。

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.21世紀における体力科学への提言

 わが国においても諸外国においても体力科学の原点は、競技スポーツにおいて勝利を得ることをサポートする科学であった。即ち、優れたスポーツ選手を育成するため、発育・発達を科学的に促し、才能のある者を選び出し、科学的にトレーニングを行うことが出発点であった。そしてスポーツ選手の外傷を治療し、さらに外傷を予防するスポーツ医学が加わったのである。

 産業革命以後、人類は交通機関を発明し労せずして移動することが出来るようになった。また肉体労働量も機械化の進展に伴って減少するようになった。このような身体活動量の減少は過労による障害の発生を減らしたが、虚血性心疾患をはじめとする成人病のうちの幾つかが身体運動量の減少に関係して増加することが疫学的に証明された。かくして”hypokinetic disease”という概念が生まれ、その対策として身体活動量を増すことが重視されるようになった。このような流れを背景に、体力科学は競技者のみならず、一般人における身体活動に関する諸問題も対象とすることとなった。その結果、「スポーツ医学会」を「スポーツと運動の医・科学の学会」とする動きもある(米国、英国)。

 21世紀もこのような傾向は続き、さらに高齢化、情報化の社会で重要視されるであろう。高騰する医療費、それを支える若年者の減少する社会では、運動不足病を予防し、薬剤に頼らぬ健康的な社会を築く為に、運動の医・科学が重要な役割を担うことは明らかである。かくして体力科学は運動に関係しうる人体の形態や機能について、正常から病態まで、広範な分野を対象とする学問体系となる必要性がある。極言すれば主として安静状態を対象とした従来の医・科学に対応する、運動の状態を主たる対象とした医・科学なのである。わが国では現在、日本体力医学会、日本体育学会、日本臨床スポーツ医学会及び日本運動生理学会がこの分野の中心となっており、学際的な分野の広い体力科学には多くの基礎医学、基礎科学、臨床医学、応用科学の学会が参加する分野があるが、現状では研究者は必ずしも良い連携をもって活動している訳ではない。

 21世紀には、人類に幸せをもたらすべく、上記の広範な分野の研究活動を統合するシステムが良好に機能するよう、効率よく取り組まなければならない。21世紀の高齢社会においては自立のための能力をいかに高齢期まで保つかという問題も重要である。このためには「無病」であるのみではなく、質の良い日常生活を送るために十分な体力を保有することが必要である。これらのことは、ようやくこの数年の間に研究者から発言されるようになってきた点である。方法論的には体力科学者ではすでに既知のことであり、この問題はいかに実行させるかという社会的な問題を含んでいる。

 21世紀の体力科学においてはさらに独自の研究を進めるべき点のあることは勿論であるが、正しい研究成果を早急に社会に示し、実用化する必要がある。各学会は単に会員に研究発表の場を提供するのみでなく、21世紀における体力科学の重要性に鑑み、研究テーマの方向づけ(会長要望あるいは理事長要望研究課題の提案)、研究のサポート(研究費の支給)、情報の発信(学会としての公式見解の発表、公開講演会の開催など)の事業も行わなければならない。このような大きい事業の展開は一学会の力では困難であり、ここでも統合するシステムが必要になる。日本学術会議体力科学研究連絡委員会が上記の統合システムをリードする役割を担うことが期待される。21世紀の国民の健康・幸福を推進する強力な研究連絡委員会となることが望まれる。

 以上のまとめを箇条書きにして以下に示す。
(1)体力科学に関する研究の促進、特に日本人についての多数例を対象とした大規模前向き研究の推進、研究成果から得たエビデンスの集積

(2)学際的色彩の強い体力科学の関連分野、関連学会を統合するシステムの構築

(3)(1)、(2)に関する情報の収集と発信、学会としての公式見解の発信

(4)得られた研究成果を直ちに実用化するシステムの構築、優れた指導者の養成

(5)(1)〜(4)についての資金の確保(科学研究費などの研究費の増額を含む)

(6)(1)〜(5)について強力なリーダーシップを発揮しうる組織の実現、会議体力科学研究連絡委員会への期待

表1

表2

表3

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