高分子科学研究体制の整備・構築について

「化学研究連絡委員会材料工学研究連絡委員会
物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門委員会報告」


平成12年5月29日

日本学術会議
化学研究連絡委員会
材料工学研究連絡委員会
物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門委員会


 この報告は、第17期日本学術会議化学研究連絡委員会、材料工学研究連絡委員会ならびに物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門委員会において、共通の課題について審議した結果を取りまとめて連名で報告書として発表するものである。

化学研究連絡委員会

委員長 櫻井英樹(日本学術会議第4部会員、東京理科大学理工学部教授)

幹事  安部明廣(日本学術会議第5部会員、東京工芸大学工学部教授)
    池上四郎(帝京大学薬学部教授)
    大瀧仁志(日本学術会議第4部会員、立命館大学理工学部教授)

委員  赤岩英夫(日本学術会議第4部会員、群馬大学学長)
    合志陽一(日本学術会議第4部会員、国立環境研究所副所長)
    廣田栄治(日本学術会議第4部会員、総合研究大学院大学学長)
    吉原経太郎(日本学術会議第4部会員、北陸先端科学技術大学院大学教授)
    曾我直弘(日本学術会議第5部会員、滋賀県立大学工学部材料科学科教授)
    笛木和雄(日本学術会議第5部会員、東京大学名誉教授)
    山本明夫(日本学術会議第5部会員、早稲田大学大学院理工学研究科教授)
    上野民夫(日本学術会議第6部会員、京都大学大学院農学研究科教授)
    兒玉 徹(日本学術会議第6部会員、信州大学繊維学部教授)
    橋本嘉幸(日本学術会議第7部会員、(財)佐々木研究所所長)
    石谷 炯((株)東レリサーチセンター代表取締役社長)
    岩崎不二子(電気通信大学電気通信学部教授)
    岩澤康裕(東京大学大学院理学系研究科教授)
    魚崎浩平(北海道大学大学院理学研究科教授)
    小尾欣一(日本女子大学理学部教授)
    茅 幸二(岡崎国立共同研究機構分子科学研究所所長)
    北川禎三(岡崎国立共同研究機構分子科学研究所教授)
    志田忠正(神奈川大学理学部教授)
    山口 兆(大阪大学大学院理学研究科教授)
    足立吟也(大阪大学大学院工学研究科教授)
    岩原弘育(名古屋大学理工科学総合研究センター教授)
    荻野 博(東北大学大学院理学研究科教授)
    北川 進(京都大学大学院工学研究科教授)
    黒田玲子(東京大学大学院総合文化研究科教授)
    干鯛眞信(東京大学大学院工学系研究科教授)
    熊丸尚宏(安田女子短期大学教授)
    高木 誠(九州大学大学院工学研究科教授)
    柘植 新(名古屋大学大学院工学研究科教授)
    寺部 茂(姫路工業大学理学部教授)
    中村 洋(東京理科大学薬学部長・教授)
    松本和子(早稲田大学理工学部教授)
    秋葉欣哉(広島大学名誉教授)
    岩村 秀(学位授与機構教授)
    植村 栄(京都大学大学院工学研究科教授)
    大塚栄子(北海道大学名誉教授)
    大東 肇(京都大学大学院農学研究科教授)
    岡崎廉治(日本女子大学理学部教授)
    古賀憲司(奈良先端科学技術大学院大学教授)
    竹内敬人(神奈川大学理学部教授)
    竜田邦明(早稲田大学理工学部教授)
    奈良坂紘一(東京大学大学院理学系研究科教授)
    村井真二(大阪大学工学部部長・大学院工学研究科教授)
    山本嘉則(東北大学大学院理学研究科教授)
    磯部 稔(名古屋大学大学院生命農学研究科教授)
    魚住武司(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
    折谷隆之(東北大学農学部教授)
    二木鋭雄(東京大学先端科学技術研究センター長・教授)
    諸岡良彦(福井工業大学応用理化学科教授)
    山村庄亮(慶應義塾大学理工学部教授)
    瓜生敏之(帝京科学大学理工学部教授)
    蒲池幹治(福井工業大学応用理化学科教授)
    国武豊喜(理化学研究所フロンティア研究グループディレクター)
    小林四郎(京都大学大学院工学研究科教授)
    野瀬卓平(東京工業大学理工学研究科教授)
    西 敏夫(東京大学大学院工学系研究科教授)
    西島安則(京都芸術大学学長)
    畑田耕一(福井工業大学応用理化学科教授)


材料工学研究連絡委員会

委員長 安部明廣(日本学術会議第5部会員、東京工芸大学工学部教授)

幹事  安藤 勲(東京工業大学理工学研究科教授)
    鈴木 邁(千葉大学名誉教授)

委員  曾我直弘(貝本学術会議第5部会員、滋賀県立大学工学部材料科学科教授)
    笛木和雄(日本学術会議第5部会員、東京理科大学理工学部教授)
    山本明夫(日本学術会議第5部会員、早稲田大学理工学総合研究センター顧問研究員)


物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門委員会

委員長 宮田清蔵(東京農工大学大学院生物システム応用科学研究科科長・教授)

幹事  菊谷信三(京都大学化学研究所教授)
    辻田義治(名古屋工業大学工学部教授)

委員  浅井道彦(工業技術院物質工学工業技術研究所高分子化学部部長)
    遠藤 剛(東京工業大学資源化学研究所所長・教授)
    雀部博之(千歳技術科学大学光科学部教授)


要  旨

(1)作成の背景
 第16期日本学術会議化学研究連絡委員会・材料工学研究連絡委員会報告「高分子科学研究の推進について」を受けて、第17期においては、国内外の研究努力の定量的な分析などの検討を行った。一方、昨今の省庁再編、それに伴う研究機関の独立行政法人化という待ったなしの課題に対して、高分子科学・技術の将来展望を明確にしなければならないという現実もある。このような背景の下で、この2年間における諸委員会の調査活動に基づいた審議が行われ、本報告書が作成された。


(2)現状及び問題点
 高分子の研究は大別して材料と化学の両面をもつ。材料と化学は縦糸と横糸の関係にあり、高分子研究者の多くは時に材料の研究者であり、時に化学の研究者でもある。高分子の分野で目に付くのは、現時点ですでにアジア地域の研究者・技術者数が世界の過半を占めていることである。日本の高分子研究者への国際的期待は、アジアにおける高分子材料研究の発展を側面から支援する役割と、アジアの先頭に立って、高分子科学の研究に新しい領域を開いて行く努力であろう。

 一方、高分子化学(科学)が今後目指す方向の一つが分子論としての高分子、具体的には高分子を一要素として含む化学システムの構築であり、これまでの高分子研究者のみで達成できる目標ではない。今後期待される発展には、異分野の研究者との血の混じり合いが是非とも必要である。高分子基礎研究体制の構築は、化学全体の研究体制の立体化の一環として位置付けられなければならない。


(3)改善策、提言
 基礎研究をより深める努力と研究をより効率的に展開することとは必ずしも矛盾することではないが、我が国におけるこれまでの研究組織のあり方には一考を要する点があった。本報告書では、今後大きな変革が予想される国立大学ならびに国立研究機関に、高分子分野の研究者から提案中の国際高分子基礎研究センターならびに高分子基盤技術研究センター構想の概略を述べた。本報告書の目的は、化学の重要な分野における基礎研究の効率化の必要性を指摘し、理解を深めることにある。高分子分野のためだけに主張している訳ではない。このような試みが今後化学全体の研究体制の議論に一石を投ずることになることを期待する。


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目次

1.まえがき

2.高分子研究の現状
 2−1 化学全体の中に占める高分子研究の割合
 2−2 実用材料としての高分子研究
 2−3 化学産業と高分子基礎研究

3.高分子研究の将来展望

4.高分子研究体制の整備・構築への道筋
 (T)国際高分子基礎研究センター
 (U)高分子基盤技術研究センター
 (V)その他

5.おわりに

参考資料 第17期調査報告書「高分子研究体制の整備・構築について」


『高分子科学研究体制の整備・構築について』

.まえがき

 第16期日本学術会議の化学研究連絡委員会と材料工学研究連絡委員会において、それぞれ関連の専門委員会から、“高分子の科学・技術の今世紀における進展と現状”(「高分子科学の研究動向と将来展望」平成8年1月)、“来世紀への展望”(「高分子科学−明日への胎動」平成8年11月)に関する調査報告書が提出され、これをもとに「高分子科学研究の推進について」と題する両研連連名の対外報告書がまとまり、平成9年6月20日の日本学術会議運営審議会の承認を経て公表された。報告書冒頭には、運営審議会で取り上げられた主要事項が記載されている:

(1)「高分子科学の重要性」に関する審議事項
a)高分子材料研究の挑戦課題−今後の技術革新を支える新しい分子構造を持つ素材の研究
b)基礎科学における高分子研究の課題−情報機能高分子への展開
 生物学、特に構造生物学と高分子科学には、課題や方法論に共通する部分も多く、今後ますます行流が深まり、新しい分野が開かれていくものと考えられる。
c)高分子科学の学際性、国際性
 高分子に関する科学の進展は化学の中だけにとどまらず、物理学、生物学などの分野ともますます重要な結び付きを生むであろう。国際共同研究の場を用意することによって、国家間で起こりがちな戦略的研究テーマの重複を避け、日本全体の高分子基礎研究の効率化が図られる。

(2)「高分子科学研究体制強化の必要性」に関わる審議事項
a)国際的な先端研としての機能を持つ機関の必要性
b)物理・化学・生物など広領域にわたる高分子性を総合的に研究する場
c)産学協同研究の場

 この報告書は、「高分子科学の研究が日、米、欧を中心に新しい時代に入りつつあると云う認識の下に、今後運営効率のよい新しい形の基礎研究機関構想が具体的に提案されることを期待する。」と締め括られている。

 これを受けて、第17期においては化学研究連絡委員会の中に「高分子科学基礎研究体制検討小委員会」の設置が認められる一方、第5部においては物質創製工学研究連絡委員会に属する「有機材料専門委員会」で引き続き高分子科学基礎研究体制の検討を行うことが合意された。また日本学術会議におけるこのような体制を補完するために、関連分野の研究者の多くが集う高分子学会に「高分子基礎研究所準備委員会」が設置され、高分子科学における基礎研究とは何かという原点に戻った議論から始めて、高分子の科学・技術を内側から展望するばかりではなく、学際的な立場からの云わば外部評価、海外の高分子研究動向の定量的な分析など地道な議論、調査が行われた。さまざまなレベルで集められた意見を各委員会において集約し、数次の議論を経て「化学と材料の接点に位置付けられる高分子研究をより効率的に進める必要があり、そのためには何らかの研究機構の設立が急務である。」との認識で一致した。一方、昨今の省庁再編、それに伴う国の試験研究機関の独立行政法人化という待ったなしの課題に対して、高分子の科学・技術の将来展望を我々が自信をもって語らねばならないという現実もある。未だ検討中の事項も多いが、一先ずこの2年間における諸委員会の活動に関する冊子「高分子科学研究体制の整備・構築について」が化学研究連絡委員会、物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門委員会ならびに材料工学研究連絡委員会に提出され、構想の是非について審議が行われた。本報告書はそのまとめである。なお、各委員会の審議において基礎資料として提出された上記冊子を末尾に参考資料として添付する。

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.高分子研究の現状

 高分子に「材料」が付けば高分子材料(polymer materials)となり、「化学」または「科学」が付けば、それぞれ高分子化学(polymer chemistry)、高分子科学(polymer science)になる。いずれも古くから使われており、異議を差しはさむ人はいない。高分子と云う語の便利さであると同時に、あいまいさの原因でもある。前者には、高分子量化合物の示す化学的・物理的性質の利用を目的とし、構造を分子のレベルにまで掘り下げることのない云わば巨視的な材料研究と、分子または分子集合体の構造を化学的または物理的な手段で変えることによってより有用な材料を創出しようとする研究が共存している。当然のことながら材料研究の産物である体系化された知識は、化学と云う学問の重要な一部分である。材料と化学は縦糸と横糸の関係にあり、高分子研究者の多くは時に材料の研究者であり、時に化学の研究者でもある。

 一方、高分子化学(科学)も人によっていろいろ解釈が異なる。高分子化学とは、高分子量分子に関する知識体系の構築であると単純化してしまえば分り易いが、必ずしも当を得ていない。高分子化学(科学)は「高分子らしさ」(高分子性)をキーワードとする化学(科学)の一分野と定義するのが最も現実に近いと思われる。「高分子らしさ」は必ずしも高分子量まで行かなくても、分子に一定の異方性があれば広く観察される現象である。例えば、与えられた環境下で、分子内相互作用と分子間相互作用のバランスで分子の形態が決まることは低分子とみなされている系でもよく起こることである。従って、ミセル、二分子膜などの論文は、高分子の学術雑誌にもよく掲載されている。この点で、高分子と云う名称を厳密に高分子量の極限に限定すると実体にそぐわない場合が生じてくる。(高分子性に関する詳細な議論は、第16期日本学術会議報告「高分子科学研究の推進について」を参照されたい。)

 化学の中の高分子を語るには、まず化学をその構成要素に正確に分類し、総合しなければならない。世界の化学会の連合体であるIUPAC(国際純正応用化学連合)の分科会構成が一つの参考になるのではないかと考えられる。現在は、物理化学、有機・生物有機化学、無機化学、高分子化学、分析化学、化学と環境、化学と保健の7分科会に分けられている。化研連の専門委員会構成はもともとIUPACの分類を手本に決められた経緯があるが、ここ数年間のIUPACの分科会再編に伴い現在は多少対応が崩れている。IUPACで高分子分野に単独の分科会が与えられているのは、高分子材料に関わる諸課題に加えて、化学の中にあって生物、物理の一部とも強い関わりをもつ「高分子性」を中心とする学問の体系化を支援するためである。すなわち、化学と材料の両面における重要性を認識して、高分子分科会が成立している。

 IUPACを財政的に支える国内対応組織は各国一つ(日本では、日本学術会議)であるが、各分科会の活動はそれぞれの分野からの人的な貢献(大多数はボランティア)で支えられている。従って、IUPAC加盟国と分科会活動に関与している国名のリストは必ずしも一致しない。IUPAC高分子分科会では、日本の高分子学会が事務局となって、World Polymer Organizationsと題する冊子でIUPAC未加盟国も含めた高分子関連学協会組織の国別データを集録している。高分子の分野で目に付くのは、現時点ですでにアジア地域の研究者・技術者数が世界の過半を占めていることである。今後汎用高分子材料の供給拠点がアジア発展途上国に移転されて行くであろうことを考える時、この傾向はさらに強まるものと思われる。日本の高分子研究者への国際的期待は、アジアにおける高分子材料研究の発展を側面から支援する役割と、アジアの先頭に立って、高分子科学の研究に新しい領域を開いて行く努力であろう。

 以下、より具体的に、日本学術会議、アメリカ化学会のデータによる研究者分布、CASに見られる分野別論文数の比較などを行った結果について述べる。

2−1 化学全体の中に占める高分子研究の割合

2−1−1 日本の化学関連学協会中の高分子の位置

 日本学術会議化学研究連絡委員会の登録学協会の総数は22、会員数合計は70,196名である。登録学協会には理学、工学という区別はなく、従って会員は基礎化学から応用化学まで多岐にわたっている。日本における最大の化学者の集まりは日本化学会であるが、分科会制を採っていないため、分野ごとの会員分布は明かではない。専門分野が独自の学協会をもって活動している場合については性格付けがはっきりしているので、分野別の趨勢を見るためには一応有効であろう。高分子学会の登録会員数は約13,000名であるが、諸学協会の年次大会における研究発表の内容にまで立ち入って調べてみると、高分子学会と多くの他学協会との間には広い学際領域が存在することが分かる。

2−1−2 アメリカ化学会に見る会員分布

 アメリカ化学会は世界最大、約16万人の会員を擁し、分科会制(division)を採用している。分科会の数は30以上にのぼり、必要に応じて互いに連携して活動を行っている。アメリカ化学会会員総数(ACS Members)と分科会に属する会員の全数(Division Members)の経年変化が、経済界の景気に左右されることなく着実に増加しているのは、学会が職能集団としての性格を強くもっていることによるものであろう。

 高分子に直接関連のある分科会には、Polymer Chemistry(PM:分科会会員総数に占める比率7.2%)、Polymeric Materials Science & Engineering(PMSE:5.9%)、Rubber(RB:4.2%)などがある。PM分科会が、アメリカ化学会の中でも独自の運営形態を取り、大きな自由度をもって活発に活動していることはよく知られている。これは、この分科会が化学と材料の両面の性格を強く有するという特殊性によるのであろう。アメリカ化学会における研究発表の分野別分類においても、高分子関連分野からの発表が全体の1/5程度を占めている。アメリカ化学会では複数分科会の共催によるシンポジウムも頻繁に企画されるので、分科会ごとの線引きはあまり明確なものではない。

2−1−3 CAS論文数で見た化学と高分子の関係

 日本の化学者の研究論文数をCASの「化学」で検索して、各国と比較してみると、日本からの論文数は着実に増加し、1984年にはソ連を抜いて2位となり、アメリカに近付いている。ソ連はその後下降線をたどり、アメリカと日本は他国を大きく抜いている。一方高分子分野で、「polymer」、「macromol*」、および「poly*」をキーワードとして検索し、重複を除いた件数について同様の比較を行ってみると、日本の発表論文数は、1980年以来アメリカを抜いて圧倒的に多くなっている。その差は年とともに大きくなり、1998年ではアメリカ12,000報に対し、日本20,000報となっている。世界における日本の高分子研究の位置が極めて高いことがわかる。このことは取りもなおさず、日本の化学全般に対する高分子論文数の割合が15%と高く、年とともになお少しづつ増加していることに対応している。論文数の面からも、高分子科学は化学の発展とともにあり、化学の中で確固たる地位を占めてきていることが確認できる。

2−2 実用材料としての高分子研究

 前節と同様に、材料研究に占める高分子の割合を知る手掛かりとして、日本学術会議第5部(工学)材料工学研究連絡委員会の登録学協会の会員数分布がある。学協会数43、会員総数105,243名である。化学研究連絡委員会と材料工学研究連絡委員会の関連学協会にはかなりの重複があり、会員数分布を同一の図にプロットして見るとあまり大きな差異のないことが分る。このことは近年大学内で、理学系化学と工学系応用化学の研究内容にほとんど差がなくなってきているという我々の実感とも一致す
る。

 高分子については、産業分野で実施されている工学的研究は膨大な量に上るが、論文という形で高分子の学術誌に報告されるのは極く僅かである。2−1−3節で取り上げた高分子関連の研究論文の大部分は高分子化学に属するものである。材料工学分野における知識体系の構築、すなわちデータの収集、分類、利用は、データベースの在り方とも関連して、学協会で取り組むべき今後の課題であろう。

 多くの国で、化学系材料工学と金属工学は学会を異にすることが多い。我が国の場合について、両者の比較を行って見た。日本学術会議第5部金属工学研究連絡委員会の関連学協会は18、会員総数は53,207名である。金属工学研究連絡委員会と材料工学研究連絡委員会の間にはほとんど学協会の重複はない。両研連のデータを足して1つの分布図を作ると、会員数の比率は、ほぼ金研連が1/3、材研連が2/3となる。

2−3 化学産業と高分子基礎研究

 化学工業における高分子関連産業の割合は、化学工業統計(通産省)を参考に、出荷額ベースでおよそ30%と推定される。この中には、プラスチック、合成ゴム、合成繊維、塗料、油脂、洗剤、接着剤などが含まれる。研究の現状は、これら汎用製品の高性能化と並んで、精密合成、高次構造制御、材料の複合化などさまざまな方法で次世代高分子材料の開発への努力が払われている。

 これらを中期目標とすれば、高分子研究はさらに環境、エネルギー、情報・通信、保健・医療などの分野における長期目標に対しても期待に応えねばならない。勿論、これらの目標は高分子のみで達成できるものではない。今後求められるのは、素材・材料開発を超えて、機能的な化学システムの組み立てであり、そのための新しい研究手法の展開が必要である。リサイクル、生体適合性などの視点に立った環境順応型材料の開発においては、高分子物質のより徹底した理解と並んで、他分野との研究協力の効率化が成功への鍵を握る。研究対象のみならず、研究体制の面でも「複雑系の化学への挑戦」が始まるわけである。このためには、タイミングのよいテーマ設定と、適切な共同研究体制の構築、柔軟な運営が必要条件であると思われる。縦型社会と云われる日本で、横型の研究コーディネーターが求められつつあるのかも知れない。

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.高分子研究の将来展望

 高分子科学の歴史を年表でみると明らかなように、天然高分子と合成高分子の間には何の区別もない。高分子産業が急速に勃興したのは、天然繊維、紙などを中心とする高分子材料がすでに人類の活動に密着して利用されており、高分子らしさを容易に市場に結び付けることができたのが一因であろう。高分子量物質が共通にもつ「高分子らしさ」の追求という点では、天然高分子よりも合成高分子の方が構造が単純で、実験に供する試料の調製も容易であることから、高分子の物理化学的研究は合成高分子材料の導入によって急速に進んだ。高分子の基礎研究に関しては、天然の高分子を構造解析して学ぶよりは、合成高分子の研究によって得た知識の蓄積、研究手法を前者の研究に利用することが多かった。かくして、天然素材の性能を超える合成高分子がどしどし市場に投入され、20世紀の先進国の生活様式に大きな変革をもたらした。一部、金属、セラミックスなどの市場にも代替品として領域を広げた。産業の要請によって高分子の基礎研究が加速されたことはいうまでもない。しかしながら今後は、環境、資源、エネルギー問題などとも関連して、材料の高機能化、高性能化に対する要求は益々強まる一方で、高分子産業にはかつてのような量的な成長が約東されている訳ではない。当然、研究体制の整備、効率化が急務となる。

 先にも述べたように、高分子化学(科学)の目標の全てが材料合成ではない。ここ半世紀の間に、生物の生命現象、生体機能に関連して、DNA、ポリペプチド、多糖鎖などの鎖状分子の役割が極めて大切であることが分かってきた。これら生体分子の高い機能性は単量体残基の配列と水素結合を含む分子内、分子間相互作用の見事な制御にある。このことは、有機化学の延長上に、生体高分子と同じ位に高い機能性を持つ高分子の世界が構築される可能性を示唆している。身近なところでは、医薬と化学の連携が強まる中で、高分子化学へ寄せられる期待もまた大きいことを指摘しておかねばならない。鎖状高分子の三次元配置に関わる計算化学的手法、計算に用いられる分子力場パラメータなどは、医薬研究であると高分子研究であるとを問わず共通であり、一方における研究の進展は他方にも大きな影響をもたらす。「高分子らしさ」の理解、高分子物質の取り扱いがここまで進んできたことを踏まえて、高分子化学(科学)の基礎研究が新しい時代に入りつつあるという認識をもつ研究者も多い。

 このところ化学自体が大きく変貌する中で、高分子化学も急速に変化しつつある。化合物が増え、研究手段が多岐にわたり、研究者が増えてきた結果、各人の専門性は深まり、化学の領域全体を見渡すことが次第に困難になってきた。このような状況下では、高分子研究者以外の者が、高分子分野の重要性を理解することはなかなか難しい面がある。しかしここで強調されるべきは、高分子化学(科学)が今後目指す方向の一つが分子論としての高分子化学、具体的には高分子を一要素として含む化学システムの構築であり、これまでの高分子研究者のみで達成できる目標ではないということである。目前にあるのは、複雑系の化学である。裾野の広い学問体系の構築には、異なった経験をもつ大勢の研究者の関与が必要である。初期の高分子化学(科学)の確立がそうであったように、今後期待される高分子科学の画期的な発展には、異分野の研究者との血の混じり合いが是非とも必要である。高分子の研究者が必要に応じて低分子の研究をすることはこれまでも当然であったが、今後は低分子の研究者の興味を如何に惹き付けるかということにも意を注がねばならない。もし何らかの高分子基礎研究体制が実現したとすれば、それは化学全体の研究体制の立体化の一環として位置付けられなければならない。

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.高分子研究体制の整備・構築への道筋

 これからの学術研究とその体制のあり方、新しい研究体制の具備すべき要件を挙げる。

(1)目的の達成には研究コーディネーション機能の強化が必要である。専門研究集団とコーディネーターとの密接な連携により、研究効率の向上が期待される。

(2)国外を含め「外から見える」開かれた研究体制で運営を行う。換言すれば、情報が自然に集まる研究センターであることが望まれる。日本の国際貢献のあり方として、国際会議の誘致に注力した時代から、共同研究の拠点を提供する時代への脱皮を図らねばならない。

(3)このためには、アクセスが容易な場所、すなわち人と情報が集まる場所に機関を設置することが必要である。

なによりも、コーディネーターの存在が成功の鍵を握るが、これまで日本ではこのような機能があまり重要視されていなかった。今後積極的にこのような役割を担える人材の育成を図らねばならない。

 我が国にはこれまで一元化された研究所行政(設立、運営、改廃のルール)がはっきりした形では存在しなかった。一方では、国内の状況から、新しい国立研究所等の設立は益々困難になりつつあると云われている。このような状況下で、具体的に何が、何故必要なのか、そしてその先に何が約束できるのかを主張して一歩前に出なければ、何の展望も開けないであろう。以下、機構の在り方についての議論が進められている国立大学ならびに国立研究機関に、高分子分野の研究者から提案中の国際高分子基礎研究センターならびに高分子基盤技術研究センター構想の概略を記す。本報告書の目的は、化学の重要な分野における基礎研究の効率化の必要性を指摘し、理解を深めることにある。高分子分野のためだけに主張している訳ではない。このような試みが今後化学全体の研究体制の議論に一石を投ずることになることを期待する。

(T)国際高分子基礎研究センター(International Center for Macromolecular Science:ICMS)

T-1.設置目的
(1)「高分子性」解明を中心に据えた巨大分子に関する基礎科学の確立
(2)生物−化学−物理の広領域にわたる新しい高分子科学の研究の推進
(3)高分子科学研究の国際的展開をもって科学・技術創造立国を目指す我が国の基本的施策に大きく寄与すること

T−2.効果
(1)高分子科学の基礎研究が格段に発展し、社会的なニーズを踏まえた新しい高分子研究を開拓できる。
(2)研究センターを特定大学内に設置する場合には、関連分野の研究者を有する他大学との連携に配慮することが重要である。これにより国家的な戦略研究が可能となる。
(3)高分子科学における国際的な窓口として、海外との共同研究を活発に行うことにより、アジアにおける高分子研究の拠点となる。

T−3.組織
 財政状況の厳しい現状を踏まえて、当初は、研究センター設置大学内の兼任教官を持って次のように組織することも可能であろう。研究経費については、「中核的研究拠点形成プログラム」や「新プログラム」などに応募することも考えられる。研究センター発足後、なるべく早期に他大学などからの客員研究員、併任教官の受け入れ体制を整備する。

(1)センター長を置き、その下に運営に関する基本的な方策及び重要な事項を審議するため、運営委員会を設置する。
(2)外部諮問機関を設け研究センターの運営、研究内容等について適宜レビューを受ける。
(3)研究テーマの設定や研究環境の向上、研究成果のあっせん紹介、研究費、人的交流などに関する事柄を扱う研究委員会を設けるとともに、その下に内外の研究コーディネーションを担当する企画調整室を置く。研究委員会委員には学外からの研究者も加え、大学間の連携をより緊密にし、センター活動を全国的に開かれたものとする。
(4)研究部門は、合成、構造物性、生命科学関連の3つの系に、計12の研究グループを設ける。さらに、外部との共同研究を組織し、実施する共同研究部門を設置する。

T−4.研究内容及び部門:
 新しい構造の巨大分子(高分子)の創製とこれらの物質の構造・物性相関の基礎的研究を目的として、次の3つの課題領域を設定する。

(1)完全構造制御高分子創成のための基礎科学
(2)高分子性解明のための基礎科学
(3)生命現象にかかわる高分子の基礎科学

いずれも巨大な鎖状分子が構成する三次元空間の特性を対象としており、多様な高分子一次構造から多様な三次元構造、そしてそれぞれに特徴的な機能を発現する過程の構造と物性の解明を目指している。環境に応じて形態、機能を大きく変えることもあり、変えないこともある。このような巨大分子の凝集系、複雑系の振る舞いを系統的に追求することも課題の内にある。共同研究を積極的に進めることにより、高分子材料の極限までの有効利用と革新的インテリジェント材料の開発が可能になる。また、生命機能を支える重要な要素の一つである高分子の働きを分子レベルで理解しようとする努力は、「化学」の側からの強力な学問的支援として生命科学に寄与する。

 これらの目標を達成すべく中核研究室を中心とした研究部門(共同利用も可能)、国際共同研究・産学協同研究を中心とした共同研究部門を設ける。以下にそれらの内容の概略を示す。

研究部門
 (1)高分子合成部門
    精密合成分野(2研究室)
    機能設計分野(2研究室)
 (2)高分子構造・物性部門
    特性解析分野(2研究室)
    機能物性分野(2研究室)
 (3)生命科学関連部門
    天然高分子関連合成分野(2研究室)
    生体機能分野(2研究室)
 (4)客員研究部門(他大学、研究所との共同研究)

(U)高分子基盤技術研究センター


U−1.設置目的
(1)高度化社会の持続的発展に必要な有機高分子材料を開発すること。
(2)基盤技術の整備により材料開発の効率化を進め、我が国の高分子産業・化学産業の国際競争力を高めること。

U−2.効果
(1)高分子科学・技術が「高分子性」の解明とその利用へ本格的に取り組む段階を迎え、その技術開発の拠点としての役割を果たす。
(2)欧米でも研究体制の見直し、新しい組織化が行われつつあるが、目指すところはほぼ同一である。高分子材料の精密構造制御技術の開発と、生体機能も視野に入れた新しい高分子利用技術の確立である。アジアにおいても目的志向型の基礎研究体制(拠点)の構築が要請されており、本センターはその任を十分に果たすものでなくてはならない。
(3)高分子性の極限的利用による新材料とその構造制御に関する基盤技術は、環境、エネルギー、福祉、情報・通信分野での技術革新の大きな推進力となる。

U−3.研究概要
 高分子の構造制御、すなわちモノマーの連結形態ならびにその集合体構造の制御を基本的原理として、革新的高分子材料を開発するための共通基盤を確立する。すなわち、「高分子性」の極限的利用の視点から、「化学種限定高分子材料」、「循環型高分子材料」、「環境応答型高分子材料」、「極限性能高分子」などの材料技術型課題を縦糸に、「一次構造設計」、「高次構造制御」、「構造・物性解析技術」などの技術要素型課題を横糸とし、それらを統合した基盤技術の体系化を行う。

U−4.研究体制
(1)一次構造制御、高次構造制御、物性・機能制御、プロセス技術の各要素を統合した研究遂行が可能な研究体制を組み、これを機能させるための研究コーディネーターを置く。

(2)外部とのアクセスの容易な場所にセンターを設置することにより、国内外、産官学、学問分野・相互の情報交換・人的交流が容易に可能となる。

U−5.学会・産業界・社会との関係
(1)大学と本センターとが連携しながらそれぞれに「基礎科学」と「基盤技術」を築き、さらに産業界との協力によりその企業化を達成する。このような研究体制の円滑な運営を必要に応じて専門家集団である学会が支える。
(2)このような研究体制により新しい技術を「迅速」に応用につなぎ、基礎科学に裏打ちされた底力のある材料産業の育成を図る。
(3)我が国が欧・米・アジア3極の一つの中心として高分子産業において常に世界をリードする。

(V)その他

 昭和の初期、日本における高分子科学の黎明期には、高分子は新しい繊維材料としての期待を集めて登場した。産業界の強い支援を受けて、この時期には、大阪大学や京都大学には企業からの寄付によって財団法人が設立され、研究の活性化と研究集団の育成が図られた。

(財)繊維科学研究所 (大阪大学内、昭和10年10月1目)
(財)日本化学繊維研究所 (京都大学内、昭和11年8月13日)

太平洋戦争後の高分子工業の勃興の気運に呼応して、昭和26年には東京工業大学にも(財)繊維工業技術振興会 (東京工業大学内、昭和26年4月26日)が設立されている。研究の奨励・助成を目的としたこれら法人の形態は現在でも維持されている。

 時が移り、高分子分野がすでに大きな研究者の集団をもち、産学間の情報や人の行き来が双方向、多面的になった今日、これらの財団は必ずしも設立時と同じ意味合いで運営されている訳ではない。しかしここで学ぶべきは、分散し、割拠した高分子研究者を横断的に組織化して、共同研究を活性化させようとした先達の発想、実行力であろう。前述のように、今後の高分子科学の目的の達成は他分野との共同作業が必須の要件である。この意味で、原点に戻って、今に残る組織の現代化による研究拠点作りも一つの方策であろう。(T)、(U)の提案と合わせ検討すべき課題である。

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.おわりに

 今世紀、高分子産業の成長と高分子化学の基礎研究の進展が相互に作用し合いながらスパイラルに加速、上昇してきた観があった。ここ十数年は、汎用的に用いられる高分子素材の生産は発展途上国に移設され、我が国の高分子産業は徐々に高性能、高機能素材の開発に重点を移してきている。基礎研究に、新しい産業を作り出すさきがけとなることが期待される時代になってきたと云える。一方、自然の営みの中で生体高分子の果たしている役割を見るとき、誰しも高分子化学における新しい展開の可能性を否定し得ない。高分子材料の高機能化、高分子性を高度に利用した化学システムの構築、生命現象における高分子の役割の解明、いずれも高分子性に関するより深い理解なくしては達成できない目標なのである。研究の必要性から考えて、これからも間違い無く社会的に支援されるべき研究分野である。

 しかし、この高分子化学の新世紀への船出は、これまでの高分子研究の単純な延長線上にあるとは思えない。いろいろな専門分野の化(科)学者が協力して、新しい化学システムの構築を試みる中で、高分子も一つの要素として十分にその特徴を活かして機能を果たすという姿が予想されるからである。基礎研究をより深める努力と研究をより効率的に展開することとは必ずしも矛盾することではないが、我が国におけるこれまでの研究組織のあり方には一考を要する点があった。このような認識のもとに進められつつある高分子研究体制構築のための努力がさらに重ねられることを期待する。

謝辞

本報告書の作成にあたって、下記の方々の御協力を得た。ここに感謝する次第である。

岩井泰人(三井東圧機工(株)代表取締役社長)
内田盛也((財)日本学術協力財団理事)
梶山千里(九州大学大学院工学研究科教授)
讃井浩平(上智大学理工学部教授)
中濱精一(東京工業大学大学院理工学研究科教授)
中前勝彦(神戸大学工学部教授)
堀江一之(東京大学大学院工学系研究科教授)

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参考資料

対外報告「高分子科学研究体制の整備・構築について」

高分子研究体制の整備・構築について

「第17期調査報告書」

平成12年2月

日本学術会議
化学研究連絡委員会高分子化学専門委員会
物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門委員会
材料工学研究連絡委員会


目次

まえがき
  −経緯
  −本調査の目的と本報告書の構成
第1章 化学・材料の中の高分子
   1−1 化学の中の高分子
   1−1−1 日本の化学関連学協会中の高分子の位置
   1−1−2 アメリカ化学会に見る会員分布
   1−1−3 CAS論文数で見た化学と高分子の関係
   1−2 材料科学の中の高分子
   1−3 化学産業と高分子基礎研究
第2章 高分子研究の将来展望・・・学問分野での位置と役割
   2−1 これまでの高分子科学
   2−2 これからの高分子科学・・・他分野への波及と連帯
第3章 これからの学術研究とその体制のあり方

   3−1 21世紀への展望・・・学問の発展とその社会的役割
   3−2 研究の効率化と共同研究の必要性
   3−3 新しい研究体制の必要性
   3−3−1 研究組織の再構築
   3−3−2 戦略的基礎研究
第4章 整備・構築への道筋(戦略)
   4−1 具体的組織提案
   4−1−1 大学を中心としたネットワーク構築
   4−1−2 産業技術のための高分子基盤技術研究センター構想
   4−2 研究内容・目標の提案
   4−3 その他
   4−4 まとめ
第5章 結言

資料

あとがき


まえがき

−経緯

 第16期日本学術会議の化学研究連絡委貝会と材料工学研究連絡委員会において、それぞれ関連の専門委員会から、”高分子の科学・技術の今世紀における進展と現状”(「高分子科学の研究動向と将来展望」平成8年1月)、“来世紀への展望”(「高分子科学−明日への胎動」平成8年11月)に関する調査報告書が提出され、2年余にわたって審議が行われた。井口化学研究連絡委員長、本多材料工学研究連絡委員長の指導の下で、「高分子科学研究の推進について」と題する両研連名の対外報告書がまとまり、平成9年6月20日の日本学術会議運営審議会の承認を経て公表された。報告書冒頭には、運営審議会で取り上げられた主要事項が記載されている:

1.「高分子科学の重要性」に関する審議事項
a)高分子材料研究の挑戦課題−今後の技術革新を支える新しい分子構造を持つ素材の研究
b)基礎科学における高分子研究の課題−情報機能高分子への展開
 生物学、特に構造生物学と高分子科学には、課題や方法論に共通する部分も多く、今後ますます交流が深まり、新しい分野が開かれていくものと考えられる。
c)高分子科学の学際性、国際性
 高分子に関する化学の進展は化学の中だけにとどまらず、物理学、生物学などの分野ともますます重要な結び付きを生むであろう。国際共同研究の場を用意することによって、国家間で起こりがちな戦略的研究テーマの重複を避け、日本全体の高分子基礎研究の効率化が図られる。

2.「高分子科学研究体制強化の必要性」に関わる審議事項
a)国際的な先端研としての機能を持つ機関の必要性
b)物理・化学・生物など広領域にわたる高分子性を総合的に研究する場
c)学産協同研究の場

この報告書は、「高分子科学の研究が日、米、欧を中心に新しい時代に入りつつあると云う認識の下に、今後運営効率のよい新しい形の基礎研究機関構想が具体的に提案されることを期待する。」と締め括られている。

 これを受けて、第17期においては化学研究連絡委員会の中に「高分子科学基礎研究体制検討小委員会」の設置が認められる一方、第5部においては物質創製工学研究連絡委員会に属する「有機材料専門委員会」で引き続き高分子科学基礎研究体制の検討を行うことが合意された。また日本学術会議におけるこのような体制を補完するために、関連分野の研究者の多くが集う高分子学会に「高分子基礎研究所準備委員会」が設置され、高分子科学における基礎研究とは何かと云う原点に戻った議論から始めて、高分子科学・技術を内側から展望するばかりではなく、学際的な立場からの云わば外部評価、海外の高分子研究動向の定量的な分析など地道な議論、調査を行ってきた。諸委員会で行った主な活動の経過については、本文中の表1にまとめて示した。さまざまなレベルで集められた意見を各委員会において集約し、数次の議論を経て「化学と材料の接点に位置付けられる高分子研究をより効率的に進める必要があり、そのためには何らかの研究機構の設立が急務である。」との認識に到達している。一方、昨今の省庁再編、それに伴う研究機関の独立行政法人化と云う待ったなしの課題に対して、高分子科学・技術の将来展望を我々が自信をもって語らねばならないと云う現実もある。未だ検討中の事項も多いが、一先ずこの2年間における諸委員会の活動結果のまとめを化学研究連絡委員会、物質創製工学研究連絡委員会ならびに材料工学研究連絡委員会に提出して、構想の是非について批判を仰ぐべきであると考えた。

−本調査の目的と報告書の構成

 高分子に「材料」が付けば高分子材料(polymer materials)となり、「化学」または「科学」が付けば、それぞれ高分子化学(polymer chemistry)、高分子科学(polymer science)になる。いずれも古くから使われており、意義を差しはさむ人はいない。高分子と云う語の便利さであると同時に、あいまいさの原因でもある。前者には、高分子量化合物の示す化学的・物理的性質の利用を目的とし、構造を分子のレベルにまで掘り下げることのない云わば巨視的な材料研究と、分子または分子集合体の構造を化学的または物理的な手段で変えることによってより有用な材料を創出しようとする研究が共存している。当然のことながら材料研究の産物である体系化された知識は、化学と云う学問の重要な一部分である。材料と化学は縦糸と横糸の関係にあり、高分子研究者の多くは時に材料の研究者であり、時に化学の研究者でもある。

 一方、高分子化学(科学)も人によっていろいろ解釈が異なる。高分子化学とは、高分子量分子に関する知識体系の構築であると単純化してしまえば分り易いが、必ずしも当を得ていない。高分子化学(科学)は「高分子らしさ」(高分子性)をキーワードとする(科学)の一分野と定義するのが最も現実に近いと思われる。「高分子らしさ」は必ずしも高分子量まで行かなくても、分子に一定の異方性があれば広く観察される現象である。例えば、与えられた環境下で、分子内相互作用と分子間相互作用のバランスで分子の形態が決まることは低分子とみなされている系でもよく起こることである。従って、ミセル、二分子膜などの論文は、高分子の学術雑誌にもよく掲載されている。この点で、高分子と云う名称が実体にそぐわない場合が生じてくる。このような広がりをもった高分子研究・材料の実体を研究者の数、論文数、材料の分類などを手掛かりに数量的に把握しようとしたのが第1章である。

 高分子科学の歴史を年表でみると明らかなように、天然高分子と合成高分子の間には何の区別もない。しかしながら、高分子量物質が共通にもつ「高分子らしさ」の追求と云う点では、天然高分子よりも合成高分子の方が構造が単純で、実験に供する試料の調製も容易であることから、高分子の物理化学的研究は合成材料の導入によって急速に進んだ。高分子の基礎研究に関しては、天然の高分子を構造解析して学ぶよりは、合成高分子の研究によって得た知識の蓄積、研究手法を前者の研究に利用することが多かった。高分子産業が急速に勃興したのは、天然繊維、紙などを中心とする高分子材料がすでに人類の活動に密着して利用されており、高分子らしさを容易に市場に結び付けることができたのが一因であろう。かくして、天然素材の性能を超える合成高分子がどしどし市場に投入され、20世紀の先進国の生活様式に大きな変革をもたらした。一部、金属、セラミックスなどの市場にも代替品として領域を広げた。産業の要請によって高分子の基礎研究が加速されたことは云うまでもない。しかしながら今後は、環境、資源、エネルギー問題などとも関連して、材料の高機能化、高性能化に対する要求は益々強まる一方で、高分子産業にはかつてのような成長が約束されている訳ではない。当然、研究体制の効率化が急務となる。

 先にも述べたように、高分子化学(科学)の全てが材料ではない。ここ半世紀の間に、生物の生命現象、生体機能に関連して、DNA、ポリペプチド、多糖鎖などの鎖状分子の役割が極めて大切であることが分かってきた。これら生体分子の高い機能性は単量体残基の配列と水素結合を含む分子内、分子間相互作用の見事な制御にある。このことは、有機合成化学の延長上に、生体高分子と同じ位に高い機能性を持つ高分子の世界が構築される可能性を示唆している。

 「高分子らしさ」の理解、高分子物質の取り扱いがここまで進んできたことを踏まえて、高分子化学(科学)の基礎研究は新しい時代に入りつつある。第2章では、生物、物理、産業などとの関わり合いを中心に高分子基礎研究の将来展望をまとめた。


 このところ化学自体が大きく変貌する中で、高分子化学も急速に変化しつつある。化合物が増え、研究手段が多岐にわたり、研究者が増えてきた結果、各人の専門性は深まり、化学の領域全体を見渡すことが次第に困難になってきた。このような中で、長年高分子の研究者であった我々が、高分子分野の重要性を強調しているために真の理解が得られにくい面があるが、高分子化学(科学)が今後目指す方向の一つは分子論としての高分子、高分子を一要素として含む化学システムの構築であり、これまでの高分子研究者のみで達成できる目標ではない。初期の高分子化学(科学)の確立がそうであったように、今後期待される高分子科学の画期的な発展には、異分野の研究者との血の混じり合いが是非とも必要である。高分子の研究者が必要に応じて低分子の研究をすることはこれまでも当然であったが、今後は低分子の研究者の興味を如何に惹き付けるかと云うことにも意を注がねばならない。もし何らかの高分子基礎研究体制が実現したとすれば、それは化学全体の研究体制の立体化の一環として位置付けられなければならない。第3章では、「これからの学術研究とその体制のあり方」と題して、最近の我が国における研究体制に関する議論のうち、高分子基礎研究体制の提案の参考に供すべきものを資料として収録した。

 第4章では、ここ2年間に行った各種委員会の活動のまとめと、省庁などとの話し合いの中でいわば叩き台として提示した高分子基礎研究体制(試案)を掲載した。国内の状況から、新しい国立研究所の設立は益々困難になりつつあると云われているが、一方で、我が国にはこれまで一元化された研究所行政(設立、運営、改廃のルール)がなかったことも事実である。具体的に何が、何故必要なのか、そしてその先に何が見えるのかを主張して一歩まえに出なければ、何の展望も開けないであろう。我々の目的は、化学の重要な分野における研究の効率化の必要性を指摘し、理解を深めることにある。高分子分野のためだけに主張している訳ではない。今後化学全体の研究体制の議論にも一石を投ずることになれば幸いである。

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第17期日本学術会議化学研究連絡委員会高分子化学専門委員会、物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門委員会、材料工学研究連絡委員会として本調査報告書に関わった委員、およびその他に本報告書の作成にご協力いただいた方々は下記の通りである。

蒲池幹治(高分子化学専門委員会委員長、福井工業大学工学部教授)
瓜生敏之(帝京科学大学理工学部教授)
国武豊喜(理化学研究所フロンティア研究グループディレクター)
小林四郎(京都大学大学院工学研究科教授)
野瀬卓平(東京工業大学大学院理工学研究科教授)
西 敏夫(東京大学大学院工学系研究科教授)
西島安則(京都芸術大学長)
畑田耕一(福井工業大学工学部教授)
宮田清蔵(有機材料専門委員会委員長、
     東京農工大学大学院生物システム応用科学研究科科長・教授)
浅井道彦(工業技術院物質工学工業技術研究所高分子化学部部長)
遠藤 剛(東京工業大学資源化学研究所所長・教授)
菊谷信三(京都大学化学研究所教授)
雀部博之(千歳技術科学大学光科学部教授)
辻田義治(名古屋工業大学工学部教授)
安部明廣(材料工学研究委員会委員長、
     高分子科学基礎研究体制検討小委員会委員長、
     東京工芸大学工学部教授)
安藤 勲(東京工業大学大学院理工学研究科教授)
岩井泰人(三井化学エンジニアリング(株)代表取締役社長)
内田盛也((財)日本学術協力財団理事)
梶山千里(九州大学大学院工学研究科教授)
讃井浩平(上智大学理工学部教授)
中濱精一(東京工業大学大学院理工学研究科教授)
中前勝彦(神戸大学工学部教授)
堀江一之(東京大学大学院工学系研究科教授)


第1章 化学・材料の中の高分子

 化学とは何か。化学をその構成要素で正確に分類、記述することは難しい(例えば、「化学の将来構想に関する調査研究」、化研連将来構想小委員会報告)。IUPAC(国際純正応用化学連合)の分科会構成が一つの参考になるのではないかと考えて、これを中央に配置し、上下のディスクに生物と物理を置いて見たのが図1−1である。化研連の専門委員会構成はもともとIUPACの分類を手本に決

図1‐1 科学-IUPACの分科会構成


められた経緯があるが、ここ数年間のIUPACの分科会再編に伴い現在は多少対応が崩れている。ここで高分子分野に単独の分科会が与えられているのは、高分子材料に関わる諸課題に加えて、化学の中にあって生物、物理の一部とも強い関わりをもつ「高分子性」を中心とする学問の体系化を支援するためである。すなわち、化学と材料の両面における重要性を認識して、高分子分科会が成立しているのである。

 IUPACを財政的に支える国内対応組織は各国一つ(日本では、化研連)であるが、各分科会の活動はそれぞれの分野からの人的な貢献(大多数はボランティア)で支えられている、従って、IUPAC加盟国と分科会活動に関与している国名のリストは必ずしも一致しない。IUPAC高分子分科会では、日本の高分子学会が事務局となって、World Polymer Organizationsと題する冊子で学協会組織の国別データを集録している。この中から、各国の学協会会員数をいくつかの地域ごとに集計して見たのが、図1−2である。国によって学協会、惹いては会員の基準も異なるが、凡その分布を与えるものとして

図1‐2 世界の高分子学協会の地域別分布


は有効であろう。ここで目につくのは、アジア地域の研究者・技術者数が世界の過半を占めていることである。今後益々、汎用高分子材料の供給拠点がアジア発展途上国に移転されて行くであろうことを考える時、この傾向はさらに強まるものと思われる。日本の高分子研究者への国際的期待は、アジアにおける高分子材料研究の発展を側面から支援する役割と、アジアの先頭に立って、高分子科学の研究に新しい領域を開いて行く努力であろう。

 以下、より具体的に、日本学術会議、アメリカ化学会のデータによる研究者分布、CASに見られる分野別論文数の比較などを行った結果について述べる。

1−1 化学の中の高分子

1−1−1 日本の化学関連学協会中の高分子の位置

 日本学術会議第4部(理学)化研連の関連学協会の登録会員数の分布を図1−3に円グラフで示す。学会総数は22、会員数合計は70,196名であるが、簡略化のため会員数が1,000名に満たない場合には一括してその他に含めた。なお、この統計の数字は日本学術会議第4部(理学)についてであるが、登録学協会には理学、工学と云う区別はなく、従って会員は基礎化学から応用化学まで多岐にわたっ

図1‐3 日本学術会議・化研速関連学会の登録会員数の分布


ている。図1−3にも明らかなように、日本における最大の化学者の集まりは日本化学会であるが、分科会制を採っていないため、分野ごとの会員分布は明らかではない。専門分野が独自の学協会をもって活動している場合については性格付けがはっきりしているので、分野別の趨勢を見るためには一応有効であろう。高分子学会の登録会員数は13,000名程であるが、諸学協会の年次大会における研究発表の内容にまで立ち入って調べてみると、高分子学会と多くの他学協会との間には広い学際領域が存在することが分かる。

1−1−2 アメリカ化学会に見る会員分布

 アメリカ化学会は世界最大、約16万人の会員を擁し、分科会制(division)を採用している。分科会の数は30以上にのぼり、必要に応じて互いに連携して活動を行っている。アメリカ化学会会員総数(ACS Members)と分科会に属する会員の全数(Division Members)の経年変化を図1−4に示す。経済界の景気に左右されることなく着実に会員数が増加しているのは、学会が職能集団としての性格を強くもっていることによるものであろう。

図1−5に、会員の分科会分布(1997年)を示す。高分子に直接関連のある分科会には、Polymer Chemistry(PM:分科会会員総数に占める比率7.2%)、Polymeric Materials Science & Engineering(PMSE:5.9%)、Rubber(RB:4.2%)などがある。PM分科会が、アメリカ化学会の中でも独自の運営形態を取り、大きな自由度をもって活発に活動していることはよく知られている。これは、この分科会が化学と材料の両面の性格を強く有すると云う特殊性によるのであろう。アメリカ化学会における研究発表の分野別分類の一例(1998年3月〜4月、Dallas)を図1−6に示す。高分子関連分野からの発表が全体の1/5程度を占めている。アメリカ化学会では複数分科会の共催によるシンポジウムも頻繁に企画されるので、本図における分科会ごとの線引きはあまり明確なものではない。

図1‐4 アメリカ化学会会員総数と分科会会員全数の経年変化



図1‐5 アメリカ化学会分科会会員の分布



図1‐6 アメリカ化学会における分野別発表件数


1−1−3 CAS論文数で見た化学と高分子の関係

 まず日本の高分子研究の位置付けを明確にするため日本の高分子研究者の研究論文数の推移をアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ソ連(ロシア)と比較する。1980年から1998年までのCAS(Chemical Abstract Service)により「polymer」「macromol*」および「poly*」をキーワードとして重複を除いて検索した結果に基づき、それを高分子研究論文数として日本を含む上記6ヶ国について年に対してプロットしたのが図1−7である。日本の発表論文数は1980年以来アメリカを抜いて圧倒的に多いことがわかる。発表論文数の増加率は日本はアメリカに比べても大きく、年と共にその発表論文数の差は大きくなり1998年を見ると5,000報ほど多い。イギリス、ドイツ、フランスの発表論文数の増加率はあまり伸びていないことがわかる。ソ連(ロシア)の場合は年とともに減少している。これらの結果から世界における日本の高分子研究の位置が極めて高いことがわかる。

 それではこの高分子研究論文数が化学全般の研究論文数のうちどの程度の割合を占めるのかを調べてみる。まず、主要6ヶ国の化学全般の論文数をCASの「化学」で検索しその推移を図1−8に示した。化学の論文数は着実に増加している。国別にみて比較すると、1980年ではアメリカが一番発表論文数が多く、次いでソ連(ロシア)が多い。しかし、年とともに日本の発表論文数は大きく増加し、ソ連(ロシア)を抜いて2位となり、アメリカに近づいている。アメリカと日本はともにその数において他国を大きく抜いている。各国の化学全般論文数に対する高分子論文数の割合の年に対する推移を図1−9に示した。全体としてのこの割合は約15%と高く、年とともに微増している。また日本が他国に比較して極めて高いことを示している。

 これらのことはすでに調査報告書「高分子科学の研究動向と将来展望」(平成8年1月)で述べられたものと同じ傾向を示す結果である。しかし、ここで改めて指摘したいことは、化学の中での高分子は化学の発展とともにあり化学の中で確固たる位置を占めてきていることである。


図1‐7 主要6ヶ国の高分子研究論文数(CASによる)



図1‐8 主要6ヶ国の化学全般の論文数の推移(CASによる)



図1‐9 主要6ヶ国における、化学全般の論文数に対する高分子研究論文数の比の推移


1−2 材料科学の中の高分子

 前節と同様に、材料研究に占める高分子の割合を知る手掛かりとして、日本学術会議第5部(工学)材研連の登録学協会の会員数分布を図1−10に示す。学協会数43、会員総数105,243名である。会員数2,000名以下の場合はその他に含めた。先にも述べたように、第4部(理学)化研連と第5部(工学)材研連の関連学協会にはかなりの重複がある。このことをより明確にするために、図1−3と図1−10とを加え合わせ、重複をなくして、図1−11を作成した。これら3つの図の間にはあまり大きな差異は見られない。このことは近年大学内で、理学系化学と工学系応用化学の研究内容にほとんど差がなくなってきていると云う我々の実感とも一致する。

 高分子については、産業分野で実施されている工学的研究は膨大な量に上るが、論文という形で高分子の学術誌に報告されるのは極く僅かである。1−1−3節で取り上げた高分子関連の研究論文の大部分は高分子化学に属するものである。材料工学分野における知識体系の構築、すなわちデータの収集、分類、利用は、データベースの在り方とも関連して今後の課題とされている。

 多くの国で、化学系材料工学と金属工学は学会を異にすることが多い。我が国の場合について、両者の比較を行って見た。日本学術会議第5部金属工学研究連絡委員会(金研連)の関連学協会は18、会員総数は53,207名である。金研連と材研連の間にはほとんど学協会の重複はない。両研連のデータ

図1‐10 日本学術会議・材研関連学協会の登録会員数の分布


図1‐11 (科研連+材研連)関連学協会の登録会員数の分布


を足して1つの分布図としたのが、図1−12である。会員数の比率は、ほぼ金研連が113、材研連が2/3となっている。

 この他、日本学術会議第5部化学工学研究連絡委員会には12の学協会、21,537名が属している。この内、5学協会、9,523名が材研連と重複している。高分子とは極めて関連の深い研連であるが、本調査の目的からやや外れると思われるので、立ち入った解析は行わない。


図1‐12 日本学術会議・(金研連+材研連)関連学協会の登録会員数の分布


1−3 化学産業と高分子基礎研究

 化学工業における高分子関連産業の割合は、化学工業統計(通産省)を参考に、出荷額ベースでおよそ30%と推定される。この中には、プラスチック、合成ゴム、合成繊維、塗料、油脂、洗剤、接着剤などが含まれる。研究の現状は、これら汎用製品の高性能化と並んで、精密合成、高次構造制御、材料の複合化などさまざまな方法で次世代高分子材料の開発への努力が払われている。需要が期待されている産業分野と開発目標を示した模式図「先端高分子材料のニューフロンティア」を「高分子科学の研究動向と将来展望」から引用する(図1−13)。


図1‐13 先端高分子材料のニューフロンティア


 上図に含まれる用途を中期目標とすれば、高分子研究はさらに環境、エネルギー、情報・通信、保健・医療などの分野における長期目標に対しても期待に応えねばならない。勿論、これらの目標は高分子のみで達成できるものではない。今後求められるのは、素材・材料開発を超えて、機能的な化学システムの組み立てであり、そのための新しい研究手法の展開が必要である。高分子物質のより徹底した理解と、化学内外の他分野との協力を効率よく進めなくてはならない。高分子基礎研究者の役割と目標を模式的に描いた図「複雑系への挑戦」を次に示す。研究対象のみならず、研究体制の面でも「複雑系の化学への挑戦」が始まるわけである。このためには、タイミングのよいテーマ設定と、適切な共同研究体制の構築、柔軟な運営が必要条件であると思われる。縦型社会と云われる日本で、横型の研究コーディネーターが求められつつあるのかも知れない。


図1‐14 複雑系への挑戦



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第2章 高分子研究の将来展望……学問分野での位置と役割

2−1 これまでの高分子科学


 高分子科学の歴史を年表でみると、高分子科学が誕生して3/4世紀以上を経てその間多くの科学としての進歩を重ねてきたことが分かる。(資料_1 「高分子科学の歴史年表」参照。)それと同時に気づくことは、先に指摘したように天然高分子と合成高分子の間には何の区別もない。しかしながら、高分子量物質が共通にもつ「高分子らしさ」の追求と云う点では、天然高分子よりも合成高分子の方が構造が単純で、実験に供する試料の調製も容易であることから、高分子の物理化学的研究は合成材料の導入によって急速に進んだ。

 とは言え、高分子科学が誕生する以前から我々の身近に存在した生体由来の高分子物質に関する理解の程度は未だ決して満足のゆく状態ではない。生体を構成している高分子についての理解は、基本的な問題さえ未解決のまゝの段階で留まっている。いずれ、分子生物学と高分子科学が協調して新しい分野に挑戦する時がくるであろう。学問を「正しい知識体系を築く作業」であるとすれば、高分子科学に関しては道は未だ半ばにも達してはいないのである。したがって、むしろ基礎科学としての高分子科学はこれからであり、その重要性がますます増加し、新しい分野としてその発展が期待される。

 一方、材料の側からみると、天然素材の性能を超える合成高分子がどしどし市場に投入され、高分子材料は今やなくてはならない構造材料として広く用いられるようになり、20世紀の先進国の生活様式に大きな変革をもたらした。一部、金属、セラミックスなどの市場にも代替品として領域を広げた。さらに構造材料にとどまらず、むしろ「高分子らしさ」をより活かした機能材料−外部からの刺激に対して、選択的或いは特異的に応答するソフトな材料−としても先端技術を含む広範な分野で高度利用されている。今後さらに、高度情報化社会の構築、高齢化社会での健康・医療の問題、エネルギー・地球環境問題など様々な課題を抱えている社会の要請に応える技術革新を支える素材として、多様な応用面をもつ機能性高分子材料に対する期待は大きい。


2−2 これからの高分子科学・・・他分野への波及と連帯

 前節で述べてきたように高分子科学の基礎科学としての重要性が高分子の側から見えてくる。これを他の周辺分野の発展の中で俯瞰したときはどう位置づけられるのであろうか。

 化学、生物、物理、材料科学の発展を非常に大ざっぱに見たとき、図2−1に模式的に示したように、複雑系の化学・物理、生命体の物質としての理解、ソフトマテリアル科学など様々な側面・関連分野からみても高分子科学への期待が見えてくるように思われる。すなわちそこに化学の中でのそして関連分野との関係の中に「新たな段階を迎えた高分子基礎科学」があるように思われる。

図2‐1 新たな段階を迎えた高分子基礎科学


 このような背景から日本学術会議50周年記念連続講演会「21世紀の高分子基礎科学を探る」を4回に亘って開催し、討論を行った。準備は日本学術会議の物質創製工学研究連絡委員会(有機材料専門委員会)、材料工学研究連絡委員会、化学研究連絡委員会(高分子化学専門委員会)と高分子学会の4者が担当した。

 連続講演会の各回の趣旨、タイトルを以下に示す。「高分子らしさ」を共有する研究分野の存在と
これからの連携・協調が期待されることが分かる。

日本学術会議50周年記念連続講演会「21世紀の高分子基礎科学を探る」

第1回 高分子科学の将来展望−物理学からみた高分子

<趣旨>「高分子性」の本質はその振る舞いの多様性にある。それは系の複雑性に他ならない。従って、その複雑性の本質解明こそが「高分子性」の真の解明につながる。近年、高分子のもつ複雑性がようやく「科学」の研究対象として射程距離に入ってきた感が強くなってきた。このような新しい段階を迎えつつある高分子科学にとって、物理学からのアプローチが欠かせないものとなってきた。同時に物性物理学の新しい分野の展開をも期待させる。本講演会では、このような背景のもとに、現在、高分子科学との接点をもって物理の分野でご活躍の研究者にご自身の研究とその問題意識について語っていただき、それを通して物理学と高分子科学のかかわりについて、その将来展望と高分子物理への期待を述べていただく。

(東京工業大学 百年記念館 3月19日)
1)高分子メソフェイズのダイナミックス(太田隆夫)
2)高分子系(鎖)とスピングラス、電荷密度波系のダイナミックス(高山 一)
3)小さいスケールでのモード結合および動的密度汎関数理論(川崎恭治)
4)高分子系のシミュレーション技術の展望(土井正男)
5)高分子ゲルと生命機能(田中豊一)

第2回 生命科学と高分子−ペプチド研究からみた高分子

<趣旨> 生命科学、中でもタンパク質科学に携わっている研究者は、果たしてどこまで高分子の「鎖」としての認識を抱いているであろうか? タンパク質は分子量が均一で、みごとな単結晶を与える。分子量から見ると明らかにタンパク質は高分子物質であるが、果たして、本当にタンパク質分子と合成高分子とを共通した目で眺めているであろうか? 21世紀における生命科学の中心の一つであるタンパク質ならびに多糖類科学は、これまでに合成高分子で培われてきた様々の概念が積極的に導入されていくものと考えられる。逆に、合成高分子科学もタンパク質科学での知識を大いに吸収、利用する必要がある。生命科学と高分子科学。将来、学問体系としての両科学の境界は自然消滅していってもおかしくはない。本講演会では、各分野でご活躍の研究者に、生命科学と高分子のかかわりについて、その将来像を展望していただく。

(大阪大学 コンベンションセンター 4月23日)
1)タンパク質の立体構造と機能:巨大複合タンパク質の構造生物学(月原冨武)
2)糖鎖とタンパク質の総合組織としての生命機構(西村紳一郎)
3)進化とタンパク質の改質(大島泰郎)
4)タンパク質の溶液中の構造とゆらぎ運動(京極好正)
5)タンパク質の構造構築原理と設計(中村春木)
6)生命現象の総合的理解と高分子科学(倉光成紀)

第3回 企業は高分子の基礎研究に何を期待するか−企業からの要望

<趣旨> 今回は企業における研究開発の責任者の方々に高分子基礎研究の在り方および望むものについてお話しいただくとともにパネルディスカッションを企画しています。

(日本学術会議講堂 5月14日)
1)21st Century's Tire and Rubber Technologies to Cope with the Environmental Problem(平川 弘)
2)総合化学工業(高瀬 勉)
3)繊維工業(岡本三宜)
4)自動車工業(倉内紀雄)
5)電子・情報関連材料工業(瀬田重敏)

第4回 DNAの機能を生かした高分子研究−DNAにおける高分子性の発現


<趣旨> 生物は、その機能の多くを核酸、タンパク質、糖、脂質などの生体高分子に頼っている。しかも、これらの分子の合成、分解、修飾を生物の時間軸にあわせたキネティックスで行うなめに、多くの場合、酵素が重要な役割を果たす。

 一方、アミノ酸の例を出すまでもなく、生物が用いる高分子の種類は限られており、少ない種類の高分子により行われる生体反応は、分子サイズ、反応エネルギー、空間的自由度などについて大きな制約を受けている。それらの制約を克服して生物が必要とするスタンダードにあった生体高分子反応を行うために、生物は長い進化の歴史の間に驚くべき精緻さとメカニスティックな工夫を遂げた。本講演会では、さまざまな分野で活躍されている生化学・分子生物学・構造生物学の専門家の先生に最近の分子・原子レベルで明らかにされつつある生体高分子反応の秘密をやさしくお話しいただき、生体高分子反応から展望した21世紀の高分子化学の将来を探る。

(日本学術会議講堂 6月25日)
1)最も起源が古い逆転写酵素テロメレース(石川冬木)
2)DNA合成の開始と修復(花岡文雄)
3)生体のDNA合成はなぜprocessiveか(釣本敏樹)
4)リボザイムの反応機構とその応用(多比良和誠)
5)蛋白質翻訳とコドン(松藤千弥)
6)DNAに作用する酵素のX線構造解析(森川耿右)

高分子科学と生命科学との関わり

 いろいろな他分野との連携において、最も期待されかつすでに始まっている分野は生物・生命科学である。統計データとして定量的にそのことを見るのは易しくないが、そのひとつとして、高分子研究論文の中に占めるバイオ関連論文数の割合とその推移を図2−2示した。すなわち、前章と同様にして、高分子研究の中で“バイオ”に関係している発表論文が何%ぐらい占めているかを、主要6ヶ国についてCASで検索してみた結果を年に対して図2−2にプロットした。バイオ関連の論文が年々増加し、21世紀はバイオ関連の高分子研究が一定の重要分野として位置付けられることが予想される。なお、日本では全高分子論文数が多いこともあるが、ソ連(ロシア)を除いてアメリカなどに比べてバイオに関連した高分子研究が低いことを示している。日本はこの点を意識して高分子研究を進める必要があるかもしれない。

図2‐2 高分子研究論文の中に占めるバイオ関連論分数の割合


今後、高分子科学と生物・生命科学との連携と協調が相互の発展に必須のものとなることことは多くが予想するところである。この点に関し、上記連続講演会の第2回「生命科学と高分子−ペプチド研究からみた高分子」を企画担当した田代孝二氏(大阪大学教授)がその講演会に寄せた一文の一部を引用する。

 生命とは何か? 医学者の多田富雄は、その著「生命の意味論」(新潮社、1997年)の中で、生命組織の創生過程について極めて興味深い論述をしている。・・・(略)・・・。

 従来の生物学や医学では、特定遺伝子によって、何歳でどのような病気になるかまで生まれ出ずる前から予知できるなど、あまりにも決定論的な部分のみを強調しすぎてきたが、生命はもっと「あいまいな」もので、外部刺激による「偶然性」と遺伝子によって支配されている「必然性」との微妙なバランスの上にのっていると多田氏は述べ、生命をつかさどるシステムをスーパーシステムと命名した。高分子一般について、その組織構造および物性・機能を考えたとき、生命と同様の挙動をしていることに気づく。複雑にからんだ様々の分子鎖の複雑な運動の結果としての凝集構造の発生、しかしそれは決して単純ではなく、微妙な外部条件の変化に伴い極めて多彩な構造を呈する。そしてそれに応じて性質や機能も千差万別の変調を示す。等々、高分子もまさしく複雑系以外の何ものでもない。上述の自己多様化、自己組織化などの言葉はそのまま当てはまるように思われる。その意味からすると、タンパク質、核酸など高分子の集合組織体としての生命の科学と高分子科学が極めて近しい関係にあることは容易に想像される。

 21世紀は生命科学の世紀であると言われる。高分子科学が、生命科学とどのように関わっていくのか?互いに融合するのか?協調するのか?現在のままで平行に進むのか?その問いに明解な答えを与えることは事実上不可能である。平成11年4月23日、大阪大学において、日本学術会議ならびに高分子学会主催の連続講演会「21世紀の高分子基礎科学を探る」の第2弾として講演会「生命科学と高分子」が開催されたが、その講演内容から何らかのイメージを抽出することで上記の難題に対する示唆でも得られればと思う。

 ここでは、その講演内容を要約し、その都度、高分子科学との関わりを考えていくことにする。・・・(略)

 このように、様々の生物学者が生物学と高分子科学との接点についてそれぞれの考え方を披露してくれたが、上でコメントを入れさせていただいたように、我々、高分子学者が合成高分子や生体高分子に抱いている概念や知見が、非常にうまく、生物学者が現在問題視している様々のテーマについて適用していくことができると思われる。溶液中における分子鎖の形態や運動性、分子鎖の凝集状態における立体構造と物性との関わり、分子鎖の化学構造の修飾と立体構造発現との関わり、さらには分子鎖の揺らぎ運動と機能性との関わり、等々、長年にわたって蓄積されてきた高分子に関する膨大な知見が直接利用できるはずである。多種多様のアミノ酸残基が配列しているタンパク質分子鎖の挙動は合成高分子のそれとは相当に異なっていることは当然のことであるが、十分に「道具」は調っていると考えることはできる。しかし、である。

逆に、生物学者がタンパク質など高分子に抱いているイメージは、一般的に言って、高分子学者が抱いているそれとは大きく異なっているのも事実であろう。現に、分子生物学の教科書をひも解いても、鎖のイメージとしての記述はせいぜい序論か第1章のタンパク質分子についての項目でなされているのみで、ほとんどは分子鎖の機能に関する部分を強調した書き方になっている。高分子が高分子たる所以は、鎖全体としての大きな形態変化、モノマー同士の協同的な運動、鎖同士の絡み合い、など、すべて「鎖」の挙動にある。タンパク質の「鎖」全体としての性質、運動性などが、より大きな組織体の構造、運動、性質にどう反映され、究極的に生命機能とどのように密接に関わっているのか、ミクロからマクロまでに及ぶ解明は今後の問題であろうが、高分子学者の持っている「鎖」の概念が21世紀の生物学に大きく貢献すると期待することは無茶であろうか? 高分子学者と生物学者の協力が必須であることは論を待たない。

 高分子研究そのものについても同様のことは言える。合成高分子を大部分扱ってきた高分子研究者が、複雑系である高分子材料について解明し尽くしたとはとても言えないことは事実である。分子量の分布に基づく構造のあいまいさ、凝集系としての複雑さ、ミクロな構造とバルクな構造との関わり、さらには物性との関わり、等々、未解決問題は山積みされている。これら数多くの難問の解決には、物理学、化学、数学などの分野の研究者との協力が必要である。基礎学問の立場から、様々の境界を越えたより一層の共同研究が絶対に望まれる。これら、高分子科学における難問の解決は高分子の研究分野のさらなる発展につながるだけではなく、上で論じたように、21世紀の生物学、生命科学における高分子科学の貢献度を一層高くせしめるはずである。

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第3章 これからの学術研究とその体制のあり方

3−1 21世紀への展望……学問の発展とその社会的役割

 最近の「化学と工業」の「時評」(52,105(1999))に井口洋夫氏は「化学物質が世界を支える」と題した一文を寄せられている。氏はその中で図3−1のようなグラフを示して、化学物質標本の数の年を追っての急激な増加と指摘された上で、これからの物質を対象とする化学の研究において「化学物質標本の選択」の重要性を訴えている。すなわち、個々の化学者が取り扱う化学物質の種類は相変わらず僅かであるのだから、「研究の焦点を絞り、きびしい選択によって世界を変える物質の創製が求められる」、と述べている。さらに、化学物質がときには世界を混乱させることに言及して「化学を専攻するものは、学問と社会との関係を注意深く学んで、いつまでも化学物質が世界を支える時代を守りたい。」と結んでいる。

図3‐1 化学物質標本数の推移


 この化学物質標本数の急増は、その一次構造の多様性が特徴である高分子物質においては格段に増幅されて現れていると思われる。そして、「化学物質標本の選択の重要性」に象徴される井口氏の指摘は、複雑系へと進む物質科学への示唆に富むメッセージとなっている。その指摘はまた、今後の化学研究における研究や研究体制の在り方において、(よい意味での)より効率的、より目標設定形型の研究を指向する必要性を強く示唆している。

 このことは、近年、科学・技術研究一般について、共同研究、 「知」の結集、そして戦略的研究などのキーワードで語られるこれからの研究の在り方・研究体制の議論と同一線上にあるものと言える。

 各種関連機関などから最近出されている、これからの科学・技術研究およびその研究体制に対する議論の報告のなかで、化学・高分子科学の研究体制・研究所構築に参考となるものとして以下のようなものが挙げられる。

(1)夢と戦略のある研究開発システムをめざして − 世界に通用するマネジメントと新たな中核的研究所群の形成 研究開発システム検討会報告書(委員長:西島安則) (1998,Oct.)
(2)我が国の学術体制を巡って−戦略研究と高度研究体制− (日本学術会議会長 伊藤正男)
(3)第5部報告「21世紀を展望した国立試験研究機関の在り方について」 (平成11年4月12日)
(4)通産省資料「産業技術戦略の検討経過と今後の検討の方向」 (1999,June)

上記「(1)夢と戦略のある研究開発システムをめざして」の中に見られる研究体制の在り方についてキーワード的に以下に挙げてみた。
    =ブレークスルーは研究だけでなく、マネージメントや制度改革においても目指すべき目標である。
    =スピードと国際競争力が必要  国際的評価を前提とした研究活動
    =世界に通用するマネジメント
         *人中心のトータルマネージメント
         *リーダーシップの強化(権限と責任の明確化)
         *研究者の雇用形態の多様化
         *研究戦力にポスドク3割
    =ダイナミズム ・・・ 指導的な研究者は外部から
    =多様な研究資金の活用
         *マルチファンディング
         *インヂレクトコスト制の導入
         *外部向けグラント

あらゆる面で、固定的でない流動的な組織の中で、外から見える(評価可能な)形での活力ある研究ができることが望まれている。

また、上記「(4)通産資料「産業技術戦略の検討経過と今後の検討の方向」」では、これからの技術戦略の今後の在り方を通産省の立場から具体的に打ち出している。その特徴的なものは、
(1)目標を明確に設定し道筋をはっきりさせた、すなわち戦略的な技術開発・研究
(2)それに伴う産学官の役割の明確化
である。学術研究体制と関わりのある事柄では、「知の創造・体系化」による技術革新の推進を掲げている。すなわち、「中目標」として「学術研究・科学研究がもたらす知見が、迅速かつ、世界最高水準で、新たな技術革新を誘発し新たな技術体系を構築していきうる基盤を確保する。」を挙げ、さらに、「・・・、大学、学協会等の英知をも結集しうる組織的・継続的体系を整備することにより、将来の幅広い利用の前提となる基盤技術(プラットホーム)を形成すべき・・・」としている。「学」の協力を得た、基盤技術の構築を考えており、積極的な「学」からの発言と具体的協力も求めている。

 産官学の役割の明確化・連携の在り方に関しては、上記「(2)我が国の学術体制を巡って−戦略研究と高度研究体制−」や化学技術戦略推進機構の資料に見られる。これらをそれぞれ図3−2,図3−3に示す。


図3‐2 日本型の研究カテゴリー分布・・・あるべき形


図3‐3 基礎研究と応用研究 基礎研究・競争前研究・競争研究・競争後研究のサイクル化学技術戦略推進機構内部資料による


3−2 研究の効率化と共同研究の必要性

 前節の議論で見えてくるものは、研究の効率化と戦略化である。このための最も重要な要素は「共同研究」とその中身の在り方である。それぞれの役割・専門をもったものの共同が共同研究を意味あるものとしてくれる。このことは、先にも述べたように化学・高分子・複雑系の研究においてより一層必要なことである。

高分子基礎研究を想定して、繰り返し述べるなら、

(1)高分子基礎研究は合成・分子特性解析・構造解析・物性・プロセシングなど異なる専門性をもつ一連の研究を繋げることによって可能な専門横断型の研究分野である。
(2)従って、一つの課題に多くの人と時間がかかる。一方で、異なる課題でもそれぞれの専門には学問的共通基盤がある。
(3)そのため高分子基礎研究には、専門分野間の共同研究が効率的である。
(4)さらに、専門内、専門間での情報交換により新規なアプローチ・発想を誘発する。
(5)このような専門・課題の広がりをもつ分野の高度な技術開発を可能とするには多くの分野(産官学、多専門、多学問分野、多国(国際的))からの情報吸引力を必要とする。

3−3 新しい研究体制の必要性

3−3−1 研究組織の再構築


 上述の種々の共同・協力による研究を効率よく可能にするには、”これまでにない”次のような組織上の工夫・条件が必要である。

(1)専門研究集団と研究コーディネーション機能の交差的組み合わせ。
(2)この組織で目的遂行するためにコーディネーターの役割を強化。
(3)国外を含め「外から見える」開かれた研究集団。(情報吸引そして評価にもつながる)
(4)このためにはアクセスが容易な設置場所が組織(研究所)には必須。
(5)(3)のためにも研究コーディネーターの役割を強化。

なによりも、その組織・体制を動かす人=コーディネーター=の存在が成功のキーとなる。日本においてはこのような人材は育つ環境になかったので、人材に乏しい。今後積極的にこのような役割をもつ人の活躍を促し、そのことによりまたコーディネーターの育成を図る。

3−3−2 戦略的基礎研究

 すでに述べてきたように、よい意味での「効率的」研究を進めて行くには、「目標設定」と道筋の明確ないわゆる戦略的研究が基礎研究においても必要になってくるであろう。「目標設定」はまた「評価」を可能にし、研究の透明性がえられる。これらのことは社会的要請に応えて行くにも必要なことである。一方、「戦略的研究」によって失われかねない発想の自由や研究展開の自由が確保されるよう「目標設定」とそれに伴う「評価」における柔軟な対応・・・目標変更・新規目標設定の自由な判断など・・・には十分の配慮がなされねばならない。

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第4章 整備・構築への道筋(戦略)

 必要な学術研究体制の構築を実際に具体化するにはどのようにすればよいのだろうか。学問に携わるものがただ理念を唱えていても実現しないことは論をまたないが、さらには、研究体制そのものがそうであったように、縦割りのなかでの努力ではなかなか解決しないであろう。研究者自らが、大学・学協会などを通して、具体的組織提案、研究目標の提案を積極的に行い、専門家として、当事者として各界への働きかけをすること以外に道はないだろう。

 平成9年6月の報告書「高分子科学研究の推進について」が承認・公表されて以来これまで物質創製工学研究連絡委員会(有機材料専門委員会)、材料工学研究連絡委員会、化学研究連絡委員会(高分子化学専門委員会)と高分子学会とが行ってきた活動を以下の表1にまとめた。


表1「日本学術会議研連報告書」採択以降の基礎研究所に関わる活動

1997.6.20 日本学術会議化学研究連絡委員会・材料工学研究連絡委員会報告書「高分子科学研究の推進について」を運営審議会が日本学術会議報告として採択
1997.8.18 高分子科学研究体制検討委員会第1回総合企画部会開催
1997.10.3 高分子科学研究体制検討委員会第2回総合企画部会開催
1998.5.29 高分子基礎研究所設立準備委員会発足
1998.10.2 日本学術会議物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門部会と高分子基礎研究所準備委員会とによる高分子基礎研究所に関する合同委員会開催
       21世紀の高分子科学に関する連続講演会の企画、高分子基礎研究所ケーススタディ等実施
1998.11.4 日本学術会議と共同主催の「21世紀の高分子科学に関する連続講演会」の全体構想検討会開催
1998.2.24 高分子学会「国際高分子基盤研究所」設立構想案を通産省工業技術院へ提出
1999.3.19 日本学術会議50周年記念:連続講演会「21世紀の高分子基礎科学を探る」(第1回)「高分子科学の将来展望」
1999.3.23 高分子学会「国際高分子基盤研究所」構想案を科学技術庁へ提出
1999.4.19 高分子基礎研究所に関する合同委員会開催
1999.4.23 日本学術会議50周年記念:連続講演会「21世紀の高分子基礎科学を探る」(第2回)「生命科学と高分子」開催
1999.5.14 日本学術会議50周年記念:連続講演会「21世紀の高分子基礎科学を探る」(第3回)「企業は高分子の基礎研究に何を期待するか」開催
1999.5.24 高分子学会「国際高分子基盤研究所」構想案を文部省へ提出
1999.5.27 高分子基礎研究所に関する日本学術会議物質創製工学研究連絡委員会有機材料専門部会との合同委員会開催
1999.6.22 高分子学会としての「高分子基盤技術研究センター」構想案を通産省工業技術院へ提出
1999.6.25 日本学術会議50周年記念:連続講演会「21世紀の高分子基礎科学を探る」(第4回)「DNAの機能を生かした高分子研究」開催
1999.9.28 「国際高分子基礎研究センター」構想案を東京工業大学へ提案説明


 表にあるようにこの間、各省庁などとの話し合いの中で高分子基礎研究所構想(試案)などをたたき台として提案してきた。以下にこれらを簡単に説明する。例ではあるが具体的なものを通してこれまで述べてきた考えを示したい。

4−1 具体的組織提案(試案)

4−1−1 大学を中心としたネットワーク構築

 研究体制構築の一環として多くの関連した分野を連携し、その力を結集するため、以下のような機能をもった高分子基礎研究センターを(いくつかの)大学に設立する。

1)学内での関連分野の連携はもとより他大学との国内的共同研究、そして国際的共同研究の場を提供し、
2)化学、生物(生命)をはじめとする周辺分野との連携を密にする。
3)これらのためのネットワーク・研究コーディネーションの役割を果たす。
4)また、センターは国際的研究者の広場の提供、とくにアジアにおける高分子研究の拠点となることも重要な目的のひとつである。もって、高分子科学の基礎研究を推進する。

このセンター組織をつくることにより、大学内、大学間、国の間における関連分野の連携を強め、より効率的な研究遂行が可能となり、高分子研究のポテンシャルと成果の向上をもたらすことは言うまでもない。さらに、それに加え
1)センターの存在は、共同研究の場と国際的研究者の広場の提供を通して人的流動化をさらに推進し、
2)高分子研究グループの存在を外部に対し明確に示すことにより、物理・化学・生物など広い領域にわたる共同研究、大型研究課題提案、研究成果の斡旋・紹介、外部研究資金の受け入れ、等を容易に行うことが可能となる。

想定される高分子基礎研究センター(試案)の組織を図4−1に示す。

図4‐1 高分子基礎研究センター(試案)の組織概念図


4−1−2 産業技術のための高分子基盤技術研究センター構想

 1999年に策定された国家産業技術戦略の考えの中で共通基盤技術の確立が目標のひとつとされている。すなわち、

「学術研究・科学研究として大きな発見であり高い意義を有する革新的研究であっても直ちに産業技術として活用され新市場の創出につながることはまれである。その産業化に至る過程においては、幅広い産業分野において様々な主体が利用することが可能となるように、先端的技術の開発と併せて幅広い知見・データ等の蓄積を行い共通基盤技術として育成する。(共通基盤とは、大学・学協会等の英知を持って結集しうる組織的・継続的体制を整備することにより、将来の幅広い利用を前提とするもの。)」
を掲げている。この基盤技術の構築を目的とした高分子基盤技術研究センター(試案)の提案では図4−2に示すような組織を考えた。その特徴は:(1)所長のもとに、研究成果を斡旋紹介するリエゾン委員会、研究費などに関する財務委員会、研究グループ長などの採用に関する人事委員会を設ける。これに加え(2)研究の実働部門は、研究企画を含めたすべてのコーディネーションの役割をする研究総合委員会の下に置かれる。


図4‐2 高分子基盤技術研究センター(試案)の組織概念図
(より具体的な研究組織の例は資料‐2に示した)


4−2 研究内容・目標の提案(試案)

T.大学を中心としたネットワーク(高分子基礎研究センター)(試案)の場合

本構想は前節で述べたように学術的基礎研究を目指すもので以下のような研究内容を掲げた。

 巨大分子=高分子=の創製とこれらの物質の構造・物性相関の基礎的研究を目的として”互いに関連する”次の3つの課題領域を設定する。

(1)完全構造制御高分子創製のための基礎科学
(2)高分子性解明のための基礎科学
(3)生命現象にかかわる高分子の基礎科学

いずれも巨大な鎖状分子が構成する三次元空間の特性を対象としており、多様な高分子一次構造から多様な三次構造、そしてそれぞれに特徴的な機能を発現する過程の構造と物性の解明を目指している。環境に応じて形態、機能を大きく変えることもあり、変えないこともある。このような巨大分子の凝集系、複雑系の振る舞いを系統的に追求することも課題の内にある。共同研究を積極的に進めることにより、高分子材料の極限までの有効利用と革新的インテリジェント材料の開発が可能になる。また、生命機能を支える重要な要素の一つである高分子の働きを分子レベルで理解しようとする努力は、「化学」の側からの強力な学問的支援として生命科学に寄与する。

U.産業技術のための高分子基盤技術研究センター(試案)の場合

高分子基盤技術研究センター(試案)では、「高分子構造制御技術」をテーマとした構想を提案した。その特徴・理念と目標は以下の通りである。(平成11年6月提案に基づく)

特徴:
多様な構造をもつことが可能な高分子は、高性能・高機能材料として無限の可能性を有する。構造単位であるモノマーの連結と連結形態が高分子性の本質であり、その連結形態ならびにその分子集合体構造の制御を基本原理として高分子材料技術を体系化する。これにより革新的高分子材料開発を促進しつつ広い分野で活用される基盤技術を確立し、環境、福祉等の諸問題解決へ向けた高分子材料の開発に資する。

理念と目標:
(1)「高分子性の極限的利用」を図ることにより、環境、エネルギー、福祉、情報・通信分野の諸問題解決へ向けた高分子材料を開発するための基盤技術を構築する。
(2)高分子性の極限的利用を高分子の一次および高次の構造制御により達成し、つぎのような高分子材料創製をめざす基盤技術を構築。

1.利用化学種の限定化と材料成分数の少数化
2.人と自然に適合性のある材料の開発
3.高分子材料の性能・機能を極限まで利用

詳しい内容と組織については、最後の資料−2を参照頂きたい。

4−3 その他

 昭和の初期、日本における高分子科学の黎明期には、高分子は新しい繊維材料としての期待を集めて登場した。産業界の強い支援を受けて、この時期には、大阪大学や京都大学には企業からの寄付によって財団法人が設立され、研究の活性化と研究集団の育成が図られた。

(財)繊維科学研究所  (大阪大学内、昭和10年10月1日)
(財)日本化学繊維研究所  (京都大学内、昭和11年8月13日)

太平洋戦争後の高分子工業の勃興の気運に呼応して、昭和26年には東京工業大学にも
(財)繊維工業技術振興会  (東京工業大学内、昭和26年4月26日)
が設立されている。研究の奨励・助成を目的としたこれら法人の形態は現在でも維持されている。

 時が移り、高分子分野がすでに大きな研究者の集団をもち、産学間の情報や人の行き来が双方向、多面的になった今日、これらの財団は必ずしも設立時と同じ意味合いで運営されている訳ではない。しかしここで学ぶべきは、分散し、割拠した高分子研究者を横段的に組織化して、共同研究を活性化させようとした先達の発想、実行力であろう。前述のように、今後の高分子科学の目的の達成は他分野との共同作業が必須の要件である。この意味で、原点に戻って、今に残る組織の現代化による研究拠点作りも一つの方策であろう。(T)、(U)の提案と合わせ検討すべき課題である。

4−4 まとめ

 上に示した提案の中では、これまで述べたことの繰り返しになるが、以下の点に留意した。すなわち、
(1)高分子研究の基礎科学としての重要性
(2)多様性・複雑性をもつ物質の科学である「化学」とりわけ高分子分野においては効率的・戦略的基礎研究が必要であること。
(3)そのためには横型共同研究と研究コーディネーションが可能となる仕組みが必要であること。

これらの視点による研究遂行と研究体制構築はこれまで我が国においてよく為されてきたとは言い難い。より具体的な提案と積極的な試行錯誤以外には、今後の研究の在り方の変革をもたらすことはできないと考えられる。

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第5章 結言

 21世紀を前にして、化学への期待と課題が広く論じられているが、その多くの局面で高分子物質、高分子科学の役割が大切であることは、これまで高分子の研究に携わってきた者達が身に染みて感じているところである。

 今世紀、高分子産業の成長と高分子化学の基礎研究の進展が相互に作用し合いながらスパイラルに加速してきた観があった。ここ十数年は、汎用的に用いられる高分子素材の生産は発展途上国に移設され、我が国の高分子産業は徐々に高性能、高機能素材の開発に重点を移してきている。基礎研究に新しい産業を作り出すさきがけとなることが期待される時代になってきたと云える。一方、自然の営みの中で生体高分子の果たしている役割を見るとき、誰しも高分子化学における新しい展開の可能性を否定し得ない。高分子材料の高機能化、高分子性を高度に利用した化学システムの構築、生命現象における高分子の役割の解明、いずれも高分子性に関するより深い理解なくしては達成できない目標なのである。研究の必要性から考えて、これからも間違い無く社会的に支援されるべき研究分野である。

 しかし、この高分子化学の新世紀への船出は、これまでの高分子研究の単純な延長線上にあるとは思えない。いろいろな専門の化(科)学者が協力して、新しい化学システムの構築を試みる中で、高分子も一つの要素として十分にその特徴を活かして機能を果たすと云う姿が予想されるからである。本調査報告の目的はこの点を明らかにすることにある。基礎研究をより深める努力と研究をより効率的に展開することとは必ずしも矛盾することではないが、我が国におけるこれまでの研究組織の在り方には一考を要する点があった。今後とも調査を継続するとともに、具体的な提案と云う形で努力が実ることを願っている。

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資料

資料−1

高分子科学の歴史年表

1922年 Staudinger:Makromolekuleの名称を提唱
1926年 Sponsler, Dole:セルロースのX線回折像
    Staudinger:セルロースの巨大分子説
1928年 Mayer, Mark:セルロース、絹、キチン、ゴムの結晶構造を決定
    (1937年 Mayer, Misch:セルロース結晶構造確定)
1930年 Carothersグループ:α-アミノカルボン酸の重合研究開始
1933年 Fawcett,Gibson:高圧法ポリエチレン開発(ICI)
1936年 Kuhn:高分子鎖の統計モデル
1939年 桜田一郎ら:ポリビニルアルコール繊維発表
1942年 岡小天:束縛回転鎖の計算
1943年 久保亮五:ゴム弾性理論(1947年出版)
1944年 Debye:光散乱の理論
1947年 Alfrey,Price:ラジカル重合のQ,eスキームを提唱
1949年 Flory:高分子の排除体積理論    
    Zimm:光散乱データ解析法の確立
1951年 Pauling:タンパク質のα-ヘリックス、β-層状構造の提唱
1953年 Watson, Crick:DNA二重らせん構造を提唱
    Ziegler:エチレン低圧重合の有機金属触媒の発見
1954年 Doty:ポリペプチドのヘリックス−コイル転移の理論
1955年 Natta:立体規則性ポリプロピレンの合成
    Williams, Landel, Ferry:鎖状分子の粘弾性の時間・温度換算則
    Fox:溶融粘度の3.4乗則
1956年 Szwarc:リビングアニオン重合に成功
1957年 Kellerら:高分子の単結晶の発見
1960年 Merrifield:ポリペプチドの固相合成に成功
    永井和夫、Volkenstein, Lifson, Hoeveら:回転異性状態モデルによる実在鎖の分配関数計算
    Boveyら,西岡篤夫ら,Johnsenら:NMRによるPMMAの立体規則性解析
1964年 Pecora:準弾性光散乱理論
1969年 Kirste:中性子小角散乱法による高分子末端間距離の研究
1971年 de Gennes:高分子鎖のチューブ・モデルによる取り扱い
1973年 Ballard, Ryner, Schelten:中性子散乱により非晶状態での高分子鎖の広がりがθ状態のそれと同等であることを実証
1985年 Kaminsky:メタロセン触媒の導入


資料−2 高分子基盤技術研究センター 「高分子構造制御技術」
(平成11年6月提案作成のもの)

高分子構造制御技術

1.特徴
 多様な構造をもつことが可能な高分子は、高性能・高機能材料として無限の可能性を有する。構造単位であるモノマーの連結と連結形態が高分子性の本質であり、その連結形態ならびにその分子集合体構造の制御を基本原理として高分子材料技術を体系化する。これにより革新的高分子材料開発を促進しつつ広い分野で活用される基盤技術を確立し、環境、福祉等の諸問題解決へ向けた高分子材料の開発に資する。

2.目標
 モノマーの連結と連結形態ならびにその分子集合体に由来する高分子性の極限的利用を高分子の「構造制御」により達成する。これにより期待される高分子材料創製のため基盤技術を世界に先駆けて構築し、それらを幅広く利用するために必要な知見の集積・体系化を図る。

◎ 以下の技術開発分野における研究開発とその体系化。
 −化学種限定高分子技術
 −オリゴマー技術
 −表面・界面制御技術
 −環境応答型機能材料
 −極限性能高分子(低誘電率・低損失、屈折率制御、高強度など)

◎ 得られた知見を基に下記項目についての基礎データ集積、物性予測システムヘの知見提供。
 −混和化技術データ
 −特性解析データ −

「高分子構造制御技術」の構築

理念と目標
(1)「高分子性の極限的利用」を図ることにより、環境、エネルギー、福祉、情報・通信分野の諸問題解決へ向けた高分子材料を開発するための基盤技術を構築する。
(2)高分子性の極限的利用を高分子の一次および高次の構造制御により達成し、つぎのような高分子材料創製をめざす基盤技術を構築。
 1.利用化学種の限定化と材料成分数の少数化
 2.人と自然に適合性のある材料の開発
 3.高分子材料の性能・機能を極限まで利用。

(3)以下のプロジェクトを立てて行う。

プロジェクト内容

◎ 技術研究プロジェクト

化学種限定高分子技術:構造単位の連結形態と高次構造との相関から構造制御を行うことにより同一の高分子への多性能付与をはかり、化学種を限定した高分子の材料開発への基盤技術を開発する。

オリゴマー技術:様々に構造制御されたオリゴマーとその高次構造制御の基盤技術を開発し、これによりクリーンな液状材料および構造制御高分子材料開発の素材としての利用に資する。

表面・界面制御技術:材料表面、材料内界面の設計は、その多様性と高分子性から高分子においては接着、塗装、ポリマーアロイ、生体適合性などその効率的利用と機能開発にとって必須の要素技術であり、その基盤技術を開発する。

環境応答型機能材料:高分子のもつ環境応答性・刺激応答性を活かしたインテリジェント材料は高分子材料の極限的機能利用である。環境・医療・福祉などの分野で様々な環境制御に応用される熱可逆/架橋型水系ゲルなどの環境応答型機能材料創製のための基盤技術を開発する。

極限性能高分子:通信・情報などのハイテクや安全・省エネに必要な高性能(たとえば低誘電率・低損失、屈折率制御、高強度)をもつ高分子材料を創るための構造制御基盤技術を開発する。

◎ データベース型プロジェクト

下記の項目について、上記技術研究プロジェクトにおいて新たに得られたデータを集積する。

混和化技術データ:高分子材料を構成する高分子およびその他添加剤の相互のあるいは全体としての混和性を高分子の一次構造と関係づけて高分子混和技術としてデータ集積し、その直接利用と技術の体系化に資する。(混和性の要素:相溶性、相容化剤の機能、混合プロセスなど)特性解析データ:ポリマー分子およびその集合体(物質)についてその特性解析により得られる基本的な構造・性質のデータ集積を行い、素材となる高分子の特性データの直接利用と物性予測システムヘのデータ提供に資する。

この場合の研究組織図を図A−1に示した。

図A‐1 「高分子構造制御技術」の研究組織


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あとがき

 本冊子をまとめるなかで、高分子科学が「化学」と「材料」の両面をもっていることがこの基礎分野の発展を推進する上での難しさと良さを持ち合わせていることを改めて感じた。また、多様性・複雑性を特徴とする分野の研究体制における「戦略的基礎研究」の必要性に対する確信を強くしたが、我が国において種々の壁を越えた戦略立案やコーディネーションを具体的に推進することの困難さを思わずにはいられない。そのためには思い切った試行を重ねることによってのみ、人と組織を育て(日本独自の)新しい研究体制を構築できるものと思われる。またそのように期待したい。

 本冊子をまとめていくのと並行して国立大学ならびに国立研究機関への提案の具体化を進めていくにつれ、議論の深化と現実への対応とによりその提案内容も書き換えられ、いまだ書き換えられつつある。そのため、第4章や資料で掲げた提案内容は、基本的考えにおいては変わらないものの細部では現時点でのものとは異なるところもあることを念のため申し添えておきたい。

 編集の過程で、先に挙げた委員会メンバー以外の方々のご尽力も賜った。東京工業大学大学院理工学研究科岡田守助教授、古屋秀峰助教授、石曾根隆助教授、ならびに矢作真弓事務官に厚くお礼を申しあげたい。

平成12年2月

編集委員長 野瀬 卓平

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