メカトロニクス教育・研究に関する提言

「人工物設計・生産研究連絡委員会メカトロニクス専門委員会報告」

平成12年3月27目

人工物設計・生産研究連絡委員会
メカトロニクス専門委員会


 この報告は、第17期日本学術会議人工物設計・生産研究連絡委員会メカトロニクス専門委員会メカトロニクス教育・研究小委員会及びメカトロニクス産業小委員会での審議結果をメカトロニクス専門委員会において取りまとめ発表するものである。

[メカトロニクス専門委員会]

 委員長 有本  卓(立命館大学理工学部教授)
 幹 事 板生  清(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)
     谷江 和雄(工業技術院機械技術研究所ロボット工学部長)
 委 員 嘉数 侑昇(北海道大学大学院工学研究科教授)
     下河辺 明(東京工業大学精密工学研究所長)
     原島 文雄(東京都立科学技術大学長)

[メカトロニクス教育・研究小委員会]

 委員長 板生  清(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)
 委 員 有本  卓(立命館大学理工学部教授)
     大輪 武司(株式会社東芝研究開発センター首席技監)
     嘉数 侑昇(北海道大学大学院工学研究科教授)
     佐々木 健(東京大学大学院工学系研究科助教授)
     佐藤 知正(東京大学大学院工学系研究科教授)
     林   巌(東京工業大学工学部教授)
     安川 清一(株式会社安川電機新規事業担当室長)
     藪田 哲郎(NTTアクセス網研究所担当部長)

[メカトロニクス産業小委員会]

 委員長 谷江 和雄(工業技術院機械技術研究所ロボット工学部長)
 幹 事 辰野 恭市(株式会社東芝研究開発センター)
 委 員 内山  隆(株式会社富士通研究所Mプロジェクト部長)
     大築 康生(川崎重工業株式会社電子・制御技術開発センター研究部長)
     下河辺 明(東京工業大学精密工学研究所長)
     滝ヶ平 忠(日本精工株式会社精機本部精機生産技術部長)
     原島 文雄(東京都立科学技術大学長)
     福地 弘道(日本電気株式会社大容量ファイル開発センター長)
     藤江 正克(株式会社日立製作所機械研究所主管研究員)


要  旨

(1)検討の経緯
 日本学術会議第5部は、産業界においてキーテクノロジィとなっているメカトロニクス科学技術が、学術の世界においても重要課題となっていることを調査研究するため、「メカトロニクス専門委員会」を設置した。調査研究に当っては二つの「メカトロニクス教育・研究小委員会」「メカトロニクス産業小委員会」を組織し、教育側と産業側からの調査研究をもとに、各々ワーキンググループを構成し討論を行ってきた。こうした審議経緯を経て、報告書がまとめられた。

(2)現状と課題
 20世紀の最後の四半世紀において、日本の主要産業がメカトロニクス技術指向のもとに発展し、その独創性と先端性において世界をリードしてきた。日本が世界に誇る輸出産業の中で、メカトロニクス技術を基盤とする最終製品群が非常に高い割合を占めてきたことがこれを傍証する。

 このようなメカトロニクス科学技術の重要性に鑑みるに、その発展基盤を担うべき人材育成に関し、これまでの日本の大学における科学技術教育は伝統的教育システムに固執しすぎ、メカトロニクス産業分野に寄与し得なかった。過去25年間に数多く新設された情報工学関連の学科から多くの卒業生が生れ、コンピュータ専門の技術者が増えはしたが、工場の生産現場、医療やリハビリテーションの現場、マーケット、農場、リサイクルや環境関連のセンターといった実世界からの情報発信を受け止め、新しい製品を開発し、システムを新たに構築あるいは高機能化できる技術者は育て得ていない現実がある。21世紀におけるわが国の国是;技術立国の確立;に視座を据えた時、急展開する情報技術をも取り込みつつ、他の追随を許さぬ、もの作りを中心とした新産業基盤技術としての新しいメカトロニクス技術を発展させるためには、これを担うことのできる人材育成は急務である。このために三つの提言をする。

(3)提言の内容
@メカトロニクス科学技術教育への提言
 早急に、メカトロニクス教育を主眼とする学科群を工学部に新設すべきである。あるいは、大学受験者数の減少に配慮して新学科の創設が不可能ならば、既存の学科の二つないし三つを融合させメカトロニクス学科に改変することを提言する。たとえば、国立大学の多くは機械系や電気系に第二学科的な学科群を数多く創設して来たし、また、情報工学科も数多く造った。これらの中のいくつかは、新たな役割を果すべく、メカトロニクスを指向し、ソフトウェア、そして電子、機械の一体化を教育の現場においても推進するよう見直すべきである。

 メカトロニクス教育の原点は「発見と創造」の喜びを伝えることに置くべきである。メカトロニクス製品群が創り出されたプロセスは真に発見と創造の連続であったに違いない。これを伝えることによってメカトロニクスの学問的体系化もはかれるはずである。そして、メカトロニクス教育の現場において、「発見と創造」の喜びの一端を体得し、これを育てることができるようなカリキュラムを作り、教育環境を整えることが重要である。

 メカトロニクス科学技術の最先端についても、新たな研究施設の創立をはかるか、既存の研究施設やセンターの関連セクションの融合化をはかるべきである。そして、21世紀に入って人類が直面する早急の課題に挑戦できる下地を今こそ造るべく、基礎的でしかも先端的なプロジェクト研究に着手し、その成果を積み上げておくことが必要である。

A国際メカトロニクス・ファクトリの設置
 技術立国を目指すわが国のキィテクノロジィとなるメカトロニクス分野に関して、世界をリードするために、世界から英知を集めて新しいメカトロニクスの知を創造し、世界に公開することにより、日本は世界のメカトロニクスR&D、メカトロニクス教育のCOEとならねばならない。このための専門機関「国際メカトロニクス・ファクトリ」の設置を強く要望する。「国際メカトロニクス・ファクトリ」は、国際的規模でのメカトロニクス共同研究の推進、新しいメカトロニクス分野の創造、特に、21世紀に最重要となる医療や福祉、老人ケアー、地球環境、省エネルギー、等の諸課題へのメカトロニクス科学技術の貢献を模索する。

Bメカトロニクス・ファクトリの設置
 ロボット等に代表されるようにメカトロニクス分野は“もの作り”と一体である。“もの作り”を経験させることによって知的興味を促す教育システムを有効に展開できる何らかのセンターの設置が望まれる。一方、地域産業側からは、地場産業が抱える多種多様の既存機器、システムのメカトロニクス化への課題解決に対して大学側に多大の期待を寄せている。技術教育としての「もの作り」の場と、産学一体になった「メカトロニクス化への課題解決」の場を、機能として同時に並存させうる「メカトロニクス・ファクトリ」を地域拠点大学に設置することを提案する。


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目次

1.はじめに

2.メカトロニクスの技術像

 2.1 メカトロニクスシステム
 2.2 産業・教育・学術分野でのメカトロニクス技術の到達点

3.メカトロニクス研究の現状
 3.1 研究イノベーションの方向
 3.2 21世紀の産業とメカトロニクスの役割
 3.3 世界各国の現状

4.メカトロニクス教育の現状
 4.1 大学における現状
 4.1.1 メカトロニクス教育とは
 4.1.2 制御系学科におけるメカトロニクス教育
 4.1.3 電気・電子・情報系学科
 4.1.4 機械系学科におけるメカトロニクス教育
 4.1.5 メカトロニクス教育の課題
 4.2 企業におけるメカトロニクス教育の現状

5.産業発展とメカトロニクス技術の役割
 5.1 産業発展を支えるメカトロニクス製品群
 5.2 次世代の産業発展とメカトロニクス技術
 5.3 産業性向上におけるメカトロニクスの役割

6.メカトロニクス教育・研究への提言
 6.1 メカトロニクス教育の基本カリキュラム
 6.2 産業界におけるメカトロニクス研究に対するニーズ
 6.3 産業界で期待されるメカトロニクス技術者
 6.4 産業界からのメカトロニクス教育への提言
 6.5 国際メカトロニクス・ファクトリの設置の提案

7.むすび


.はじめに

 地球に生命が誕生したほぼ十億年前の世界では,情報は遺伝情報として存在し,それは主として細胞核に閉じこめられていたといわれる.ところが生命の進化・人類の誕生に及んで,言語が形成され,人という個体を通じて情報が流通するようになった.やがて人類は文字を発見し,情報を蓄え、活用するようになった.情報の蓄積は紙の発明により画期的に進化した.情報の流通は,グーテンベルグの印刷技術の発明によって飛躍的に進歩をとげた.近代になって産業革命の一環としての交通革命が興り,物流とともに情報の流通が促進された.そして1835年のモールスによる電信術(モールス符号)の発明は,電気通信革命としてコミュニケーションの歴史に決定的な役割を果たした.これはさらにコンピュータ革命へとつながり,今や,これらを統合したマルチメディアの時代に突入した.

 自然科学の重要な発見が20世紀の初め頃から1960年代までに集中したが,技術革新は20世紀の後半のこの50年間に集中している.なかでも世界に冠たる日本の産業として認知された時計,カメラなどの精密機械から,自動車,造船,半導体,家電,情報機器の諸産業は,後半の25年間,すなわち1975年から現在に到るメカトロニクス技術なくしては語れないといっても過言ではない.

 本提言では,まず,メカトロニクスの技術像について説明する.つぎに,メカトロニクス研究の現状および教育の現状を述べる.そこから現状のメカトロニクス教育・研究の問題点を抽出する.これを踏まえて,メカトロニクス教育・研究のあり方について提言する.

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.メカトロニクスの技術像

2.1 メカトロニクスシステム

 近年の高度情報システムの基盤をなすのが,人間の頭脳にあたる巨大コンピュータシステム,神経にあたる通信網(コミュニケーションシステム),五感・手足にあたる情報センシング・表示・動作などに対応するコントロールシステムの3Cである.

図1 メカトロニクスシステム

 図1のように,巨視的こは巨大コンピュータシステムと通信システムに接続されて,コントロールシステムが三位一体となっている.メカトロニクスシステムは,広義にはこの3Cを全て含む形態ということもできるが,一般的こはコントロールシステムの1Cのみに範囲を限定する場合が多い.このコントロールシステムに焦点を合わせてみると,その具体的機能は以下のように考えられる.

@指令・信号を感知する役目のセンシング機能
A供給されたエネルギを動力に変換する動力機能
B指令通りにメカニズムを動かす運動機能
C情報記憶・処理から,判断・思考へと高度化を目指すプロセッシング機能
Dプロセッシング機能とセンシング機能からの情報に基づき,動力と運動を適切に制御する制御機能

 メカトロニクスシステムにはこの5つの機能を全部備えるもの,または一部備えるものがあり,外部からの指令あるいは信号などの刺激(入力)によりさまざまな応答(出力)を示す、まず入力には次のインターフェイスに関わるものが考えられる.

@ヒューマンインターフェイス:人間の声や指の動作
Aコンピュータインターフェイス:コンピュータからの直接信号
Bネイチャーインターフェイス:自然界からの音,振動,電磁波,におい,温度,イオン濃度などの物理量

 出力は,ディスプレイ・プリンタ・音声出力などによる視聴覚情報提示,情報検索,変換・蓄積・自動運転車・自動操縦飛行機などによる走行・運搬・自動化作業・知能ロボットにおける状況判断による行動などのさまざまな形態となる.

図2 メカトロニクスシステムの位置づけ
(出展:Hubka V.)


 またメカトロニクスという概念は,図2のように多様な技術システムのサブセットとしてとらえることもできる.その意義は,

@従来になかった機能の実現
A制御パラメータと領域の拡大
B実際の運用時での柔軟対応
C機械強度を越える仕様への制御技術での補完
D機電一体化による物理的融合による小形経済化などと表現できるであろう.

表1 メカトロニクスシステムの生存分野と具体例


 表1は,メカトロニクスシステムの存在分野という観点から整理したものである.字宙,空中,地上,海洋,地下とその適用範囲はおびただしく広い.また,利用分野でみても,交通・物流,建設,生産,地球観測,アミューズメントなどに広く浸透している.

2.2 産業・教育・学術分野でのメカトロニクス技術の到達点

 一般的手法に従うならば,メカトロニクス技術は材料,部品,機器(装置),システムという機能レベルの階層として分類することができる.一方,これらの技術を生み出す基盤技術として,マイクロ加工,モジュール組立,計測・制御技術がある.さらに根源的には,これらを実現するためのシステム構築,仕様抽出,具現化手順などにかかわる設計技術が不可欠である.メカトロニクス技術を,具体的にレベル分析すると,機能レベル,製造レベル,設計レベルに分けて表すことができる。すなわちメカトロニクスは,機械の機能を実現するための技術でありながら,機械そのものを製造するために不可欠な技術でもあり,さらにそれらを設計する段階でシステムインテグレーションの概念がメカトロニクスの本質的概念として不可欠であると言うこともできる.

 表2に各産業におけるメカトロニクス技術の現状の到達点を整理して示した.さらに図3には産業と教育の関係を示した.


表2 各産業を支えるメカトロニクス関連キーテクノロジー


図3 各産業を支えるメカトロニクス教育
(出展:背戸氏)


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.メカトロニクス研究の現状

3.1 研究イノベーションの方向

 物理学の世界を振り返るとき,18世紀後半から始まった産業革命およびそれ以降の近代技術や産業に大きく影響を与えた科学はニュートン力学などの古典物理学であった.ニュートン力学は,人の目に見えるマクロの世界であり,エネルギ革新にその真価が発揮された.つまり,人間の筋肉労働を蒸気機関,自動車,船,一般機械などで代替し,重厚長大産業を発展させてきた.しかし,これらの産業は資源を大量に消費することで成り立つため地球環境破壊につながった.

 これに対し,20世紀前半にほぼ確立した現代物理学,その中核となる量子力学は今世紀後半から21世紀に向かうハイテク革命を推進する科学である.これは,分子,原子の超ミクロの世界の科学を形創り,情報,エレクトロニクス,バイオ,新素材,マイクロマシンなどの先端技術を続々と開花させてきた.(表3)


 

表3 科学の進歩と産業構造の変化(三橋) 図4 ミニチュアリゼーションの展開




 図4に具体例としてミニチュリゼーションの展開を示す.ミニチュリゼーションの推進のために集積回路,“集積機構”,“集積情報”の諸技術を深め,これを三位一体として捉え,融合化を図ることが求められる.このようにして微小化による高性能化,高機能化の実現と微小人工物の多数使用による新機能の実現が可能となってきた.

表4 新技術萌芽の概略年代

 メカトロニクスに関する新技術の萌芽を辿ると,表4に示すように1960年代初頭にプロセスオートメーションの幕があき,1960年代後半には,電気制御技術によるメカニカルオートメーションの時代が始まった.さらに1970年代に入るとIC,LSIによる機電一体時代すなわち,メカトロニクス時代が萌芽し,1970年代後半に至って,マイクロプロセッサの導入による機・電・情の本格メカトロニクス時代を迎えた.この間1962年に発振に成功した半導体レーザが1970年には室温で連続発振した.これを受けて1980年初頭に機・電・情・光のオプトメカトロニクス技術か芽を出した.しかし,技術の組合せはあっても融合にはほど遠く,未だメカトロニクスの一形態にとどまっていたといえる.

 1980年代後半になり,半導体分野での微細加工技術の応用によって,マイクロマシニングの研究がさかんになり,各種センサやマイクロアクチュェータの実現の可能性が増してきた.これに加うるに,機械技術の微小化を極限まで追求するマイクロメカニズムの研究か進み,これらを総合したマイクロメカトロニクスの時代がやってきた.

 1990年代になると光を媒介にして,情報とエネルギーが融合する形態のいわゆるマイクロメカフォトニクス技術が芽ばえるとともに,先行のマイクロメカトロニクス技術に光技術が加わったマイクロオプトメカトロニクスの時代が出現した.さらに1990年代後半は,分子・原子レベルまで進むナノマシンを主体にして,ナノ制御,ナノセンシングが加わってナノメカトロニクスともいうべき時代に入ったと考えられる.さらに進むと,DNAのらせん構造や筋肉のメカニズムなど生物の精妙なしくみを模擬する技術へと発展し,ナノ・バイオメカトロニクスの時代がやって来るであろう.

 これら深まり行く先端要素技術に加えて画像処理,新制御理論,コンピュータ利用技術が融合して,システムインテグレーションという水平展開が幅広く追求され,新たな機能機器が生み出されると共に,新たな生産技術が産業界を中心に続々と誕生している.

3.2 21世紀の産業とメカトロニクスの役割

 21世紀を迎え,先進国では急速に進む高齢化社会を迎え,科学技術は高齢者ケアと医療及び福祉に貢献しなければならなくなる.発展途上国も産業化を急ピッチで進め,エネルギ多消費型の先進国に追いつく過程で,環境の問題が地球規模で重要になる.そして21世紀に入って10年を経ずしてエネルギと食糧が再び重要課題となる.

 こうして,21世紀では,高齢者ケア,医療と福祉,地球環境に寄与できる科学技術を推進し,省資源と省エネルギを実現する技術を開発し,これらを具体化する企業化と産業化をはかることが重要になろう.メカトロニクスはそのような方向づけを与え,進展させる基本技術である.過去25年の間,日本の先端産業技術を支えたのはメカトロニクス関連科学技術であった.それは21世紀も迎えても続くであろう.なぜなら,メカトロニクスは情報通信の世界と実世界(Real World)をリンクする科学技術だからである.コンピュータは情報処理機械であり,通信は機械や人,これら相互間の情報伝送技術であり,各種メディアは音声や画像,映像を貯え,編集し,創り出す技術に関係する.しかし,人間の活動そのものや機械の各要素の調整をはかり,人間や機械の活動の場である実世界(工場や製品製造プロセス,環境,病院やリハビリ施設,家の中)と物理的触れ合いはメカトロニクス技術によって達成される.この意味でメカトロニクスはコンピュータと実世界を結ぶリンクを作る技術である.21世紀は,これをコンピュータと人間の日常活動との融合技術にまで広げなければならない.言い換えると,”Human oriented mechatronics”が医療や福祉,老人ケアの諸問題に寄与しなければならない.さらには,自然界とも融合しで”Nature oriented mechatronics”が地球環境や,人間を含むセンサ監視システムとしての環境保全・ヘルスケアの諸問題に寄与しなければならない.もちろん,エレクトロニクスと機械の融合のさらなる進展をはかることも一層重要であり,これが資源と省エネルギ化の新たな技術展開につながって行くはずである.

3.3 世界各国の現状

 メカトロニクスは日本の産業界で生まれた言葉であるが,新しい科学技術を方向づける言葉として世界的にも通用するようになったのは1980年代に入ってからであろう.どの国よりも先駆けて,高水準でオリジナリティの高い製品を創りだし,日本を経済大国に押し上げる原動力となった科学技術がメカトロニクスであったのである.単に製品群の軽薄短小化,機電一体化を表わす言葉から脱皮して,メカトロニクスは科学技術の新思潮を表わすものとして世界的に理解され,認知されたのは1990年前後である.この頃,世界的にもメカトロニクスと名がつく新しい国際的専門誌(ジャーナル)が誕生し出した.

 1991年に英国のPergamon Pressから”Mechatronics”と題する専門誌が発行された.オックスフォード大学のR.W.Daniel博士が編集長となり,1年に4冊(quarterly)で発行されたが,1997年には1年に8冊の割合で刊行されている.そのVol.1の創刊号の巻頭言で,編集長のダニエル博士は,カメラやヴィデオレコーダ,コンパクトディスクとそのプレイヤーを始めとする機電一体の製品群の設計や,工場の自動化,ロボット化に果たした日本の産業技術の顕著な貢献に敬意を表わす言葉として,メカトロニクスが適宣であったことを述べている.

 この間,日本でも”Journal of Robotics and Mechatronics”と題する国際誌が1989年発刊されたが,これはかなりロボット研究に寄っていた.そもそもロボットについては,国際的には日本からの発信も早く,日本ロボット学会が編集権限をもち,VSP出版社から発刊されている”Advanced Robotics”は1987年に刊行され,国際的な評価を既に得ている.ロボットそのものを主題にし,あるいはロボットとマニファクチャリングを主テーマとする国際的なジャーナルは1980年代にMIT PressやCambridge大学出版を始めとして,ワイリー社等の出版社によって次々と刊行され,現時点では世界的には20誌にも達しようとしている.

 世界で最大級の学会組織であるIEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)とASME(American Society for Mechanical Engineers)が協力して,1996年3月に”IEEE/ASME Transactions on Mechatronics”が刊行された.今まで,ほとんど協力関係のなかった電気系の学会と機械系の学会かジョイントに一つの雑誌を発刊することに至った経緯は,その第1号に掲載された原島文雄・富塚誠義著の編集方針(Editrial)に書かれている.ここでは,メカトロニクスを仮に,”The synergetic integration of mechanical engineering with electronic and intelligent computer control in the design and manufacturing of industrial products and processes”と定義している.最も強調すべきは,ロボットのマーケットはアメリカではほぼ100億ドルに過きないが,メカトロニクス製品のマーケットはその10倍であることを指摘していることである.日本ではその倍率はもっと高く,自動車関連からマルティメディア関連までの製品群を含めると,そのマーケットはとてつもない広がりをもっていることが理解されよう.

 メカトロニクスが科学技術の新しい方向づけを与えうることが認知され,理解された1990年前後からヨーロッパの各国の大学の附属研究所,あるいは国立の研究機関として,メカトロニクスの名を冠した研究所が次々と生まれ,また,今迄の研究所の衣替えをはかってメカトロニクス研究所という名前に変更したものが増えている.我々の知り得たものには,次のようなものがある.

1)Graduate Institute of Control and Automation, National Taiwan Institute of Technology, Taipei, Taiwan

2)Graduate Institute of Mechatronics, Hua Fan College of Humanities and Technology, Shihtin, Taipei, Hsien, Taiwan

3)Central Laboratory of Mechatronics and Instrumentation, Bulgarian Academy of Sciences, Sofia, Bulgaria

4)Loboratoire de Robotique de Paris, C.N.R.S, Velizy, France

5)Manufacturing Technology Laboratory, IAE(Institute for Advanced Engineering), Seoul, Korea

6)Institute for Robotics and System Dynamics, DLR(German Aerospace Research Establishment), Wessling, Germany

7)Centre for AI and Robotics, Bangalore, India

8)Laboratory for Robotics and Control, Dept. of Precision Engineering and Mechatronics, KAIST (Korea Advanced Institute of Science & Technology), Taejon, Korea

9)Center for Automation Research, University of Maryland, Maryland, USA

10)Dept. of Mechanics, Robotics, and Machines, Silesian Technical University, Gliwice, Poland

11)The Robotics Institute, Carnegie Mellon University, Pittsburgh, USA

12)Automation and Systems Research Institute, Seoul National University, Seoul, Korea

13)CAD Laboratory for Intelligent and Robotic Systems, The University of New Mexico, Albuquerque, USA

14)The Advanced Technology Center for Precision Manufacturing, University of Connecticut, Storrs, Connecticut, USA

15)AI & Robotics Research Laboratory, Nankai University, Tianjin, China

16)Robotic Systems and Advanced Computer Technology, JPL(Jet Propulsion Laboratory), Pasadena, USA

17)Research Institute of Robotics, Beijing University of Aeronautics and Astronautics, Beijing, China

18)Robotics and Process Systems Division, Oak Ridge National Laboratory, Oak Ridge, tennessee, USA

19)The National Advanced Robotics Research Centre, Salford, UK

20)Center for Flexible Manufacturing, McMaster University, Hamilton, Ontario, Canada

21)Robotics and Flexible Automation Laboratory, Institute of Mihajlo Pupin, Beograd, Yugoslavia

22)Robot Research Center, Hangzhou Institute of Electronic Engineering, Hangzhou, China

23)Robotics Research Institue, Harbin Institute of Technology, Harbin, China

24)Center for Advanced Manufacturign, Clemson University, Clemson, South Calorina, USA

25)Institut fur Prozesstechnic & Robotik, Universitat Karlsruhe, Karlsruhe, Germany

26)Research Institute of Mechatronics, University of Duisburg, Duisburg, Germany

27)Dept. of Control, Robotics, and Computer Science, politechnika Poznanska, Poznan, Poland

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.メカトロニクス教育の現状

4.1 大学における現状

4.1.1 メカトロニクス教育とは

 メカトロニクスは,機械技術と電気・電子技術の融合によって誕生したが,単なる技術の融合ではなく,融合することによって新たな価値を生み出すことに成功した新しい学問領域である.現在のメカトロニクス技術の状況を考えると,単に機械と電気・電子技術というよりも,機械技術と,電気・電子・情報技術を含む他分野の様々な技術を融合して,新たな価値を生み出す技術がメカトロニクスであると言える.

 世界中にメカトロニクスという言葉が浸透した中で,1994年に行われた米国マサチューセッツ工科大学の機械工学科のカリキュラム改訂において,その教育目標として「システムインテグレータ」を生み出すことを掲げ,システムインテグレーションを教育するという観点から,カリキュラムを全面的に見直していることは極めて興味深い.また,マサチューセッツ工科大学の機械工学科は,よく知られているように,ロボットコンテストを教育の一環として取り入れており,コンテスト形式の創造性教育においても長い歴史があるのは,偶然ではないような気がする.

 様々な技術を融合して新しい価値を生み出すとともに,自ら変化し新たなる方向を模索することは,いろいろな分野の基礎技術として取り入れられている伝統的な機械工学では,極めて重要なことであろう.日本の教育システムと米国の教育システムは必ずしも同一ではないので一概には言えないが,マサチューセッツ工科大学におけるシステムインテグレーションの重視は,米国でも,メカトロニクスの重要性が認識されていることのあらわれではないかと思う.

 大学におけるメカトロニクス教育を考えると,メカトロニクスの構築に必要な基礎学問の教育のみならず,技術の融合によって新しいものを創造する工学としてメカトロニクスを体系化することが必要であるが,そこには未解決の難しい問題もいろいろと含まれている.以下では,メカトロニクスの誕生・発展に深い関係を持つ制御系学科,電気・電子・情報系学科,機械系学科における学部教育を中心にその現状を考える.尚,計測系学科もメカトロニクスと関係が深いが,手元にある資料を見る限り,メカトロニクスとしての教育はあまり積極的に行われておらず,一部の大学で,ロボット,センサ,マイクロマシンなどに関係する科目がカリキュラムに含まれているだけなのでここでは割愛する.

4.1.2 制御系学科におけるメカトロニクス教育

 制御工学は,「モーション・コントロール」などの言葉に代表されるように,メカトロニクスと深い関係のある分野である.初期の代表的なメカトロニクス製品である,NC工作機械や産業用ロボットなどからわかるように,制御工学は,メカトロニクス誕生の過程において大きな役割を果たしてきたし,最近まで,分野によっては,モーション・コントロールそのものをメカトロニクスと見なしてきた分野もある。制御という単語をその名称に含む学科も複数の大学に存在し,制御理論・制御工学の発展に大きな役割を果たしてきた.また,これらの学科のカリキュラムには,メカトロニクス関連の科目もいくつか含まれている.

 制御(フィードバック制御)の歴史が,蒸気機関におけるJames Wattの調速器から始まったことはよく知られているが,制御は,元来,その対象に強く依存した技術であった.制御技術は,工学として発展・体系化されるとともに抽象化され,すべての工学に応用できる理論的学問として位置づけられるようになり,現在に至っている.

 日本学術会議自動制御研究連絡委員会が平成6年に纏めた,自動制御研究連絡委員会報告「基幹工学としての自動制御−その将来像と教育のあり方−」によると,現在の制御工学が目指しているのは,すべての工学の基幹としての学問・すべての学科の専門基礎教育としての学問であり,その中核を,普遍的な制御理論・制御技術の発展においている.実際,制御工学に関係する学科では,制御理論・制御技術の教育を中心にカリキュラムを構成し,メカトロニクス関係の科目はいくつか講義されてはいるが,メカトロニクスそのものの教育はほとんど行われていない.また,メカトロニクスは制御理論応用の一分野とみなされることが多い.

 メカトロニクス系を構築する場合,数式モデルが導出できれば,制御理論はシステムの挙動・安定性に関して有効な解析手段を提供してくれるが,どのようにモデル化すればいいのか,あるいは,どのようなシステム・技術をどのように組み合わせればいいのかについては何の情報も提供してくれない.メカトロニクスにおいては,その対象をよく理解することが極めて重要であり,伝達関数や状態方程式などに基づく抽象的な議論か全く役に立たないのは,多くの研究・教育者の認めるところである.制御工学は重要な技術であるか,理論的・理学的な学問を追究する制御工学と,工学としての特徴が強いメカトロニクスは,その目指す方向がかなり異なり,制御工学教育そのものでメカトロニクス教育を代用することは不可能である.

 新しい重要な学問として制御工学が認識されるようになり,社会に多大な貢献をしてきたように,メカトロニクスも,新しい学問領域として社会に認知される必要がある.James Wattの蒸気機関に始まり,飛行機の自動制御,通信機器,化学プラント,各種ハイテク機器など,次々と大きな貢献をしてきた制御工学の成功に学ぶ点は多いと思われる.

4.1.3 電気・電子・情報系学科

 電気・電子・情報系の学科のメカトロニクス教育の現状は,計測系の学科と同様である.また,平成4年に科学技術会議から出された,“諮問第19号「ソフト系科学技術に関する研究開発基本計画について」に対する答申により,ソフトウエアに重点をおいた教育が益々加速されつつある.

 情報工学は,メカトロニクスにとって重要な要素技術であるが,メカトロニクスは実世界に直結した学問であり,対象から乖離したソフトウエア重視の教育は,メカトロニクスのように実体を伴う学問には何の役にも立たない.かつて,一世を風靡した人工知能工学が,エキスパートシステムの構築以外,新しいものを何ら生み出せていないことからもわかるように,ソフトウエア重視の姿勢が,実世界でいかに役に立たないかは,多くの研究者・教育者によって指摘されていることである.

 翻訳の世界では,例えば英文科を卒業した人よりも,機械工学や電気工学などのように英語とは関係のない専門教育を受けた人のほうが適しているといわれている.仮に英語を知っていても,専門分野を持たない翻訳者は,その対象となる分野をよく知らないので,翻訳作業ができないという意味である.メカトロニクスにおいても同様のことが言える.メカトロニクスが対象とするものを良く知らないと,例えば情報工学に長けていても,それを応用することすらできない.メカトロニクス教育には,ハードウエアを重視した新しい教育体制が必要である.ハードウエアに関する深い知識があってはじめて,ソフトウエア科学の成果を生かすことが可能となる.

4.1.4 機械系学科におけるメカトロニクス教育

 産業界でその重要性が認識されると共に,メカトロニクスは,有用な工学の一分野として認められ,国内外の学会に,メカトロニクスに直接関係する部門や論文誌がいくつも誕生している.日本機械学会には,ロボティックス・メカトロニクス部門が誕生したし,1996年から,米国を代表する2つの学会,米国電気電子学会(IEEE)と米国機械学会(ASME)が共同で,IEEE/ASME Transactions on Mechatronics の発行を開始した.

 また,現在,国内の多くの大学で学科改組が進行中であり,特に機械系の学科には,「機械」と,「電子」・「制御」・「情報」・「知能」・「システム」等の単語を組み合わせた名前を持つ新しい学科が数多く生まれており,次世代の機械工学を意識した大学教育・研究を目指した改組が行われている.これら機械系の学科では,新しい機械の創造やこれからの機械工学の発展に欠かせない重要な技術であるという認識から,何らかの形で,メカトロニクスそのものやメカトロニクス関連の科目をカリキュラムに組み込んでいるところが多い.

 改組後の新しいカリキュラムには,機械力学,熱力学,流体力学,材料力学等の機械系学科の伝統的な科目に混じって,電気・電子・制御・情報・システム関連の科目とともに,メカトロニクス関連の科目が組み込まれているが,一部の例外を除いて,それらのカリキュラムは,伝統的な学問を教育するためのカリキュラム構成と同様の考え方に沿って構成され,必ずしも,メカトロニクス教育が確実に実施されているとは言えないのが現状である.

 前述したように,マサチューセッツ工科大学がシステムインテグレーションを全面に打ち出し,全ての科目の教育を通してシステムインテグレーションを教育しようと,そのカリキュラムを吟味しているのとは対照的である.伝統的な機械系の学問はアナリシス主体の学問であるが,メカトロニクスはシンセシス主体の学問である.メカトロニクスを教育するには,従来の機械系の教育カリキュラムにとらわれない新しい教育体系の確立が必要であり,それにはまだまだ試行錯誤できる環境が必要である.

4.1.5 メカトロニクス教育の課題

 大学教育の現状を考えると,今日の電気・機械産業に不可欠なメカトロニクスが,効率よく教育されているとは言えないのか現状である.企業によっては必要に迫られ,企業自身で,社内教育としてメカトロニクス教育を行っているという事実が,残念ながらそのことを示している.

 本章の冒頭で述べたように,メカトロニクスを効率的に教育するには,それに必要な関連科目をカリキュラムに加え,単に教えるだけでは十分ではない.それらの技術をいかにして融合し,新しい価値を生み出すかについての体系的な教育が必要であるが,まだ曖昧な点が多い.例えば,

(1)何を要素技術として教育すればいいか.
 メカトロニクスに対するイメージは人それぞれである.メカトロニクスといっても多種多様で,その要素技術は対象や分野に大きく依存する.何を要素技術として教えればいいのか,何が基礎なのか,教育の枠組みをどのようにすればいいのかなど,ガイドラインが存在しない.この状況は,ある意味では,かつての制御工学と似ているのかもしれない.

(2)いかに創造性を育むか.
 技術を融合する場合,融合する技術の知識があっても,新しい価値を創造することはできない.創造性がいかに大切かについては,いろいろなところで指摘されてきたが,いかに創造性を教育するかは,方法が確立していない工学教育共通の大きな問題である.など,解決しなければならない問題が多い.レオナルドダビンチが生み出した数々の作品に代表されるように,かつて,技術と芸術はアートとして一体のものであった.アートから技術が分離し,その技術がさらに細分化して生まれた現在の工学に対し,メカトロニクスは,細分化された技術を再び融合することによって,もとの技術では実現不可能な,新たなものを創造する新しい学問である.大学教育に於いても,伝統的な教育方法にこだわらない,新しい教育体系の確立が必要であると思われる.そのためには,メカトロニクスシステム創成学科の創設等の検討が必要であると思われる.

4.2 企業におけるメカトロニクス教育の現状


 産業界では上記のような技術者を育成するために,種々の研修制度を設けている.ここではその例をいくつか述べる.いずれも,個別知識をもつ技術者を教育して,いかに分野を横断的に考えて問題解決に当たれる人間を育てるかである.各社にほほ共通している点は,例えばロボット技術のような,その問題解決に機・電融合的知識を必然的に必要とする課題に取り組ませ,自らにそのような素養を身につけさせるというアプローチである.

(1)川崎重工業株式会社のメカトロ教育
 各職場でのOJT(On the Job Training)のほかに,全社的に展開しているメカトロ教育として,電子・制御技術研修所の行なう電子・制御技術研修がある.ここではメカトロ教育だけでなく,広く電子,制御,計算機利用技術の研修を実施している、受講者は電気系技術者だけでなく,非電気系技術者(主として機械系技術者)も多い.電子・制御技術研修の目的は,@電気系技術者に対しては専門技術のより一層のレベルアップ,A非電気系技術者に対しては電子・制御技術分野の知識の習得による専門領域の拡大,である.

 電子・制御技術研修は,基礎コース,応用コース,セミナー,先端技術講演会に大別される.基礎コースは電気,電子,計算機利用技術,制御技術(メカトロ関連技術,計装・制御技術)等の基本的な素養,概念の習得を目的としている.

 応用コースは基礎コースより範囲を狭め,実務への適用を目的としており,シミュレーション技術,サーボ技術,産業用ロボット利用技術等の研修も行われている.

 両コースとも各講座は講義と実習からなっており,期間も2日から数日に渡る.必要に応じて合宿形態を取っている.また,コースの全部を受講するのではなく,各自の業務に必要な講座を選択して受講する形態を取っている.セミナーは特定テーマについて社内の専門家を対象に開催している.先端技術講演会は社外の専門家(大学,研究機関の研究員等)を招いてその専門領域の先端技術の現状や将来展望について講演願うものである.これら研修は現場での必要性に基づき受講しているもので,受講後のアンケート結果からは,個々の講習の目的としている知識,技術の修得は達せられていると評価されている.しかしながら,メカトロ技術者の育成という面では,対象技術者に適した育成計画を立て,それに則った受講プログラムを作る必要があろう.また,機械・電子・情報の融合がメカトロニクスとすれば,個々の技術ではなくて,それらの融合例をテーマにした講座を設ける必要があると思われる.実際,かつて“実務者養成コース“としてそのような研修を実施していたが,教育内容が多くて研修期間も2〜3ヶ月と長期になり,本人にも会社にも負担が大きくなり,現在は実施していない.このため,メカトロシステムを開発する部門では,これら研修と自部門独自の教育を組み合わせて個人ごとの育成計画を立てて実施している.

(2)東芝におけるメカトロニクス教育
・基本的にはOn-the-Job トレーニングである.
・入社2,3年までを対象とした講義コースがメカトロ関連工場でおこなわれている.講義は月1回程度のものである.
・月1回程度,メカトロニクス関連の研究会などが技術紹介をする.
・あるいは,設計手法についての研究会が仕事の枠外で組織して,社内統一の設計手法を提案・普及活動をおこなう場合もある.
・メカトロニクスだけでなく機器の設計・製造,特に製造技術はこのままでは伝承できないとの危機感はある.

(3)NSKにおけるメカトロニクス教育
・設計部門はメカ担当とトロ担当と別れており,メカは機械系,トロは電気・電子系が多く,業務・テーマに必要な専門領域は外部講習会等の受講.また,社外のゲストエンジニアとして社外企業で のOJT,大学機関への留学
・製造部門のエンジニアは機械系が多く,例えばNCに関しては専門のトレーニングスクールの受講.
 外部講師による電子工学の初級レベルの学習会
・販売 部門にはメカトロ関連製品の販売上必要なメカトロ初級・中級教育(定期的)コースがある.
 講師は社内技術部門エンジニアによる.

(4)NECにおけるメカトロニクス教育
 3つのコースに大別される.

1)総合技術研修コース
『メカトロニクス技術』
目的;  主任クラス以下入社2年以上の装置開発設計者・設備開発設計者を対象とする.
期間;  約6ヶ月(週1回,一日)
講義内容;CAE設計技術(振動,熱,流体,解析等々の講義とパソコンによる演習実習),
     自動制御(制御理論,インタフェース,サーボ設計基礎とパソコンによる演習),
     製造技術(設計者に必要な知識,技術及びノウハウ;)
     共通講義(設計論,EM問題,エコ問題等々)
     CAE設計と自動制御で約7割の講義量
講師;  一部外部講師,大多数は社内講師(第一線技術者)
受講生; 年1回の応募制(Max30名)

2)基幹技術研修コース
『メカニカルダイナミックスとコントローラ』
目的;  メカトロニクス技術者のキーパーソンを育成するため
期間;  約1年間,前半(1回/隔週,午後集中講義),後半(研修論文テーマを各自が決め,論文作成)
講義内容;現代制御理論,当社メカトロ製品に関した先端技術の講義
講師;  一部外部講師,大半は第1線研究者技術者(課長クラス)
受講生; 年1回の応募制(Max10名),輸講会的講義

3)実務者教育コース
テーマ: 随時開講(DCモータ駆動法,実装技術等々)
期間;  短期間
講義内容;基礎と実験演習
講師;  社内講師
受講生; 応募制(人数制限なし)

なお,上記研修は(株)NECユニバーシティが担当している.

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.産業発展とメカトロニクス技術の役割

5.1 産業発展を支えるメカトロニクス製品群

 メカトロニクス技術はこれまでに産業発展に種々の貢献をした.その第一の貢献は,メカトロニクス化によって製品の性能が向上したり,あるいは新機能が付加され,そうした製品が新たな市場を開拓し,産業経済を活性化する役割を果たしたことである.新製品開発を通して産業経済を発展させることに対し,メカトロニクスはその手段となる技術を提供した.機械技術,エレクトロニクスは一層進展し,次世代メカトロニクスとも呼ぶべき新たな融合技術が生まれ,メカトロニクス技術の産業経済発展に及ぼす役割は,今後一層大きくなることも予測される.

 機械技術振興協会は,1978年に通産省の委託を受けて行ったメカトロニクス技術の調査研究の中で,これら製品群をその構造に着目し,4つに分類している.この分類に従って,メカトロニクス製品群を整理すると,その中に過去約20年内の産業発展に重要な役割を果たした主要製品の多くを見いだすことができ,産業界におけるメカトロニクス技術の役割の重要性が認識できる.

分類1:従来,機械部品のみで構成されたシステムの一部が,エレクトロニクス要素で置きかえられたもの.

 この分類に属する機器として,例えば,カメラ,電子ミシンなどがある.カメラは従来,機械部品のみで構成されていたが,半導体技術の進展とともに,絞り機構やシャッター機構が電子化された.また,ミシンは,従来,カムと人力あるいはモータで縫製機能を実現していたか,最近のものは,複数のモータとそれを協調的に制御するマイクロプロセッサを組み込んだものが標準的である.こうした機構の一部電子化は機械の機能を多様化・高度化し,新たな市場の形成を促した.

分類2:従来,機械部品でのみ構成されていたシステムのほとんどが,エレクトロニクス要素で置き換えられたもの.

 この分類の代表例は電子式時計,電卓などである.時計は,古くはゼンマイ,歯車といった機械部品で構成されていたが,マイクロプロセッサや高集積電子回路技術の進歩や,液晶表示技術の進歩により,フレーム以外はエレクトロニクスで構成される時計が出現した.また,卓上計算機も,純機械式のものから電子式にほぼ完全に世代が交代した.こうした機構のすべてがエレクトロニクスで置き換わることにより,従来製品の高機能化が比較的容易に実現され,低価格化・大衆化も促進され,それが産業経済の活性化の一翼を支えた.

分類3:エレクトロニクスが主体の機器で,機械部分もあるもの.また,エレクトロニクスか含まれているが,機械自体は簡単なもの.

 例えば,ワープロ,ファクシミリ,CDプレイヤーなどがこの分類の代表機器である.ワープロはコンピュータのパーソナル化およびワープロソフトの開発と機械電子部品で構成されるプリンタとが融合して生まれたメカトロニクス以前の時代には存在しなかった新しい製品である.また,ファクシミリやCDプレイヤーも半導体イメージセンサやオプトエレクトロニクスデバイスなどのエレクトロニクスの進展によって開発された新デバイス素子をべースとして生まれた新製品であり,いずれもエレクトロニクスか機能の心臓部を構成し,機械部分がその補助要素として機器の中に存在している.これら,エレクトロニクスの進歩によって生まれた新製品群は,新たな製品市場を形成し,また,新たな産業を形成した.

分類4:従来の機械製品にエレクトロニクスを応用し,今までに得られなかった高い性能や多くの機能をもつ機械装置としてまとめたもの.

 例えば,産業用ロボットやNC工作機械がこの分類に属する.従来の,機械的メカニズムにコンピュータをはじめとするエレクトロニクスを接続し,それまで手動に頼る要素が多かった機器操作の自動化を達成し,機器そのものの性能向上や省力化,省人化,あるいは使いやすさの向上を図った多くの機器か普及している.この分類のメカトロニクス製品は,工場の自動化,省人化の推進等に多大に貢献し,産業発展を支えた.

 以上の分類に示される機器のメカトロニクス化の動きは,自動車,船舶,宇宙航空機,家電,工作機械を始めとする各種産業機械,事務機械,医療福祉機器など,産業およびわれわれの日常全般にわたり浸透し,産業経済全般の活性化の維持と社会生活の質の向上に重要な役割を果たしてきたし,また現在も果たしている.

5.2 次世代の産業発辰とメカトロニクス技術

 前述の4分類は約20年前に行われた分類であるが,昨今の科学技術の進展はこれらの分類に属さない新たな製品を生み出しつつある.その背景には,エレクトロニクス,コンピュータ科学の進展があることは言うまでもない.特に,今後のメカトロニクス技術の進展の方向を予測する上で,計算機通信ネットワーク技術の進展を視野に入れることは重要である.

 一方,従来のメカトロニクスは,エレクトロニクスの進展に支えられ,それを機械の設計に取り入れる形で進行したが,昨今は,マイクロ・ナノ技術の進展に代表される機械技術の新たな展開もメカトロニクス技術にインパクトを与えつつある.すなわち,マイクロ・ナノ化を指向する機械技術の新たな展開とエレクトロニクスの融合が新しいメカトロニクス製品を生み出すことが予測される.現時点で,以上の動向を反映した具体的な製品があるわけではないが,こうした技術環境を背景に,今後は以下の2つの新たな分類に属するメカトロニクス製品が生まれ,産業に貢献することが予測される。

分類5:機械とエレクトロニクスが構造的に一体化している製品,あるいは機能要素を通信ネットワークを介して結合,統合化する事によって,時間的,空間的制約を超えて人にサービスを提供する製品(ネットワークメカトロニクス製品).

 例えば,ネットワークに接続されたデジタル化家電製品,インターネットやその他の通信ネットワークで遠隔あるいは自律制御されるロボット,ネットワークと通信しながら走行する高度情報交通システム(ITS),ウエアラブルコンピュータと通信ネットワークで制御される各種機器など,個々のメカトロニクス機器が単独で使われるのではなく,通信ネットワークを介して有機的に結合して機能を発揮するいわゆるネットワークメカトロニクス技術が新たなメカトロニクス製品の世界を形成し,新たな産業市場を形成すると予測される.

分類6:機構のマイクロ化,ナノ化が進行し,マイクロのレベルでエレクトロニクス効果と機械効果が融合し,外見上は機械部分とエレクトロニクス部分の要素が識別できない新しい機電融合製品.

 MEMS技術を始めとする機械をマイクロ・ナノ化する技術の進展あるいはこうした技術や機能材料への注目は,機械とエレクトロニクスを物理的に結合して構築されるメカトロニクス製品とは異なる,機・電が分離できない形で融合した新たなメカトロニクス製品を生みだす傾向にある.各種機能材料を用い,外部情報によって構造物の状態を制御できる知的構造物,ミクロに構造物(例えば液体・気体を流すパゴプ,航空機の翼など)の表面構造をアクテブ制御して流体抵抗を低減する知的構造物などがその例である.こうした技術は,静的構造物の世界にもメカトロニクス技術を普及させ,新たな産業の世界を形成すると予測される.

5.3 生産性向上におけるメカトロニクスの役割

 新製品の開発は,製品市場の開拓を通して産業経済に貢献し,それがひいては産業の発展に貢献する結果を生じるが,メカトロニクス技術は,新製品を市場に送り出す際のインフラとなる製造環境,流通環境を効率化する点でも,産業に貢献してきた.

 メカトロニクス技術は,性能が向上した製品,従来なかった新製品を生み出すほかに,機械の構成要素を標準化する技術も提供する.すなわち,メカトロニクス技術は,複数の,金物の要素の組み合わせで実現していた機能を,コンピュータという標準的な要素とソフトウエアで実現する事を可能にし,結果的に,構成部品の簡素化,標準化を可能にする.例えば,それは電子式時計に端的に見ることができる、機械式の時計に比して,電子式時計のパーツは劇的に少ない.また,こうしたメカトロニクス機器では,ハードはほぼコンピュータ一つに標準化され,多様な機能はそのソフトで実現できることから,多品種少量生産型の製品を,大量生産ラインで生産することを容易にする.

 こうしたメカトロニクス製品が持つ特質は,生産行程の単純化につながり,生産性を向上させる点で,産業にメリットを与える.現に,メカトロニクス製品のこうした特質が生み出す生産性向上効果は,多品種少量生産型製品をもつ産業の発展に重要な役割を果たしてきた.

 一方,また,製造プロセスに使われる機器のメカトロニクス化の進行は,計算機や情報で生産を管理する道を開き,この点でも生産性を高める効果がある.

 今後のネットワーク技術の進展とそのメカトロニクス技術との融合は,単なる新製品の開発だけでなく,その製品の製造を支える生産環境の効率化にも大きな影響を与え,産業を支える技術としてのその重要性は,この面でも高くなると予測される.

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.メカトロニクス教育・研究への提言

【はじめに】

メカトロニクスの言葉は,メカニカル(機械)とエレクトロニクス(電気)分野の融合を象徴しており,新たな潮流を示す言葉である.従来,科学技術分野は,科学技術自身が立脚している還元論的な考え方を踏襲し,どんどん細分化してきた.しかし,メカトロニクスの概念は,この細分化の流れに逆行するものであり,新たな統合を示している.統合の概念は,現在の科学技術の還元論の流れの中で新たな視点を当たるもので,工学の分野ではAnalysisからSynthesisの概念に関連するものである.すなわち,この統合の概念は,科学技術の概念の中で欠落している,個別の要素から有機的なシステムが構成されるボトムアップの概念を提供する.この統合の概念は,従来の工学の枠組の中では,個別技術領域での「設計」の領域で細々と議論されていたが,メカトロニクスは初めて技術分野の統合の例を示したものと思われる.

このように,メカトロニクスは,科学技術の分野での新たな潮流であり,新しいこの動きを加速し,他の分野にも波及効果も十分期待できる.この潮流を発展させていくためには,メカトロニクスの成功の本質を皆に広げて行くことであり,教育・研究分野の観点から,あり方を提言する.

【メカトロニクスの教育の意味】

従来の教育は,科学技術のトップダウンの方向と一致し,より一般的な概念から,より詳細な概念へと専門化する方向で進められている.現在の教育では,教育を受ければ受けるほど知識が増加し,より専門化していく方向である.しかし,増えた知識を有機的に統合し,それを実際に活用する教育は,従来の枠組ではあまり議論されていない.メカトロニクスの教育の本質は,要素技術を組み合わせてシステムに構築するところにあり(これは,Synthesisの本質である),従来の教育の枠組では得られない物事を統合する機会を与えることができる.

メカトロニクスは,機械的な部品技術に,制御分野のアクチュエータ技術が融合したことで発展してきたが,コンピュータ技術の発展により,設計者の知的な概念も容易に組み込まれることが可能になったため人工知能分野との融合とも相まって,さらにその領域を拡大し発展してきた.

この教育の本質は,システムを実際に作る事にあり,システムの具体化の中で,Synthesis(統合)の本質的な知恵が手に入れられることになる.このように,メカトロニクスの教育は,座学を基本とするのではなく,実際のシステムアップを経験させる教育が重要である.このため,実際のシステムアップの経験が可能な施設の充実が,教育には必須となってくる.

【メカトロニクス研究/教育の共同利用施設の試み】

メカトロニクスの研究/教育において重要なのは,上記に示すように,実際のシステム設計の経験であり,この経験がSynthesis(統合)の本質的な意味を手に入れてゆくことになる.このため,具体的な統合の経験を手に入れるためには,研究/教育用の施設が必要となる.しかし,資金の面で,大学毎に個別の施設を作ることはなかなか難しく,共同利用施設的なものをつくることができれば資金的な面でも現実味を帯びてくる.

共同利用施設の実現プランとしては,国家予算等で建設する案が有力であるが,長期的な安定的な運用を考えた場合,建設後の運用まで考慮していく必要がある.教育だけの共同利用施設であれば,毎年,運転資金の投入だけで,施設自体での収益がなく,運転資金の枯渇が考えられる.このため,利用者は大学のみではなく,ベンチャー企業等の利用も考えていく必要があり,ビジネス創造の観点から教育のみならず,ベンチャー企業がそのビジネスコンセプトを具体化できる設備を構築する必要がある.この共同利用施設が成功するかどうかは,産業界の人達がお金を払っても使ってゆきたいと思うような設備を構築できるかどうかにかかっている.

このような教育と企業活動が混在できる施設が構築できれば,教育界と産業界の交流も盛んになり,学生にもベンチャーマインドが醸成され,起業家が出来る温床にもなると考えられる.この流れは,現在の世の中の流れともマッチしたものと考えられる.

【今後の展望】

現在の急激な科学技術の変化の中では,「機械」と「電子」の融合領域も,直ぐに陳腐化し見捨てられてゆくであろう.メカトロニクスの本質が生き残るためには,その本質的な統合の概念を受け継ぐことであり,メカトロニクスの経験で手に入れた「統合」の概念を,より大きな技術領域に展開し,科学技術全体を変えていくような潮流の生みの親になることである.このような潮流を生み出せるかどうかが,今後、メカトロニクスが後世まで語りつがれるかどうかの分岐点と考える.その発展は,メカトロニクス分野で得られた本質的な統合の概念によって,周囲の技術分野をどんどん統合して,新たな統合された技術分野を作ることが求められている.

6.1 メカトロニクス教育の基本カリキュラム

[1]メカトロニクス教育の基本
 まず,方向性について述べるなら,手で考える人の育成およびプロジェクトベース,ティームワークによるものつくり教育が重要である.このため,企業活動のフィードバックメカニズムの導入,実施機関としての“ものつくりセンター”の活用が有効である.

 つぎに,内容については概念レベルでみると以下が要求される.
    ●人間生活により密着したメカトロニクス教育の実施
    ●他分野との関連づけの強化
    ●要素技術とのシステム技術の体系的理解
    ●挙動の観察とシステム構成力の強化実現
    ●創造性の向上:要求機能発掘→要求機能記述→機能発現→産業化→経済・社会を総体としてカバーする
    ●システム技術の明確化:情報メカトロの体系的教育,システム技術教育
    ●要素技術の明確化:4力学+情報,設計,生産,電子

 さらに分野レベルでは以下のように整理される.
    墓礎科目:機械力学,材料力学,熱力学,流体力学
         数学,統計学
         物理学,量子力学,光学,電磁気学,生物学
    共通科目:情報工学,通信工学,信号処理,計算力学,
         電子工学,計測工学,制御工学
    専門科目:設計工学,CAD/CAM,生産工学
         知能機械工学,知能情報工学
         生体情報工学,生体計測工学,人間情報工学,福祉工学
         技術管理,経済工学

講義レベルにおいては以下のように整理できる.

●メカトロニクス
センサ,アクチュエータ,アナログ回路,ディジタル回路,計算機,計算機インターフェイス,計算機制御,ロボティクス,マイクロマシン,ヒューマンインターフェイス,VR,ウェアラブルシステム
  
ロボティクス :ロボットセンサ,センサフュージョン,ハンドアイシステム,テレロボット,微細作業ロボット,
        ニューロ制御,ファジー制御,コンプライアンス制御 
アクチュエータ:ソレノイド,モータ、圧電素子
マイクロマシン:MEMS技術,微細加工技術,LIGAプロセス,マイクロシステム,統合技術,マイクロ材料,トライボロジ
        ヒューマンインターフェイス:VR,ウェアラブルシステム

●情報機器・システム
電子計算機,ネットワークシステム,マルチメディア機器,省力器機,マルチメディア器機,ソフトウェア工学
    
電子計算機     :スーパコンピュータ,パソコン,ミニコン,マイコン,ウェアラブルコンピュータ
周辺機器      :プリンタ,ディジタルカメラ
ネットワークシステム:無線通信,インターネット,ISDN,暗号技術,ユーザ認証
マルチメディア機器 :VR
ソフトウェア工学  :人工知能,Java,エキスパートシステム,発想支援,画像認識,音声認識,自然言語理解,
           コンピュータウイルス

●バイオテクノロジ・メディカルエンジニアリング
ライフサイエンス,遺伝子技術,応用生物学,バイオメカニクス,医用機器,人工臓器遺伝子技術:染色体工学,クローン技術,細胞融合技術,バイオセンサ,バイオコンピュータ

医用機器:メディカル機器,CT,MNR

[2]カリキュラム
 本プログラムの卒業生は,以下の能力・技術を身に付けている必要がある.

(1)微分方程式,線形代数学,複素数,および確率・統計を含む応用数学の修得
(2)微積分を基礎とする物理の修得
(3)機械工学の主要分野(材料力学/流体力学/熱力学/機械力学・制御/機械工作)のうち,最低?分野の修得
(4)電気・電子・情報工学の主要分野(材料,エレクトロニクス,パワーエレクトロニクス,電気機器,情報工学システム,自動制御)のうち,最低?分野の修得
(5)応用光学の修得
(6)計測工学および品質管理の修得
(7)機械工学または電気工学の主要分野の1分野以上において,実験を計画・遂行し,データを正確に解析し,工学的に解析し,かつ説明する能力
(8)機械工学および電気工学の専門知識,技術を動員してメカトロニクスシステムにおける実務上の課題を探求し,組み立て,解決する能力
(9)以下に示すような,実務上の問題点と課題を理解し適切に対応する基礎的能力
  ・インテグレーティドシステムとしてのメカトロニクスのダイナミクス説明能力
  ・要求同一機能をメカ的とソフト的に実現可能な能力
  ・広く各種産業分野における専門的職業実務
  ・軽薄短小高精度高品質製品生産意識

6.2 産業界におけるメカトロニクス研究に対する二ーズ

 以上に述べた,産業界を取り巻く経済社会,一般社会環境は,産業界の今後の活動において,メカトロニクス技術がいかに重要であるかを示唆している.すなわち,競争力を維持するための製品開発や生産技術力維持のために,また,社会の要請に応える製品を世に提供するために,メカトロニクス技術を活用した様々な技術開発を進めることが,企業活動として日常的に求められる状況にある.

 一方,産業界の日常活動における研究開発力を維持する上で,メカトロニクスの重要性は,新製品開発の面だけには限らない.それを必要とする別のニーズがある.それは,新製品開発に限らず,昨今の技術課題の解決に,メカトロニクス技術的視点が,不可欠になりつつあることである.すなわち,技術が成熟しその性能の限界を追求する対象が増える産業界の日常において,機械工学,電気工学といった古典的な個別工学の視点では,問題解決が見いだせない課題が多くなりつつある.

 例えば,ビルの制振問題を考えると,従来は構造工学の問題として,問題が解決され,それでユーザニーズに対応できた.しかし,昨今の建築物の高層化,大型化は,単に構造工学の問題としてはその解を見いだすことは困難になり,制御理論を活用した制振理論をベースとするアクテブ制振の問題としてそれを扱う必要が生じている.この結果,この種の問題は,アクチュェータとコンピュータを使ったいわゆるメカトロニクスの問題として最近は取り扱われている.この場合,問題が与えられた当事者は,構造工学,アクテブ制振技術など,学際的に分野を俯瞰して解を見いだす努力が強いられる。

 また,例えば,磁気デスクのヘッドの精密高速位置決め問題に対しても同様な視点が要求されている.磁気ディスクの高機能化が追求されるにつれて,ヘッドの設計に際し,その位置決め時の振動をいかに瞬時に止めるかは,デスクの性能を左右する重要課題となっているが,これは従来の位置決めサーボ技
術の問題だけでは解決できず,位置決め制御,機械設計,機械力学などの学際的知識を総合して始めてその解が見いだされる.

 科学技術の進歩は,各種製品やシステムの性能を極限まで追求する傾向を生みだし,そのための問題解決に,従来の古典的個別工学単独の知識は無力になりつつある.産業活動において直面する昨今の種々の技術的課題の解決において,機械,情報,エレクトロニク..を統合して問題解決にあたるメカトロニクス的アプローチは不可欠になっている.

 この意味で,メカトロニクスは,今後の産業を支える基幹工学として極めて重要な学問と位置づけられる.

6.3 産業界で期待されるメカトロニクス技術者

 産業活動に伴う種々の問題を解決する上で,メカトロニクス技術の重要性が高まるにつれて,産業界でもそれを支える技術者,専門家の獲得および要請に努力している.教育機関でこうした人材が直接供給される体制にあれば,産業界の技術者養成にかかる負担は低減される.しかし,実状は,産業界が要求する人材がなかなか得られず,従って,技術者の育成は個々の企業の社内努力か,他社からのスカウトで対処している状況にある.

 ここで,産業界が必要とするメカトロニクス技術者とは以下のような人材である.メカトロニクスは,機械工学,電気・電子工学,情報科学(工学),計算機科学(工学)の融合した学問領域とマクロには,定義できるから,期待されるメカトロニクス技術者はこれら個別工学の知識をもつことが求められる.しかし,個別工学の知識を持つだけでは不十分で,重要なことは,これらの個別知識をその人から取り除いた場合でも,残る何かを持つ技術者である.それは一言で言えば,ある問題が与えられた時に,自身が持つ各個別工学の知識を横断的に活用して解を見いだせる知識をもつことである.いわば,問題解決に際し,あるいは製品開発,問題発掘に際し,個別工学を横断的に活用し,それらの効用を比較評価して,その個別工学の知識を個別工学の仕切を越えて適切に組み合わせて解を見いだす能力を持つ技術者である.

 また,学際的なメカトロニクスの学問といえども,それを納める技術者は,基幹となる個別工学の知識を持つ必要性も指摘される.複数の個別工学を平坦に修めた技術者は,経験を積ませても,優秀なメカトロニクス技術者に育たないことが多い.

 企業では,「T型人間」,「Π型人間」という言葉が使われている.T,Πの縦の「Ι」はそれぞれ専門を意味し,また横線「−」はその専門をもとに周囲に知識を広げて,学際的に問題が考えられるようになる人を意味している.Π型人間は基幹となる専門が2つ有り,T型人間は,それが一つであることを示し,いずれも複数の個別工学の知識を持つが,その内の1つないし2つはより深い知識を持つ専門分野であり,それをベースに理解できる複数の領域を持つ人を意味している.メカトロニクス技術者などの,学際的技術者は,基本的に異分野の専門家から問題解決の知識を引き出し,それらを統合して直面する問題に対する最適解を見いだす能力が要求される.そのためには,複数の他分野の人と共通の会話ができる言葉をもち,その人たちに自己の専門知識もって理解した問題の本質を説明できる能力が必要である.このような研究者,技術者が多く集まる集団内では真の分野間の融合か生まれ,また,学際的な成果が生まれる.知識を広く浅く持つ技術者の集合や,「Ι型」のみの専門家の集団は,いくら異分野の人間が集まっていても学際性を生かした強力な研究集団になり得ない.


図

 産業界ではこうしたメカトロニクス技術者に対し,上図のような役割を期待している.すなわち,ある問題が生じると,先ずその問題をどのようにして解くべきかを,その問題に適した基幹専門分野を持つメカトロニクス技術者に与える.メカトロニクス技術者は,それを自身の学際的知識,あるいは,個別工学分野の技術者との討論を通して分析し,問題解決の方法を見つけると,それを個別工学の問題に分解し,それぞれ個別工学の技術者に,ミッションを明確にして振り分ける.この時に,メカトロニクス技術者は,個別工学の詳細までかならずしも立ち入る必要はない.問題が個別工学の問題に分解された後は,個別工学の研究者・技術者の成果を統合する視点から支援して,結果を得るべく努力する.

 産業界ではこうした人材をいかに育成するかに,多くの努力を費やしている.一般に大学を卒業したての技術者は,出身学科に応じた個別工学の知識しか持たない.近年は,計算機の知識はどの個別工学を修めた人でも持っているが,問題解決にそれはツールとして日常的に使われているだけで,問題解決の際に統合的に見渡す複数の個別工学の要素として個々人の頭の中に位置づけられてはいない.従って,メカトロニクス技術者を育てるには新たな社内教育を一般に必要としている.

6.4 産業界からのメカトロニクス教育への提言

 現状のメカトロニクス技術者は,企業内再教育あるいは実務の中で現場経験を積ませて育成しているのが現状である。企業が必要とする人材が,大学等の卒業生として直接,供給されることが望ましいが,企業が現場経験を積ませてそのような人材を育てている現状から考えて,実行はたやすいことではないかもしれない、しかし,人材供給機関としての大学等がそのような人材を産業界に直接供給できれは,産業界の人材育成にかかる負担は軽減され,技術開発力の向上にもつながることになろう.また,独自の人材育成をする余裕のない中小企業の体質強化にも一定の貢献をすることになろう.

 すでに5節で述べたように,メカトロニクス技術者とは,単に複数の個別工学の知識を持つ技術者のことではない.自身が持つ複数の個別工学の知識を問題の性質に応じて比較評価し,それらを統合して最適解を見つける能力を持つ技術者である.

 複数の個別工学の知識を教える座学だけで,こうした知識を身につけさせることは不可能なことは明らかである.また,榎数の個別工学知識を統合化して解を見いだすメカトロニクス的アプローチに,統一的な方法があるわけではなく,従って,この種の能力を座学で教示することも不可能である.すなわち,それを教示する教官を確保すること自身極めて困難といえるからである.しかし,この能力を持つ人材をいかに育てるかが,メカトロニクス技術者養成においては最も重要なことである.

 いくつかの企業内教育に見られるように,知識を統合化して解を見いだす能力の養成は,基本的に,On the Job Training(OJT)による以外にない.従って,人材供給側はこの視点にたって,今後メカトロニクスの教育体制を構築していくことが重要と考える.すなわち,現行の教育の中に,メカトロニクスを構成する個別工学の知識を教示する講義とともに,OJTを取り入れる体制をどのように構築するかが追求されねばならない.

 OJTを実施するには,まず,メカトロニクス的アプローチを必要とする課題を与え,現場でのメカトロニクス開発経験をもつメカトロニクス技術者・研究者と共同でその解決の課題に当たる実務を実行できる環境を,学生に提供する必要があろう.そのためには,複数の個別工学の知識を納めた後に,適切な実務経験を体験できる場所に,学生を派遣してOJTを実施する,教育機関と産業界が連携した教育制度の構築が一つの手法として有効である.また,OJTを実施できる例えば実務体験センターのような組織を各地に複数の大学等の共用施設として設立することも一つの方策である.

 また,こうした組織で効果を上げるには,メカトロニクス開発に対する実務経験を積んだ教官の存在が不可欠である.この種の人材確保には,学のみならず産の協力も不可欠であり,産官学の協力の下にその設立が検討される必要がある.

 21世紀の産業界の発展を支えるメカトロニクス技術者の養成体制強化を目標に,教育の場で効果的なOJTの実施が可能な仕組みとしての以上のような組織の設立を提言するものである.

6.5 国際メカトロニクス・ファクトリの設置の提案

 21世紀はメカトロニクスの時代である.1990年代後半ですでにその兆しを見せていたものの,システムLSI技術などの発展にともなって今後全ての分野にわたってそのメカトロニクス化が急速に進む.一方21世紀はグロバリゼーションの時代でもある.技術立国を目指すわが国の重要なキィテクノロジィとなるメカトロニクス分野に関して,世界をリードするためにもローカルにわが国のみで閉じることなく,世界から英知を集め新しいメカトロニクスの知を創造し,世界に公開することにより,わが国は世界のメカトロニクスR&D,教育のCOEとなければならない.このための専門機関「国際メカトロニクス・ファクトリ」の設置を強く要望する.「国際メカトロニクス・ファクトリ」は,国際的規模でのメカトロニクス分野カリキュラムの整備,共同研究推進,新しいメカトロニクス分野の創造,学際分野の積極的融合,”Human oriented mechatronics”としての医療や福祉,老人ケアーの諸問題への寄与の模索,さらには,自然界とも融合した”Nature oriented mechatronics”が地球環境や,人間を含むセンサー監視システムとしての環境保全・ヘルスケアーの諸問題への寄与を主務とするメカトロニクスR&D,教育の中心的機関であり,この早急な設置を提案する.

 ロボット等に代表されるようにメカトロニクス分野は“もの作り”と一体である.ところで若者の工学ばなれ,もの作りばなれがいわれて久しい.工学教育の原点は理屈を超えた“もの作り”にある.もの作り体験のない工学者,技術者が輩出することは技術立国を国是とする我が国の将来に暗雲を広げる.この原因を現代の若者気質に求めるべきではない.その主たる原因は彼等に“もの作り”を経験させることによって知的興味を促す教育システムを用意せず,だれでも持つ理屈を超えた“もの作り”本能を効果的に刺激してこなかった我々大学人が責めを負うべきである.効果的刺激策を講じれば事態は期待通り展開するに違いない.一方産学連携活動への地域産業側からの期待に見られるように,多くの既存機器,システムのメカトロニクス化への課題解決に向けて大学側への期待が存在する.技術教育としての「もの作り」の場と,産学一体になった「メカトロニクス化への課題解決」の場を,機能として同時に並存させうる「メカトロニクス・ファクトリ」を地域拠点大学に設置することを提案する.「メカトロニクス・ファクトリ」は,学生の教育や企業側の課題解決を産学一体となって,連携してこれを行う場でもある.今後ますますその重要度が増大するメカトロニクス技術者育成の緊急度をも考えるとき,その効果的刺激策としてもの作りを主務とする「メカトロニクス・ファクトリ」の設置は急務である.

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.むすび

 人間や社会およびそれらを取り巻く自然と科学技術とが調和ある発展を図るためには,従来の領域工学的な知識だけでなく,より幅広い「知」を創造してこれを総合的に捉えることが強く求められる時代となってきた.大学においても今後は,より総合的な科学技術教育システムの樹立による適切な対応を行っていく必要がある.メカトロニクスシステム創成学は,人間,人工物,自然を,多面的かつ動じ並行的に評価する俯瞰的な視点からのアプローチにより3者の調和を図るシステム学科と,これらの知識を活用して新しいシステムを創成するための設計学から構成される学問領域とする.

 教育方針は以下の通りである.

(1)課題探求能力の育成を目的として,実験,演習を交えた総合的な教育システムを構成する.教育は,演習付あるいはプロジェクトベースで行う.
(2)学生の主体的学習意欲を喚起し評価しうる制度を実施するため,フレキシブルな教育制度を取り入れる.
(3)2年生では,技術者,研究者としての工学基礎を教える.また3年生以降での教育内容を習得する問題意識を植えつけることをめざす.
(4)3年生,4年生では,2年生で培った基礎を基に総合的技術力・研究力並びに専門的知識を深める.
(5)領域固有の学問は,3年後期の基礎プロジェクト演習か,応用プロジェクト演習の一プロジェクトとして教える.
(6)各要素技術とシステム化技術,各ニーズの統合によるシステム創成学に基づくベンチャーマインドの育成と,産学連携型の新しい学問研究教育をめざす.
(7)国際的に通用するエンジニア教育をめざす.

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